「私が王に……？」

呆然としながら、セシリアは呟く。

何の冗談だろうかとエルヴィスを見つめるが、彼の表は真剣だった。

「でも、私は子で、王家の法をけ継ぐ立場では……」

王家の法をけ継ぐのは、王族の男子のみだ。

基本的には人した王族男子だが、くして即位した現國王のように早く伝えられる場合もある。

ただ、それにしたところで、王族男子という條件に変わりはない。

「過去には、王が即位した例もあります」

「……それは知っています。しかし、後継ぎとなれる男子がすぎて、長するまでの繋ぎだったはずです。今のように王族男子が何人もいるような狀況では……」

過去に王が存在したことは、アデラインの記憶で知っていた。

だが、他に王位につけるような男子がいない中での、暫定的な存在でしかなかったはずだ。

今はローガン、ジェームズ、ギルバートと、三人の健康な王族男子がいる。

この三人全員に何かがない限り、セシリアに順番が回ってくることはない。

「それに……仮に私が王になったところで、王家の法をけ継げないのでは、國王としての役割を果たせません」

そもそも今回、王位代の可能が出てきたのは、薄れてきた神の加護を回復させるためだ。

たとえ何らかの方法で王族男子三人を退けたとしても、セシリアでは役目を果たせない。

神の加護が正常な狀態ならば、暫定的に王が數年間存在していたところで問題ないかもしれないが、今はそうではないのだ。

「実は、王が即位した時代というのは、災害が多く、荒廃した時代だったのですよ。それを王が治め、安定させたと記録に殘っています。王家の法は本來、男子よりも子に適があるのではないか、とも」

「……もしそうだとすれば、何故男子のみに王家の法が伝えられるのでしょう。王の功績も一般には伝わっていません」

かつてアデラインが勉強した歴史でも、王の功績は記されていなかった。

王家の法が子に伝わったという話も、聞いたことがない。

ローズブレイド家の當主など、ごく一部だけが知っているようだが、何故だろうかとセシリアは訝しむ。

「そもそも王家には子が生まれにくいですからね。負擔を與えないようにしたのかもしれません。子に適があるとなれば、子をむようになるものの、なかなか授からないということになりますからね」

神はのため、男が法を行うのだと言われている。

また、王家に男子ばかり授かるのも、それと似たような原因ではないかという説もある。しかし、本當のところはわかっていない。

「もっとも、負擔を與えないようにというのは私の想像であり、事実かはわかりません。私は先代から王家の法に関する知識をけ継ぎましたが、完全ではない可能もあります。もしかしたら、もっと別の理由があるのかもしれません」

眉を寄せ、エルヴィスは軽く首を左右に振る。

「ただ、荒廃した時代に王が即位して安定させたのは事実であり、このことは王家も當然知っているはずです。おそらく、ハワード家も。そして、王は蜂のような金の髪と、鮮やかな緑の瞳の持ち主だったと伝わっています」

そう言ってくるエルヴィスの視線をけ止め、セシリアは固まる。

ややあってから、セシリアはおそるおそる己の髪にれてみた。

蜂のような金の髪も、鮮やかな緑の瞳も、セシリアの持っているものだ。

「あなたと初めてお會いしたとき、その煌めく瞳に目を奪われました。いっとき、己の立場も全て忘れ去ってしまったくらいです。とても懐かしく、おしい思い出を呼び覚まされたようで……」

さらに続くエルヴィスの言葉で、セシリアは恥ずかしくなって視線をそらした。

學園で初めてエルヴィスと會ったとき、去り際に目が合い、彼が揺していたことを思い出す。

だが、同時にアデラインも同じ彩の持ち主だったことにも気付く。そのときは、おそらくアデラインと重なったのだろう。

そう考えると、しだけ心が落ち著いてきた。

「ええと……つまり、かつての王と私を重ねさせ、災害を治めることのできる王の即位という方向に持って行くのですよね」

放っておけば延々とセシリアに対する賛辭を述べそうなエルヴィスを引き戻すべく、やや強引に話をまとめる。

エルヴィスはしばかり殘念そうな表を浮かべるが、すぐに頷いた。

「……そうです。この方法ならば、第二王子側と手を組むことも可能でしょう。災害を治める數年間だけあなたが王となるが、その後は第二王子でもその息子でも、王位を譲ると約をわしておけばよいのです」

「確かに、公爵令嬢の件を再調査して罪を暴くのが目的なのですから、數年で十分ですよね」

セシリアは王の座などしいわけではない。

目的を果たせば、喜んで譲る。

「仮に第二王子側が姉を殺害した黒幕であったとしても、あなたが王になっていれば裁くことが可能です」

神の加護の問題が解決できるのならば、セシリアが王となるのは、とても良い方法に思えた。

第二王子側と手を組むのを渋っていたのは、彼らの思が不明であり、下手をすれば黒幕という可能もあるからだ。

だが、セシリアが王になるために手を組むのであれば、その後は権力を握れるので、どうとでもなるだろう。

「ただ、問題が二つあります。一つは、王太子です。気付かれないよう、回しを進めていく必要があるでしょう」

指を一本立てたエルヴィスに、セシリアも同意する。

今はエルヴィスに対してとても好意的なローガンだが、それはローズブレイド公爵が自分の後ろ盾になると思っているからだ。

これが、自分を飛ばしてセシリアが王となるべくいていると知れば、激怒するであろうことは目に見えている。

もうローガンではどうすることもできない狀態になるまで、隠し通すことが理想だ。

「そして、もう一つ。王になれば、矢面に立つのはあなたになってしまいます。もちろん、私ができる限り支えますし、なるべく事前に防ぎます。しかし、後ろで守られているだけというわけにはいかないでしょう」

二本目の指を立てたエルヴィスは、不安そうな表を浮かべる。

先ほどの婚約披パーティーでも、エルヴィスはセシリアのことをかばい、時には言い返して反撃してくれた。

セシリアは頼もしいエルヴィスの後ろで、守られているだけでよかったのだ。

ずっと一人だったセシリアにとって、それはとても安心できる場所で、二度と手放したくないと思えるほどだった。

一度知ってしまった安全な位置から抜け出すのは、勇気が必要だ。

セシリアは俯きがちに、震えそうになる手をぐっと握り締める。

「……あなたが、支えてくれるのでしょう？」

顔を上げ、セシリアは一歩を踏み出した。

もともと、罪を暴くと決めたのはセシリアだ。心地よさにをゆだねているだけにはいかない。

己の責任を噛みしめ、セシリアはエルヴィスをしっかりと見據える。

「もちろんです」

すると、エルヴィスは微笑んで請け負った。

その笑顔を見ると、セシリアの心に安堵が広がっていく。

矢面に立つとはいっても、一人ではないのだ。険しい道でも、エルヴィスが共に歩んでくれるのだと思えば、もう恐ろしくはなかった。