その後、授業が始まったため、セシリアは授業に集中する。

基本的な容は前世と変わらないものが多く、アデラインの記憶が役立った。

授業は滯りなく進み、休憩時間になっても自稱友達のシンシアとイザベラは近づいてこなかった。

それは構わないのだが、他の同級生もセシリアを遠巻きにうかがうだけだ。

自稱友達の二人に正面からやり返してしまったのは、やはり失敗だったかと、セシリアはこっそりため息をらす。

同級生たちの、アデラインについての気になる話が途中だったので、続きを聞きたかったのだが、今は聲をかけにくい。

だが、同級生たちとはこれからずっと顔を合わせることになるので、徐々に仲良くなっていけばよいと、セシリアは己に言い聞かせる。

焦って引かれるよりも、時間をかけることにする。明日になれば、今日の印象もしは薄れるだろう。

授業が全て終わると、セシリアは學園に長居することなく帰った。

同級生たちの話が途中で終わったのは殘念だったが、前世の義弟エルヴィスと會ったという重大事件はあったのだ。

忘れないうちに、今の印象などを書き留めておきたかった。

「セシリアさま！　どうかお助けください！　ヘレナさまが……！」

ところが、自室に戻ろうとしたところで、駆け寄ってきた侍にすがりつかれた。

ヘレナの名が出たことによって、思わず顔が引きつってしまうが、セシリアは足を止める。

セシリアは王太子宮の一畫にある、小さな邸宅で暮らしている。普段はヘレナと顔を合わせることなどないものの、たまにこうして呼びつけられることがあるのだ。

もっとも、今日はヘレナに直接呼ばれたわけではないようだが、セシリアは侍に促されて、おとなしく案されていく。

「……何があったというの？」

「その……新人の侍がヘレナさまのご不興を買ってしまいまして……」

侍の言葉を裏付けるように、ヘレナのいるという部屋に近づいていくと、怒鳴り聲らしきものが聞こえてきた。

「お前は平民と貴族の區別もつかないの！？　王太子妃である私が、卑しい平民と同じようなものですって？　まともに働かない頭ならいらないでしょう！　この者の首を刎ねておしまい！」

激昂したヘレナのび聲が響く。

セシリアは足を止めて、案してきた侍を見つめる。

すると、侍は不思議そうにセシリアをうかがってきた。

「あ……あの……部屋にらないのですか？　早くしないと、あの子が……」

「新人の侍とやらは、何を言ったの？」

「え……？　ええと……その……ヘレナさまは男爵家出なので……新人の侍は子爵家の娘でして……」

「男爵家など、平民と変わらないような卑しい分だとでも言ったのかしら？」

しどろもどろになっている侍に対し、セシリアがはっきりと問いかけると、侍はひっと息をのむ。

どうやら図星のようだ。

「で……でも、もちろん、直接申し上げたわけではなく、聞こえないように……」

「本人がいないと思って口をこそこそ叩いていたところで、実は聞かれていました、と？」

「それは……その……」

俯く侍を眺めながら、セシリアは長い息を吐き出す。

隨分と躾がなっていないようだ。

主人の口を叩くなどもってのほかである。まして、聞こえないように言っていたつもりとはいっても、実際に聞かれているのだ。その不用心さは、たとえ聞かれてもどうにかなると、みくびっていたからではないだろうか。

どうやら、ヘレナは侍たちからの尊敬は得られていないようだ。

「くだらない……私は戻るわ。やらなくてはならないことがあるの」

いずれにせよ、セシリアには関係のない話だ。

部屋に戻るべく、背を向けようとする。

「おっ……お待ちください！　セシリアさまが部屋にって下されば、ヘレナさまの注意がセシリアさまに向くのです！　たったそれだけでよいのです！」

「……それで、代わりに罵聲を浴びせられて、侍の代わりになれと？　どうして私が？」

セシリアに言い返されると思っていなかったのか、侍は唖然とした顔で立ち盡くす。

これまでずっと、似たような場面では言われるがままだったセシリアが反抗したことに、驚いているらしい。

もし部屋にれば、ヘレナから散々罵られることになるのだ。冗談ではない。

「口など叩いた侍の自業自得でしょう。しかも、ろくな知識を持っていないようね。侍にはふさわしくないわ」

ばっさりと切り捨てると、侍は愕然とした表を浮かべた。

セシリアの考えでも、ヘレナの怒りはおかしなことではない。

男爵家がいくら貴族の中では下位といっても、れっきとした爵位を持つ貴族なのだ。平民とは違う。

まして、ヘレナの出であるルーラル男爵家は、ずっと田舎に引きこもり、爵位こそ低いものの、建國當初から存在する由緒正しい家なのだ。

王太子妃にふさわしくない出といわれたのならば、それは間違いではないだろう。だが、平民と変わらないというのは、明らかな間違いだ。

「……慈悲深い王太子妃殿下なら、不心得者にも更生の機會を與えてくれるものと信じております、とでも言ってごらんなさい。運が良ければ、鞭打ちか追放程度ですむと思うわ」

いちおう助言だけを殘して、セシリアは侍に背を向けてこの場を後にする。

「私は王太子妃よ！　この國で、では二番目に分が高いのよ！　お前と私は違うの！　わきまえなさいよ！」

後ろからは、まだヘレナのび聲が部屋かられ聞こえている。

セシリアは早く立ち去ろうと足を速めながら、侮蔑とも憐憫ともつかぬ、複雑に絡み合った不快がわきあがってくる。

かつて人は平等だとか、分を笠に著るような淺ましい真似はするななど言っていたヘレナだが、隨分と方針が変わったようだ。

だが、世継ぎを授かれず、真実のとやらも壊れてしまった今のヘレナは、分にすがるしかないのかもしれない。

これまでのことを思えば、ヘレナに同するつもりなどない。

それでも心に何かが波立つのをじ、セシリアはを噛みながら、早くヘレナの聲が聞こえない場所に行こうと、急いだ。