《【書籍化進行中】斷罪された悪役令嬢は、元兇の二人の娘として生まれ変わったので、両親の罪を暴く》56.あの方はもういない
セシリアが落ち著くと、エルヴィスは傷の手當をしてくれた。
手足のあちこちや足の裏に傷があり、エルヴィスは痛ましそうな顔をする。だが、深い傷がなかったのが幸いだ。
よほど効果のある傷薬らしく、塗った途端に痛みが引いていく。新しい靴も用意されたが、それを履いて床を踏んでも痛くないくらいだった。
ドレスもボロボロだったがここで著替えるわけにもいかず、それは後でとなる。
エルヴィスと二人で馬車から降りると、出立の準備はかなり進んでいた。
ローズブレイド騎士団が場を取り仕切っており、ケヴィンとその護衛たちは武裝解除されて集められていた。だが、彼らは監視されているだけだ。
盜賊たちは武裝解除の上に縛り上げられている。話を聞くと、彼らは傭兵くずれで、セシリアたちを襲うよう金で依頼されたという。金払いの良い雇い主だったそうだが、その正は不明だ。
數が多かったために、數のケヴィンの護衛たちではなかなか鎮圧できなかったらしい。そこにローズブレイド騎士団が現れ、盜賊と護衛の両方をまとめて取り押さえたのだ。
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ちなみに、ケヴィンが馬車から逃げることを決意した原因の大音響は、ローズブレイド騎士団が到著した際のものだった。
セシリアを狙った、馬車酔いに強い侍は森の中に殘してきたが、騎士たちが回収しに行ったときには、すでに息絶えていたという。
どうやら、逃げきれないとわかって自ら命を絶ったようだった。
「……私のわがままで、証拠を失うことになってごめんなさい……」
エルヴィスがセシリアを助けてくれたときは、まだ侍の息はあった。
だが、セシリアがヘレナのことを気にしたため、侍を放置してエルヴィスが急遽戻ってきたのだ。
「いいえ、わがままではありませんよ。當然のことです。あのとき、最期の場面に間に合ったことのほうが、はるかに重要なことです。それに……もう、誰が仕組んだことかは尋ねなくてもわかっていますから」
「……そう、ですね」
エルヴィスの言葉に、セシリアも頷く。
隣國にセシリアが行ってしまう前に、命を奪ってしまおうと考える者など、一人しか思い當たらない。
アデラインのことも、同じような考えで葬ったのだろう。
二人とも、口にしなくとも誰のことかはわかっていた。それ以上言及することなく、別の場所に移る。
「ヘレナ……」
となったヘレナは、全を布でくるまれていた。
まともに道もないこの場所では、ろくなことをしてやれない。
それでも、顔に損傷がなかったのが、せめてもの幸いだ。布からのぞく顔は安らかで、頬とにはうっすらと紅が差していた。
「お化粧してくれたのね……ありがとう。綺麗、だわ……」
セシリアはこみあげてきそうになる涙をこらえ、ヘレナの側に控えている侍たちに向かって禮を述べる。
離宮からやってきた侍のうち一人は刺客だったが、他は普通の侍だったようだ。刺客となった侍は、元はマリエッタに仕えていたらしい。
「せめて、しでもしく、と……まさか、このようなことになるとは……心がくなってしまった妃殿下は、最期に正気に戻られたのでございますね……」
侍の一人が涙ぐみながら、答える。
どうやら、涙を流させるくらいには、ヘレナは離宮の侍たちに思われていたらしい。
セシリアは目を伏せると、そっとその場を離れた。
続いて、ケヴィンの元へと向かう。
「……私をどうするつもりかな?」
落ち著いた聲で、ケヴィンはエルヴィスに問いかける。
先ほどは地面に座り込んだままだったケヴィンは、椅子が用意されていた。
蒼白だった顔も元に戻っていて、し余裕が出てきたらしい。
「私個人としては々と思うところはあるのですが、殘念ながら今は隣國と事を構えるわけにはいきません。我が國を訪れた賓客としておもてなししますよ」
エルヴィスはをうかがわせない、儀禮的な微笑みを浮かべて答える。
「捕虜か人質といったところかな。そちらの國は不安定なようだし、いっそこのまま二人で我が國に來てはどうかな?」
この期に及んで、ケヴィンは勧を始める。素晴らしい面の皮の厚さだと、セシリアは呆れを通り越して心してしまう。
エルヴィスは答える価値もないといったように、ゆっくりと息を吐き出した。
ふと、セシリアは己の意思とは関係なく著せられた、ボロボロになってしまった時代遅れのドレスを見る。ケヴィンに嫁ぐために著せられたドレスは、おそらく彼の好みか指示だろう。
そこで、疑問をぶつけてみることにする。
「お伺いしたいことがあります。陛下は、セシリアという一人のと、全素質の持ち主。どちらがしいのですか?」
「……両方です」
セシリアが問いかけると、ケヴィンは一瞬だけ驚いたようだったが、すぐにきっぱりと答えた。
「過去の記録では、災害を鎮めた全素質の持ち主は五年で力を失い、命をめたとあります。そのことはご存知ですか?」
予想済みの答えではあったので、セシリアは続ける。
すると、ケヴィンの表が固まり、言葉を失う。
「……知らない……そのようなこと、渡された本にはなかった……」
ややあって愕然とした表で、ケヴィンは呟く。
思いもよらなかったという顔をしている。
叔父が持ち出した二冊の本には、その記録はなかったらしい。
「もし、隣國に加護をもたらすのであれば、私も遠からず命を失うのでしょう。それどころか、今この國から出るだけで、命をめるかもしれません。先ほども、じっと座っていられないほどの頭痛をじました」
國境へと近づいたとき、馬車に揺られながら、セシリアは神の意思をじた。引き留められ、激しい頭痛を覚えたのだ。
もしかしたら、國外に出てしまえば治まるものなのかもしれない。だが、まともな狀態で國外に出られるとは思えなかった。
ケヴィンも、先ほどのセシリアの狀態に思い當たったのか、眉を寄せる。
「もし、セシリアという一人のの命を思ってくださるのであれば、この國から連れ出すことを諦めていただけませんか?」
セシリアが靜かに語りかけると、ケヴィンはしばし呆然と言葉を失っていた。
やがて、握られた拳が、わずかに震え始める。
「それは……やっと、再び見つけたと思ったのに……かつて心を奪われた方が目の前に現れたというのに、また……しかし……」
苦渋の表で、ケヴィンはく。
その目はセシリアに、別の誰かを重ねて見ているようだった。
おそらくそれは、アデラインなのだろう。今セシリアが著ているドレスも、アデラインの時代に流行ったものだ。
ケヴィンはセシリアをアデラインと同一視して、かつて失ったものを取り戻そうとしているのだろう。
「陛下、姉は……アデラインは、もうこの世にはおりません。ここにいるのは、セシリアです。たとえどれほど似ていようとも、あなたが心を寄せた相手とは、別人なのです」
穏やかに諭すようなエルヴィスの聲が響き、ケヴィンは唖然として固まった。
セシリアもこの言葉には驚かされる。エルヴィスは、セシリアとアデラインを同一視して、だからこそしているのではないかという疑念があったのだ。
だが、別人だと言い切った。
「あの方は……もう、いない……」
虛空を見上げながら呟いた後、ケヴィンはがっくりとうなだれた。
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