パトリシアを置いて転移してきた場所は屋敷のようなところだったが、奇妙だった。屋敷というか建は、崖に半分埋もれるように作られていた。作り上げた建に、巨人が上から砂を落として埋めてしまったようなそんな形をしていた。

団長と呼ばれた男は僕をり口から中に通した。建は隨分と奧に続いていた。崖の中を更に掘り進めて作ってあるようで、見かけよりかなり広い。

広い階段がエントランスホールからびていて、そこに一人のが立っていた。その背中に生えているものを見て僕はハッとした。彼は背中に羽を生やしていた。

それは鳥のような羽で覆われたものではなく、き通る青い、蝶のような羽。模様も、も、全てがしく、僕は口を開いたまま彼を見ていた。

彼の羽を通ったが室を青く照らしていて、ホールはどこか幻想的に見えた。

「おい、跪け。王の前だぞ」なんかつい最近こんな場面を験した気がすると思いながら、僕は跪いて頭を下げた。彼の頭の上には王冠らしきが乗っていた。

しかしそれにしては若すぎないだろうか。見かけ僕と同じくらいか、僕より下。そうだ、ちょうどアールと同い年くらいに見えた。彼は僕の近くまで來ると言った。

「お立ちください、〈混沌〉様」

僕よりも頭一つ分小さい彼は、見上げるようにして目をみて、僕の手をとった。

「あなたが無事で良かった。あそこで襲われるとは思っても見ませんでしたから……」

パトリシアもそう言っていた。彼はギュッと僕の手を握った。彼の羽がすこしだけいた。

「あなたは……妖……ですか？」

――妖の國。

パトリシアはこの場所をそう言っていた。

「ええ。全ての妖を統べる者。それが私です。ここなら安全です。襲われることはありませんし、もしそうなったとしてもすぐに逃げることができます」

「僕は〔白の書〕を追ってます。もし〔魔王の右腕〕の封印が解かれたらここだって……」

彼は頷いた。

「ええ、でも、しばらくは時間が稼げるでしょう。彼が追っている〔妖の樹〕はここにあります。彼が私達を見つけるまで時間がかかるはずです」

僕は眉を寄せた。

「どうして彼が〔妖の樹〕を探していると知ってるんですか？」

「あなた達のことは妖たちから話を聞いています。ある程度今までの行も知っていますよ」

彼は手を振った。彼の手を追うようにふっと空気がきらめいて、消えた。

「下の世界にも妖たちはいます。あまり數は多くありませんが」

「下の世界とは？」

「あなた達の住む世界のことです」彼は僕から離れて、人差し指を上げる。指の先がりだすと、彼はそれを使って何やら図形を描き出す。

最後にぐるっと円を描いてその図形を囲うと指先からが消えた。

僕はその図形を一応〈記録〉したが、多分思い出せないだろう。

空間には彼が描いた図形が浮かんでいる。『空間転寫』をしたときに似ていた。円は回転して一點に収束し、また展開した。新たに描かれた円は、中が空で、真っ暗だった。黒い円が浮かんでいる。

「國の外観を見せてください」彼が言うと、黒い円は揺らいで、薄くなり、徐々にどこかの景が浮かび上がってきた。それは空に浮かぶ島だった。大きな巖の塊が雲に乗って空に浮かんでいる。

「これが、私達が今いる妖の國です。空に浮かぶ島。下の世界からは見えない様になっています」僕は映像にれた。手は煙の中にっていくようにほとんど何のもなく向こう側にすり抜けた。

「これは魔法ですか？」

「妖式です。前にも見たでしょう？　炎の斧と水の槍を。そしてここに來るときも験したはずです」

――《妖よ、私と遊ぼう》

あの聞いたことのない魔法が、これか。

「でもパトリシアも、ローレンスも、なにか唱えていましたよ」

「ええ。唱えても、描いても、式は発します。違いは魔力ではなく、代わりに妖力を使うこと。これは、魔力と違い、唱えても描いても消費します。ただ、人間に妖力はありません。これは妖が持っている力です」

じゃあ、僕は使えないのか？

いや、あの二人は使っていた……。僕が悩んでいるのを見て、妖の王は続けた。

「妖力は人間にはありませんが、代わりに妖の力を借りることで、人間にも使うことができます。妖は者に力を貸し、者は力をることで妖式を展開します。周囲の妖の妖力を使いつくしたり、妖たちが妖力を渡すことを拒めば、式はり立ちません」

妖の王は更に続ける。

「妖式は、〔魔王〕の一部の封印にも使われています。あなたは封印を解除し、〈混沌〉を取り戻さなければなりません。それは私達のためでもあるのです。封印を解除するにはこれを使いこなす必要があります。この式を使うことのできる者は多くありません。……鍵は多いに越したことはありませんよね」

彼は団長を顎で示していった。

「あなたにはこれをにつけてもらいます。〔白の書〕を持ったあの男――ローレンスと言いましたか――がここを見つける前に。彼らについていってください。一から教えてもらいなさい」

「よし、いこうか」団長とルイーズが僕の両脇に腕をれて引きずり出した。

「あの！　ちょっと！　〔妖の樹〕とか、妖のこととか、まだ聞きたいことが！！　僕がユニークスキルを取り戻すこととあなた達との関係は！？　どうして助けになるんですか！？」

「私達が教えてやる。今はついてこい」団長はそう言って、僕を屋敷の外に連れ出した。