《【書籍化・コミカライズ】さないといわれましても~元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる》38 こう!こうして、こう!こうきて、いてつけ!

「ところでノエル子爵夫人、私が強いと一目でじたくらいだ。武に興味、いや通しているのだろう?」

ロドニーのいれたコーヒーに満足げなため息をついた將軍閣下が、悪戯めいた笑みを浮かべてそうおっしゃいました。私はハーブティのおかわりをいれてもらっています。まだ熱いので口をつけられませんが。

「ちょうど今日はジェラルド君が部下に訓練指導する日だ。見學していくのはどうかね」

「はい!します!ありがとうございます!」

弾けるように閣下は笑い聲をあげました。閣下と同じくコーヒーを口にしていた旦那様を見上げると、ちょっと困ったようなお顔をしながらも頷いてくれます。やりました。ロドニーの言ったとおりです。きっとお願いしなくても見學できますよって言ってました!

旦那様の剣の鍛錬とかは、お屋敷でもドリューウェットのお城でも見ることができましたけど、魔法も使う鍛錬は、軍の専用施設でしか行わないからって見ることができなかったのです。

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「……あれ、主(あるじ)、今日指導の日でしたっけ?鍛錬だけじゃなく?」

「そうだな……俺もさっきまでそう思ってた」

「はははっ私も久しぶりに參加しよう!」

閣下が楽しそうです。お強いと鍛錬も楽しいのでしょう。旦那様はお屋敷で鍛錬するとき、きりっとしてますけど毎日してるんだから楽しいんだと思います。

◆◆◆

魔法も併用する訓練には専用施設を使う。訓練場と、それを囲う見學席の間には魔障壁がはりめぐらされており、アビゲイルとタバサはそこに並んで座っていた。

はははははっと笑いながら、閣下は俺の部隊員たちをなぎ倒している。俺もを溫めながら軽く別の部下のきを指導していたところに、閣下に指で呼ばれた。し離れたところにいたロドニーからけ取った水を一口含んで気合をれなおす。

「主(あるじ)、隨分気合ってますねー。奧様は強い弱いしか見てないですもんねー」

いちいちうるさいなっほんとに!

刃を潰した模造剣を使ってはいるが、実際のところ魔法で強化していればなんの意味もない。魔法なしで行う鍛錬の延長で使っているだけだ。れれば真剣以上の切れ味をもたらす。

ただの魔法使いであれば詠唱のために後衛に回るのが普通だが、俺たちのような魔法剣士はいかに短した詠唱で効率的に理を含む攻撃手段と速度を増やしていくかが鍵となり、技量に直結するものだ。対人戦ではなおのこと。

「――はっ」

薙いだ片手剣をもなく、ゆらりと躱す老人の口元は微笑みが崩れない。次の瞬間には俺の懐にり込み元を摑んで引き倒そうとするのを、腹に前蹴りをいれて力任せに突き放した。

「君、老人に容赦ないなぁ」

タイミングを合わせて後方へ跳んだ閣下は、もちろんなんのダメージもけていなければ、その訓練著に砂の一粒すらついていない。たった今蹴りつけた土は一払いで落ちた。転がりまくって土塗れの俺とはまさに雲泥の差。

「閣下に容赦など、そこまで驕ってません」

この抜け目のない猛獣のような男は、年齢を理由に鍛錬へ參加することが減ってはいるのに、勝てたためしがない。強いとアビゲイルが一目で見抜いたのには驚いたが、確かに俺がまだ追い付けない人間のうちの一人だ。部下たちよりは多長い時間こうして打ちあっていられることでしか己の技量は示せない。

「そういうところが実にかわいい」

無拍子で蹴り上げられた土砂が、俺の顔があったあたりに散っていく。圧倒的な強化魔法の技能をもちながら、こういう泥臭い戦法を楽しむ仁に舌打ちをして、

「"凍てつけ"」

「――っと」

地面に殘った片腳目掛けて細い氷柱を數本突き立てるが、何のことはなく瞬時にそれは消失する。本當にその中和とかいう天恵(ギフト)は苛立たしい!すべての魔法を任意に打ち消せるとか反則もいいところだ!

數合打ちあうも、俺の剣はことごとくけ流される。たまに組み合えたと思えば、児戯のように転がされる。振り降ろされた模造剣を強化した左腕で打ち払い、右手で袖を摑み――。

「おや、奧方が」

「――!?」

ぐるりと天地がひっくりかえって、背中を地面に叩きつけられた。小休憩を知らせる鐘が鳴る。

「……かはっ」

「いやあ、君がこの手のに引っかかるようになるなんて慨深いなぁ……隨分と人間臭くなった」

「くっそ……っりがとうござい、ます」

傷と皺のある乾いた手がばされ、それをとって立ち上がり禮をした。

訓練中に余所事に気をとられた俺を一喝するどころか、好々爺の仮面ではない微笑みを向ける閣下に居心地が悪い。

「というか、本當に奧方が大注目されてるがいいのかねあれ」

「――は?」

目には見えない魔障壁の向こうにある見學席で、ぴしっぴしっと腕やら足やら振り回してぴょんぴょん跳ねてるアビゲイルがいた。魔障壁は音を通しにくいが、元気よく掛け聲もあげてるのが口のきでわかる。

……もしかしなくてもそれ今の俺の真似か!?タバサ!タバサはどうした!あ、勢いよすぎて近づけないのか!

「キレはいいな、キレ、は……っぶっぐっ」

閣下は肩を震わせているが、いやいやいや待て待て待て、俺の真似だとしたら――っ強化までかけて地を蹴ったが、魔障壁を回り込まなければならないせいで距離がある。

俺の様子をけてか、俺より近い位置にいたロドニーも駆け出したけれど。

アビゲイルの口が『"凍てつけ"』と形作る一秒前、見學席と鍛錬場の間にある手すりに細く小さな稲(・)(・)が突き立ってすぐ消えた。

一瞬力が抜けそうになるのを堪えて、素早く周囲を見回したけれど、口のきを読めたやつはいないようだった。ほとんどが微笑まし気に見ていてそれはそれでし苛つく。が。

「……ジェラルド君。ちょっと奧方と私の部屋に來なさい」

あああああああ……。アビゲイルっ『できましたっ』じゃないんだよなあああああ!

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