《【書籍化・コミカライズ】さないといわれましても~元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる》3 ぱんがゆっておいしい

復活です。

食べ慣れない馳走だったので、おなかがびっくりしたのでしょう。つい魔王時代に思いを馳せるくらいにおなかが痛くなりましたが、もう大丈夫です。

気が遠くなりながらも、侍長はやっぱりきっと優しいんだと思ったのですけど、いえ、ごはんくれるから優しいです。でも何か怒らせたのでしょうか。

「奧様?……もしかしてパン粥はお嫌いでしたか?」

ふるふると首を振ります。嫌いなものなんてありません。

ベッドテーブルの上の小さなお皿をじっと見つめます。昨日のお晝前におなかが痛くなってから、ずっとけなくてあれからごはんたべてないのです。今朝起きたら、侍長、ああ、タバサと呼び捨ててくださいと言ってたのでタバサです。

タバサがまだ寢ていてくださいなどと言って、このベッドテーブルをセットしてくれたのです。すごい。

ほかほかの湯気が立つパン粥はとろりとしているのが見ただけでわかります。優しいいい匂い。でも。

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「これは赤ちゃんが食べるものです……タバサ、私悪いことしましたか」

私これでも産まれた時から魔王時代を覚えてますから、赤ちゃん時代のことだって覚えてるんです。

これは離食です。

「まあ……」

何故だかタバサはハシバミの瞳をうるうるさせて、ベッド脇に膝をつきました。私の左手にそっと両手をそえて。

「赤ちゃんだけが食べるものではございませんよ。病人、いえ、おが弱ってる方のおなかに優しいものですから」

「もう治りました」

「いいえ、いいえ、まだおなかが弱っていらっしゃいます。――昨日の朝食でお好きなものがありましたか?」

「ソーセージが味しかったです。あと卵も」

「そうですか。では、このパン粥でおなかを整えて、ゆっくり様子をみましょう。しずつお品を増やして、おなかが痛くならなくなったらソーセージです。きっとその頃には一本丸ごとお食べになっても大丈夫ですよ」

「いっぽんまるごと」

あれは三口、いえ、四口分はありました。それを一口しか食べられなかったのです。

あのじゅわっを四回もできる!

「だからまずは頑張ってこのパン粥を食べましょう」

「はい!」

優しくとんとんしてから左手を離してくれたので、パン粥をスプーンでひとすくい口に運びました。

味がします……パン以外の味もするではないですか!ミルクと、あと、ちょっとわかりませんけど!なんかまろやかですし!これは赤ちゃんの頃に食べたのと違う!だからいい匂いだったのです!

味しいですか?」

「はい!」

「それはようございました」

私が食べている間、タバサはにこにこと見つめてくれていました。やっぱり優しい。

◆◆◆

待て待て待て待てなんだあれは。まるで子どもじゃないか。

「坊ちゃまーのぞき見はまずいですって」

「お前まで坊ちゃまやめろ」

夫婦の主寢室と私室を繋げる扉から窺えるタバサとアビゲイルのやり取りは、まるで子と母だった。子にしてはアビゲイルの表が薄いけれど、タバサは俺がい頃のタバサの顔をしている。

もう一度扉の隙間から見たアビゲイルは、ふうふうといつまでもスプーンを吹いている。冷たくならんかあれ。

あれが噂の悪?男をとっかえひっかえの軽?

醫者の診斷では確かに処(おとめ)を確認したという。そこだけでも噂は盛りすぎてるのがわかるが、何をどう見たってあの振る舞いで悪とみなす者がいるとは思えない。いっそ知恵が足りないという噂ならわからないでもなかった。

己の偏見にため息をついて扉から離れる。

「ちゃんと夫やる気になりましたー?」

にやつくロドニーが鬱陶しい。胃の空気を全部押し出すようなため息がまた出た。

「夫はともかく、不當な扱いではあっただろうな。本人を見ずに噂だけで決めつけたのだから」

正直として今でもせる気がしないが、元々貴族の婚姻などそんなものだ。わざわざ宣言するようなものでもない。噂を鵜呑みにして、つけあがることのないように釘を刺そうとした俺が淺はかだった。

「反省できる主(あるじ)はいいと思いますよー」

「お前ほんとむかつくな」

あの寢をはだけたのも、本當に単純にそうするものなのだと思っていただけなのだと今ならわかる。

などなくてもそういった行為に抵抗がないのだと思い込んだが、生家で食事すらままならない扱いだったのであれば、そもそもそんな(もの)など最初から想定していなかったのかもしれない。

「ちょっとーそんなとこでしゃがまないでくださいー」

「……うるさいちょっとすこしだまれ」

頭を抱えてしゃがみこんでしまった俺をロドニーが膝でつついてくる。

「まあひどいですよねーただでさえ初夜に放置された新妻だなんて、使用人にすら舐められますよ」

「は?」

なんだそれは。どんな理屈だ。

「だって、屋敷の主人が認めてない主人になんて仕える気にならないじゃないですか。何をしたって待遇が変わるとも思えないでしょうし?」

「そんな使用人雇った覚えはないぞ」

「父も母もそんな覚えはないですって。だけどねー、この屋敷で主人を迎えるのは初めてなわけですよ。坊(・)ち(・)ゃ(・)ま(・)のご実家であるドリューウェット家からついてきたのはオレたちコフィ家だけなんで?ランドリーメイドから始まって下働きにいたるまで、初めての主人に心得違いをする者が全くでないとは言い切れませんよね」

そりゃ萬が一そんなことがあれば見つけ次第相応の処分はしますけどーと呑気な口調で続けたロドニーが、すとんと聲を落とした。

「でもそれって、奧様が傷ついた後ってことですよ?主(あるじ)が主人を無下にするってのはそういうことです。憎くもないに男としてそれはどうでしょうね」

もうほんとやめてくれ……胃が痛くなってきた……。

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