アール視點です。

アールは逃げ出した。彼は必死で走り続けた。あんなのに巻き込まれたらひとたまりもない。アールは転びながら、街を駆け抜けた。人は殆どいない。誰もいない。

誰か、誰か助けてくれ！

どれだけ走ったかわからない。巨大な木の建の街を通り抜けて、アールはまた森の中にり込んでいた。

どこまで逃げれば良いのかわからない。唯一の頼みの綱であるローレンスは……。彼はどうなってしまったんだろう。

森の道は舗裝されていない。デコボコと歩きなれない獣道を進んでいく。蟲が飛ぶ、った土に腳を取られて転ぶ。服は泥だらけで、メイドに叱られると思った。

木々の切れ目からが見える。きっとあそこから森を抜けられる。アールは、歩く足を早めた。

休みたい、休みたい。もう外に出たくない。ユニークスキルとか、未來予知とかうんざりだ。後し歩いたら、ちゃんとした場所に出られる。きっと人が歩いていて事を話せば近くの貴族のところに連れて行ってくれる。そしたら連絡をれてくれて、すぐに王都の自分の部屋に戻れる。

これから先は本を読んでおとなしく過ごすんだ。

アールはそんなことを考えて、森を抜けた。

彼は絶句した。

森はそこからな(・)く(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。

木々がなく、なだらかな草原が広がっているとか、舗裝された街が広がっているとか、そういうことであれば、理解できた。そうではない。

地面がない。

まるで陸地を巨大な生に噛みちぎられ飲み込まれてしまったかのように、その先には何もなかった。ただ地面の代わりに果てしなく広がる霧と、空が見えた。

霧、なのか？

アールは近くの木につかまりながら恐る恐る下を見た。

霧が流れていく。そうこのじは知っている。流れていく白くらかい煙。上か下かの違いはあれど。

アールは気づいた。これは雲だ。

ひどく寒かった。こころなしか息苦しかった。足元の雲は切れそうになかったが、遠くの方で雲が切れて、はるか下に海が見えた。島が見えた。

ここは、空に浮かんだ島だ。

アールは後ずさって木に背を持たれかけて座り込んだ。乾いた笑いがれた。

他國ですらない。こんな場所は知らない。

――誰も、僕を知らない。ここでは僕は特別じゃない！！

急に不安になって頭を抱えた。

誰か……誰か……。

――スティーヴン。そうだ、彼なら僕を知っている。僕を守ってくれる。

アールはそう考えて立ち上がり、もと來た道を戻ろうとした。

そこで、はっと気づいた。森の中に誰かがいる。アールは後ずさった。周囲を見回すと他にも何人か人がいる。囲まれてる。

「あの……」かすかな期待を込めてアールは何かを言おうとした。突然、矢が飛んできて、アールの足元に刺さった。彼は「ひっ」と悲鳴を上げて、大きく後(・)ず(・)さ(・)っ(・)た(・)。

そこに地面はなかった。ぐらりと勢が崩れる。

落ちる！

そう気づいたときにはすでに、は雲の中に飲み込まれていた。

アールは悲鳴を上げた。

◇

「あ、気がついた」の聲がする。

アールはいて、天井を見上げた。建の中だ。どこかに橫たわっている。全部夢だったんだ。きっと今はソムニウムの宿にいて、メイドが気遣ってくれている、そんなことを思った。

「君本當に非常識だよね。あんな島の端っこにいるなんて。それにちょっと警告しただけで落ちるんだもの、びっくりしちゃった」

アールは眉を寄せて、を起こした。

が驚いてをこませる。

メイドではない。なんというかしみすぼらしいような、汚れた服を著ただった。彼は弓を手にとっていた。

「なに！？　私が警告したこと怒ってるの？　矢は外したでしょ！？」

「君が僕を狙ったのか！？」アールはぎょっとして尋ねた。は目を細めて言った。

「それにも気づいてなかったの？　本當に子供みたい」彼はクスクスと笑って弓を置いた。「でも助けたからいいでしょ？」

はアールに著替えるように言って部屋を出ていった。よく見ると部屋というか小屋のような場所だった。それも馬小屋みたいに末だった。アールが橫になっていたのは藁の上だったし、木の板でできた壁は隙間風がひどかった。

アールは著替えての回りのものを確認する。

……ナイフがない。ドラゴンの素材でできたあのナイフがなくなっていた。アールはため息をついた。まあ、別にいいんだけど。ぐるみ全部はがされてで外に放り出されるより隨分マシだった。アールの服にはそれくらいの価値があった。

服についた泥をなるべく払ってから、アールは部屋から出た。が待っていて、案される。

小屋は木の上に作られていた。ここは森の中に作られた村のような場所だった。木々はよく見慣れた大きさで、中をくり抜いて住むには小さすぎる。彼らは木の上に家を作って、橋を渡って行き來していた。

下を見ないように恐る恐る歩きながら、アールはについていった。

先ほどと同じくらいみすぼらしい小屋にたどり著く。がノックして中にっていった。アールがるとそこには何人かの戦士のような風貌の男と、しいが待っていた。リーダーらしきそのは小屋の一番奧に座っていて、手にはアールの持っていたドラゴンの刃を握っている。

は言った。

「座れ。これはお前のか？」真っ黒なナイフを振ってみせる。アールは頷いた。

「お前のようなものがどうしてこんなものを？」は続けた。

「従者がくれたんだ。……魔師対策に持っておくようにって」

「従者ねえ……お前はお姫様なのか？」

「僕は王子だ」

「おまえ、男だったのか！！　それに王子様ときた」彼は大笑いした。

絶対信じてない。アールはしムッとした。

僕は王子だ、特別なんだ、そんな態度は許されない、なんて気持ちがしだけ湧き上がってきた。アールは自分にそんな考えがまだ殘っていたことに驚いた。

「なあ、これを譲ってはくれないか？　ただでとは言わない。相応の対価は払うよ」

「ブリジット、それは……」戦士らしきの大きな男が言った。

「別に構わない。譲るよ」アールがそう言うと、ブリジットと男は目を細めた。

「そんなに簡単に手放せるものじゃないだろう。なぜだ？　他にも持っているのか？」男が言うと、アールは首を橫に振った。

「持ってない、それだけだ。《マジックボックス》にもらないし……」そこでアールは気づいた。

どうしてドラゴンの刃がここにある？

ローレンスは魔法を使ってここに転移してきた。ドラゴンの刃は魔法を消してしまうはずだった。だから、従者たちは持っているようにと言ったのだ。転移で拐されたりしないように。

ブリジットはアールをじっと見ていたが、鼻から息をらして、言った。

「まあ、いい。君はなにがみかな？　金か、か？」アールは首を橫に振った。

「僕は元の世界に……地上に戻りたいだけだ。でも……その前に」

その前にローレンスのことが心配だった。やっと自分に心をひらいてくれたとそう思った。なのに彼は……。どうしてスティーヴンたちが攻撃してくるのかわからなかった。もうここではローレンスだけが信じられるとそう思った。

「ローレンスを……僕の従者を見つけてほしい。彼なら僕を地上に戻してくれる」

ブリジットは頷いた。「構わない。どんなやつだ？」

アールはローレンスの特徴を説明した。ブリジットは苦笑した。

「眼帯片眼鏡か。すぐに探そう。見つかるまでここでゆっくりしていくと良い」

「ありがとう」アールは彼に禮を言った。

「ただ、一つ問題があってな」ブリジットは苦笑した。「食料が底をついたんだ。食べだけはあまり期待するな。自分で採ってくれ」

それに関しては、まったく問題なかった。

「わかった」

「他に質問は？」ブリジットが言うので今まで気になっていたことをアールは尋ねた。

「あの……あなた達は誰？」

ブリジットは小さく頷いた。「私達は妖だよ。元妖といったほうが正しいかな。羽をもがれて力を失った、妖式の使えない生。ただ、このドラゴンの刃があればしは式も使える」彼はナイフを握りしめた。

「羽をもがれたって……」

「まあ、暗い話は良しとしよう」