《【書籍化】解雇された寫本係は、記憶したスクロールで魔師を凌駕する ~ユニークスキル〈セーブアンドロード〉~【web版】》#17. 制棒(スティーヴン)

……なにも起きない。

あたりを見回すと、炎の渦はどこにも見當たらなかった。エヴァを見ると、彼は不思議そうな顔をしていた。

「なぜでしょう。あなたを殺すことはできないのでしょうか? 魔法があなたにれた瞬間に消えてしまいました。……うわ!!」エヴァは突然悲鳴を上げた。彼の右手が消えかけていた。持っていた制棒が落ちる。

エヴァは怪訝な顔をした。「軽々しく魔法なんて使えませんね。私のが魔力ということは、使えば使うだけが消えるということですか……厄介ですね」

右手を失ったのに、エヴァは現狀を観察して分析していた。〔魔王の右腕〕を裝著して右腕を失ったときはもっと困していたのに。

僕はホッとしていた。彼に殺されることはない。を乗っ取られることもないだろう。それよりも彼は制棒を落とした。今のうちに拾ってしまおう。そんなことを考えていた。

と、どこかからムチを振るような音がきこえた。すぐ近くだ。エヴァにも聞こえたようで目を細めてそちらを見ている。

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「なんでしょう?」

地面を這いずり回るようなズルズルとした音が近づいてくる。獣臭い。霧の向こうに影が浮かぶ。

僕は見上げていた。それは首をもたげていた。頭が三つあった。

それは蛇だった。見たことがないほど大きい。鋭い牙が開くと、獣の臭いが増した。

僕はゆっくり後ずさりながら言った。

「おい、エヴァ。さっきの魔法を使うんだ……」

「次は左腕がなくなりますよ。私に死ねと言うんですか?」エヴァは不服そうに言った。

「あいつに食われて死ぬのと、魔法を使って消えるのと、どっちが良いんだ?」

エヴァは舌打ちをして、詠唱を始めた。僕はエヴァのもとにゆっくり戻ると、僕のを抱き上げようとした。

「だめだ、持ち上がらない」僕が諦めたのと、エヴァの詠唱が終わるのは同時だった。

「アクティベイト」蛇の魔の腹の下にが出現し、消えた。

《ファイアストーム》が魔を包み込む。が、その魔法は蛇の口からどんどん吸い込まれていく。

三つの頭がすっかり炎を飲み込んでしまった。

「おい、飲み込まれたぞ」

「そんな魔知りませんよ! ……ああ、左腕が」エヴァは顔をしかめて自分のをみた。「炎がダメなら、別のもので」

エヴァはまた詠唱を始めた。三つの頭はゆらゆらと揺れてこちらの様子を伺っている。

「アクティベイト」詠唱が終わる。地面から土の槍が突き出す。蛇の腹に突き刺さった、そう思ったが、奴はをぐねりとくねらせて勢いをそらし、土の槍に齧りついた。

槍が徐々に蛇に吸収されていく。

エヴァは座り込んだ。《ファイアストーム》ほどではないとはいえ、魔力は消費する。彼の足首から先がなくなっていた。

「あんなのどうしろというのですか……」

蛇はまだ土を貪り食っている。僕はエヴァに言った。

「他の魔法は? まだ知っているものあるだろ?」

エヴァは僕を見て、鼻で笑った。

「ええ、ありますよ。でもおそらく全部食われてしまいます」

「やってみなきゃわからないだろ?」

エヴァは僕をじっと見た。「私は魔法を使うたびにを失います。完全に使い切れば、私の存在はなくなってしまうのではないでしょうか? どうして私はあなたのために自分の存在を失わなければならないのでしょうか? 絶対に嫌ですよ。あなたがあの王子様に刃向かったように、私だってあなたに刃向かいます。たとえの所有者があなたであろうと、私は私です。そうでしょう?」

「今は危機的狀況なんだ。そしてお前にしか魔法は使えない。仕方がないだろ!?」

「ええ、だから言っているのです。王子様だって危機的狀況に陥ったときにあなたにしか使えないスキルをもとめるでしょう。全く同じではありませんか? 王子様があなたの気持ちや不利益を考えないのと同じように、あなたも私の気持ちや不利益を考えない」

僕は言葉に詰まった。そうしなければならない、そうするべきだと相手に押し付けるのは簡単だ。それが自分に従うべきだと考えている相手であればなおさら。

アールだってきっとそう考えていたんだろう。

誰だって助けを求める。自分にできないことが誰かにできて、それによって自分が助かるなら。僕は何も言えなかった。

「けれどあなたが死んでしまえば私が死んでしまうのも事実です。私はあなたに縛られていますからね」

エヴァはまた詠唱を始めた。

と、突然、蛇が突進を始めた。僕は目を見開いた。

大きくをくねらせて、蛇の魔は前進してくる。エヴァは詠唱を早める。

「アクティベイト」僕たちの目の前に蛇の頭が來た瞬間に、詠唱が完了する。

氷の棘が、蛇の眼をめがけてびる。

が、しかし、

「ああ、だめでしたか」

頭の一つが棘を避けている間に別の頭が、エヴァのを飲み込んだ。

僕はもちをついて、魔を見上げていた。

こんなの……どうすればいい?

エヴァは消えたんだ。僕の魔力は消えたはずだ。ここでやるべきことは全部やったはずだ。

僕は上空めがけてんだ。

「助けてください! 団長! ルイーズ! いるんでしょ!?」

しかし、聲は響き渡るだけで、返事がまったくなかった。

エヴァを飲み込んだ蛇は三つの頭をもたげて僕を見下ろしていた。

どうしたら……どうしたらいい?

僕が食べられてしまったら、一何が殘るんだ?

と、エヴァがいた近くに落ちていた制棒が目にはいった。

――制棒はなくすなよ

団長の聲が頭に響いた。

僕は必死にかして、制棒に手をばす。後し。

屆かない!!

蛇が口を開く。唾なのか毒なのかわからない糸が引いている。

僕は蛇に飲み込まれた……。

ああ、死んだ、死んだ。

終わりだ。〈セーブアンドロード〉もないから過去にも戻れない。

これで終わりなんだ。

ローレンスに殺されるまでもなかった。

「終わりだ……」なんてことを呟いていたら、頭を叩かれた。

「起きるっす」ルイーズの聲がする。

僕は頭を押さえてばっとを起こした。

「あれ……生きてる」僕はあたりを見回した。あの蛇がズルズルとを引きずって霧の中に消えていくのが見えた。

僕は僕のに戻ってきたのか?

左手を握りしめてがじんわりと流れていくのをじ取った。

「あの蛇は何なんですか!? 僕、食べられましたよ!?」

「あれは魔力を食べる魔だよ。一度魔力をから離して魔力だけあいつに食わせる。それが魔力を極限まで減らす方法だ。注意すべきは食われるときに制棒を持っていないとに戻れないってことだな」団長は小さくうなずきながらいった。「危ないんだなこれが」

「やる前に言えよ!!」僕はんだ。危なくエヴァに制棒を奪われたまま死ぬところだった。本當にエヴァにを乗っ取られるかもしれなかった。

「言ったじゃないか。制棒はなくすなよって……あれ?」言ったけどさ。僕は団長を恨みがましく見た。団長は不思議そうに僕を見ていた。

「お前、制棒どこやった?」

僕は右手をみた。制棒はそこにはない。見回すと、し離れたところに制棒が落ちていた。

そうだ結局取れなかったんだ。僕は棒を取りに行って団長に渡した。

「これです」

団長はけ取ると思案顔をしてそれをじっと見ていた。「ふうん、どうしてだ? まあいいか」

団長は腰に手を當てて言った。「さて、これで第一段階は完了だな。後は妖と仲良くなればいい」

僕は全く信用ならず団長を細い目で見た。「今度の注意點はなんですか? 先に聞いておかないと死ぬ羽目になる」

「それは彼にきくと良い」

団長は言って霧の中を見た。誰かが歩いてくる。

エヴァが僕と同じように生きているんじゃないか。そう思った。

が、その姿を、見た僕は目を見開いた。

「やっほー、お兄ちゃん」

「パトリシア!?」

ローレンスに殺されたはずの僕の妹がそこに立っていた。

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