《【書籍化・コミカライズ】さないといわれましても~元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる》13 いちごはあまいのにもっとあまいあめでさらにくるむだなんて
本來なら護衛が職務中に俺たちと食事をともにすることなどない。けれど隙をつくらない布陣のためには代をさせてやれないし、幸いうちの護衛たちは片手にケバブがあったところで警戒度が下がることはない。移しながらの補給などよくあることだ。
だが、貴族が歩きながら食事することなどまずないし、慣れる必要も全くない。それでも仮に試したとして額に野菜がつくことはないだろう。前に食べ歩きした時は、俺が食べさせてたから平気だったのか。食べ方そのものは綺麗なのに、どうやってつけたんだと思いながら手近なベンチへと導した。本人も何故だと思っているようで、工夫しようとしている気配があるけれど、ベンチにつくまでのわずかな時間でまた額に野菜がついた。いやほんとに何時(いつ)ついたんだ。
「アビー、ほらここに座って食べなさい」
「……」
いつもなら元気に返事があるところだけど、どうやら納得がいかないようでベンチの周りをぐるっと歩こうとしている。時々妙に負けず嫌いなんだよな……。でもそれが俺の真似がちゃんとできないという時にでてくるところなのだから、もうどうしたものかと思う。可くて叱れないばかりに、また俺がタバサにあの冷ややかな視線をもらうことになる。だけど仕方ないだろうこれは。
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「ああ、そういえば、苺飴はまだ食べたことないよな?」
「いちごあめ!」
ロドニーに視線を送って買いに行かせると同時に、アビゲイルは俺の隣にてんっと座った。護衛たちは、ベンチのそばを囲うように立ち、周囲にさりげなく目をらせている。
ドネルケバブを両手に持って、端から小さな口で丁寧に食んでいるのを見守りながら、昨日ロドニーからけた報告を脳でもう一度整理した。
朝食後の茶を飲みながらうつらうつらしだしたアビゲイルを、また寢臺に寢かしつけてから私室に戻った。ロドニーのにやつきを敢えて無視してソファにを沈めれば、すかさず湯気をたてたコーヒーが目の前に置かれる。
「……うるさい」
「えー、オレ何も言ってないじゃないですかー」
「気配がうるさい。にやつくな」
「ひっどーい。兄弟(お兄ちゃん)として慶びのーってっ、ととっと」
ソファにあるクッションをひとつロドニーに投げつけると、にやつくロドニーはおどけながらなんなくけ止めた。その手には數枚の書類がある。
「主、悲願の就おめでとうございます」
「なんだ悲願て!」
「だってー、ち(・)ょ(・)っ(・)と(・)違(・)う(・)ってー」
「だから違う!ほんと耳が早いな!普通だ普通!」
「えー」
「うるさいぞ!いいからほらっ報告!」
もーと言いつつ、にやついた顔をすっと戻して差し出してきた調査書にざっと目を走らせれば、やはりロングハーストの管理は王室から派遣された者たちだけで行われていることに間違いはない。
「さきほど伝令鳥の返信がありましたが、まだとりあえずの確認をウォーレス(侯爵)様にとっただけです。ただウォーレス様はロングハーストの領地沒収に関わっていますから報の度は高いでしょう」
確かにあのロングハースト伯爵やアビゲイルの義姉関連のことで、父が直接王室へ屆け出た直後に話を聞いていたし、それはこの調査書と変わりない。
ならばアビゲイルを攫って得をする者は誰だというんだ。あの領で組織立ってくような者たちなど確認されていない。昨日の賊も尾行してきていた三人と商人風の賊とは別々にいていた。組織として把握されないほどの小集団が思い思いにいているのであれば、それは組織を相手にするよりも厄介だ。どういてくるかの予測が立てられなければ、先手を打つことも罠にかけることも難しい。
「引き続き、ロングハーストの調査を続けてさせてくれ。父の手の者とも連攜するように」
「抜かりなく。それから護衛の増員手配は問題ありません。この休暇中にドリューウェットから五名到著予定です」
この別荘に到著してすぐ父へ伝令鳥を飛ばし、ロングハーストに関わる報の提供とともにアビゲイルの護衛として私兵の増員を依頼した。まあ、斷られることもないと思っていたし、今ついている護衛たちも俺が小さなころからの馴染みの私兵だ。彼らの連攜についても滯りないだろう。
「ならば帰りの道は問題ないな――それまでは代をさせてやれなくてすまないが頼む。他の者にもそう伝えてくれ」
普段、市場を歩く時などは護衛は三人つけている。殘り二名と代しながら回していた。俺自が戦力として數名分は擔える自信があった故だけれど、こうなったからには制圧や追跡も考慮して倍増するべきだ。……アビゲイルを一瞬でも奪われたのは俺の失態だが、二度とあんな思いはしたくない。
「勿論。奧様かなり人気ですからねー。ノエル家へ移ることになるっていうのに希者多かったらしいですよ」
「俺の妻だぞ」
「ほんと何を言ってるんだろうねーうちの主は……」
……船から降りた時こそふらついていたけれど、それは別の話だし、昨日ちゃんと休ませたおかげで、今日は足取りもいつも通り軽やかだ。そうでなくては困る。アビゲイルに負擔がかからないことを最優先にして、こう、々と堪えるところは堪えたし、本當ならもう一度くらいのとこ――
「はいはいはいはい、主、顔怖いですよーもーほんと々とーもー」
ぬぅっと苺飴の刺さった木串が、顔の橫に突き出された。
「……怖かったか?」
「いちごあめ!」
「むっつりっぷり駄々洩れですねー」
「旦那様!いちごあめ!」
片手で顔半分を覆ったまま、け取った木串をそのままアビゲイルに渡せば、苺飴だけにくぎ付けになっている。見られてはいなかったらしい。苺好きだもんな。
殘り半分ほどになったドネルケバブは、俺が引きけた。俺も護衛たちもとっくに食べ終わっている。
「まあ、やっとですからねー男としてはわからないでもないですけどー」
「ほんとうるさいなお前……」
「旦那様!つやっつや!つやっつやです!旦那様の分はどうしましたか」
「俺はいい。全部アビーが食べなさい」
「はい!」
上から下からと苺飴をくるりと回して全をしっかり真剣に眺めてから、ぱくりとくわえて堪能する顔は実に満足気でかわいらしい。しゃりしゃりと飴を歯で削っているであろう音がする。
「俺の妻なんだぞ信じられるか」
「オレは最近、主の口がゆるみっぱなしなのが信じられないですよねー」
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