《【書籍化・コミカライズ】さないといわれましても~元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる》8 おしろのごちそうはきっといつもよりもいっぱいたべられるとおもいます
お城の夜會會場である大広間は、お屋敷がそのままると思われるくらい広かったです。
旦那様は侯爵家次男としてではなく、子爵として參加してますので早めに場しました。高位貴族になるほど場は遅いそうです。それでも爵位が下がると人數は増えますから、広間にはもうたくさん人間がいます。
旦那様にエスコートされて広間を進むほどに、囁き聲がさざ波のように広がっていきました。
全部聞こえるし、聞き分けられます。元魔王ですから耳がいいんです。
「おい、まみれ中尉《ブラッディ・ルーテナント》だぞ。夜會になんぞ出るなんて珍しいな」
「どこの令嬢だ。結婚したとは聞いてたが」
「まみれ佐《ブラッディ・メイジャー》だろう。とっくに昇進してる」
「ロングハースト家の次だったはずだ。姉のしさを僻んで手がつけられないとか――」
「社もしないのに散財ばかりが酷いと」
隣の旦那様を頭から足まで何度か確認しました。
屋敷で寛ぐときは降ろしている黒い前髪をかきあげるように整えて、軍の正裝は広い背中をよりすっきりまっすぐ見せています。金の飾釦(かざりぼたん)も飾緒(しょくちょ)も、右肩から斜めにかけている緋のサッシュも、真っ白な上著を引き立たせているだけで。
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私の視線をじたのか、旦那様がし前かがみになって聞いてくださいました。
「どうした」
「どこも汚れてません。だいじょうぶです」
ああ、と旦那様がちょっと困ったように笑いました。途端にどよどよと囁きが違う聲に上塗りされていきます。笑った笑ったあの仏頂面が崩れたぞ笑ったぞ笑えたのかって。
「放っておけ。真綿の中でわめくことしか知らん輩だ」
壁際で足を止めると、「お飲みはいかがですか」といくつもグラスが載った銀盆が橫から差し出されました。はちみつのとか、真っ赤でしゅわしゅわ気泡があがってるのとか、とりどりです。初めてお會いしますのにこんな味しそうな飲みをどれでも選んでいいだなんて――。
「お城の人ってやさしい」
「――給仕だからな。ついていくなよ」
酒のないものをと旦那様が言うと、細くて背の高いグラスに紫の飲みがはいったものを示してくれました。
「葡萄のジュースだ。俺がよいといったものだけを飲むように」
タバサにも言われました。お酒はまだ飲んだことがないので旦那様がいない時は飲みを選ばないようにって。一口含むと、気泡は上がってませんでしたのに、舌をくすぐるような心地よい刺激と爽やかな香りがしました。
「味いか」
「はい。旦那様」
「なんだ」
「あそこに並んでる馳走はいつ食べてもいいですか」
「お、おう。もうちょっとあとでな」
「私多分一口ずつなら全部の種類食べられます」
「頑張ってもいいがほどほどにな……腹痛を起こすとまたタバサが嘆くぞ」
「お城のだからだいじょうぶだと思います」
「なんだその信頼」
ドレスを著るだけだと思っていたのに、今日は朝早くから湯あみしてあちこちマッサージもして髪も編んでと忙しかった。お晝ごはんはちゃんといただきましたけど、おやつの時間がなかったのです。
でも、奧様にコルセットはまだよろしくないですからねと、元に切り替えのあるすとんとしたドレスをタバサが選んでくれたので、いつも通りちゃんと馳走をいっぱい食べられます。
お屋敷のごはんもいつも馳走ですけれど、あそこに並んでるお城の馳走はなんだかきらきらしてたりお花が飾ってあったりしてます。お花は苦いのが多いですけど、あれは甘いお花なんだと思います。お城のですから。
夜會に出ることが決まった時に、旦那様が真剣なお顔でおっしゃいました。
私には義母たちがふれまわったと思われる悪評があって、旦那様自もあまり評判がよろしくないそうです。
だから嫌な言葉をかけられたり、失禮な態度をとられるかもしれないけれど、君はいつも通りでいてくれればいいし、俺のそばから離れないようにと。あまりに何度も念を押すので、ロドニーに「どんだけ過保護暴走させてんですか」と叱られてました。
どのテーブルのどの馳走から食べ始めるかの計畫を旦那様に相談していましたら、ちらほらとご挨拶にみえる方が現れました。旦那様が気安げに話しているのは同じ軍の方たちで、しすましたお顔で話しているのは侯爵家とお付き合いのある方たちです。
みなさんにこやかに私にもご挨拶してくださいましたので、タバサに合格をもらった笑顔をお返ししました。今日はにっこりするだけでいいって言われましたし。
旦那様は時々私の腰を引き寄せたり、背中で隠したりしてましたから、お話した相手によるのかこっそり見分け方を聞いてみました。でもそれは気にしなくていいそうです。きっと妻のお仕事じゃないのでしょう。
「――そろそろ何かつまむか」
「はい!」
王族のみなさんも場して、一斉にお辭儀するのもちゃんと上手にできましたからね。確かイーサンが王族にご挨拶する列に並ぶとか言ってた気がしますけど、旦那様がいいというのだからいいのです。
旦那様はちゃんと打ち合わせ通りのテーブルへとエスコートしようとしてくださってたはずなのに、到著した時には隣に旦那様がいらっしゃいませんでした。いつのまに。
……旦那様がいるときじゃないと飲み選んじゃいけないとは言われましたけど、馳走を選んじゃいけないとは言われてないです。旦那様がいらしたときに素早く選べるように、どれをどれだけいただくかもう一度イメージしておくことにします。
「――あら、いやだわ。お前みたいなものが來ていい場所ではないでしょうに」
大きなお花だと思ってましたが、これおなんじゃないでしょうか。え、おですよねこれ。薄桃でひらひらですけど、おの匂いもする気がします。
「……ちょっと」
タバサとお野菜もちゃんと食べる約束をしたのですけど、これお花にみえるから――
「ちょっと聞いてるの!アビゲイル!」
名前を呼ばれたので、馳走から目を離すと、そこには義姉のナディアが目を吊り上げて立っていました。扇で顔を半分隠してますけど、多分義姉で間違いないと思います。
【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔術師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔術の探求をしたいだけなのに~
---------- 書籍化決定!第1巻【10月8日(土)】発売! TOブックス公式HP他にて予約受付中です。 詳しくは作者マイページから『活動報告』をご確認下さい。 ---------- 【あらすじ】 剣術や弓術が重要視されるシルベ村に住む主人公エインズは、ただ一人魔法の可能性に心を惹かれていた。しかしシルベ村には魔法に関する豊富な知識や文化がなく、「こんな魔法があったらいいのに」と想像する毎日だった。 そんな中、シルベ村を襲撃される。その時に初めて見た敵の『魔法』は、自らの上に崩れ落ちる瓦礫の中でエインズを魅了し、心を奪った。焼野原にされたシルベ村から、隣のタス村の住民にただ一人の生き殘りとして救い出された。瓦礫から引き上げられたエインズは右腕に左腳を失い、加えて右目も失明してしまっていた。しかし身體欠陥を持ったエインズの興味関心は魔法だけだった。 タス村で2年過ごした時、村である事件が起き魔獣が跋扈する森に入ることとなった。そんな森の中でエインズの知らない魔術的要素を多く含んだ小屋を見つける。事件を無事解決し、小屋で魔術の探求を初めて2000年。魔術の探求に行き詰まり、外の世界に觸れるため森を出ると、魔神として崇められる存在になっていた。そんなことに気づかずエインズは自分の好きなままに外の世界で魔術の探求に勤しむのであった。 2021.12.22現在 月間総合ランキング2位 2021.12.24現在 月間総合ランキング1位
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