しばしエルヴィスの腕の中で幸福に包まれていたセシリアだが、外から歓聲らしきものが聞こえてきて、引き戻される。

はっとして周囲を見れば、ジェームズとマリエッタも近くにいることに気付く。

名殘り惜しかったが、セシリアはエルヴィスの腕の中から抜け出した。

「……無事に終わりました。ただ、これまでどおりというわけではありません。歪な狀態が正され、あるべき姿に戻ったのです」

気恥ずかしさをごまかすように、セシリアはジェームズとマリエッタに向けて、淡々とそう言う。

「ええと……よくわからないが……危機は去ったのだな？」

「はい、天変地異はおさまったはずです」

首を傾げるジェームズに対し、セシリアは頷く。

外から聞こえてくる歓聲が、セシリアの言葉を裏付けている。ジェームズは々不思議そうではあったが、それ以上追及してはこなかった。

「そうか……やはり、セシリアが王のだったか。正直なところ、ほっとしている。私は事なかれ主義で、王のではない。これからは王陛下を支えていくことにするよ」

安堵の吐息をらしながら、ジェームズは憂いのない笑みを見せる。

その気になれば、ジェームズはそれなりに有能だ。しかし、本來の気質として、前に出るのを好まないのだろう。

補助役、二番手といった位置が本人にとっても心地よいようだ。

だが、その気質故にセシリアが苦しんでいるときも、そのまま見て見ぬふりをしていたという事実がある。

「王陛下ならば、國をお救いくださると信じておりました。もちろん、私が約束を違えることはございません。おっしゃるとおりにいたしますし、いかような罰でもおけいたします」

今度は、マリエッタが跪きながら口を開く。

「立派な王陛下のお姿を拝し、もう心殘りはございません。これからは王陛下が國を導いてくださるのですから、私などどうなっても構いません」

満足しているらしきマリエッタを、セシリアは冷ややかに見下ろす。

彼にとっての第一は、國だ。その國をこれからはセシリアが王として導くのだから安泰だろうと、安心しているのだろう。

ジェームズやマリエッタが話している間、エルヴィスは無表だった。を抑えているのだろう。

セシリアは、エルヴィスの手をぎゅっと握る。

すると、はっとしたような眼差しを向けてきたので、セシリアはの端を吊り上げて、軽く笑った。

それで何かに気付いたのか、エルヴィスも似たような笑みを返してきた。

「では、外に行きましょうか」

セシリアはそう言って、エルヴィスと共に歩き出す。その後ろに、ジェームズとマリエッタがついてくる。

この國のしきたりでは、神との儀式を以て、國王が即位したと認められる。

つまり、今のセシリアは王となったのだ。

「王陛下、萬歳！」

「偉大なる神の代理人、王陛下！」

「王陛下に栄を！」

神殿から出ると、先ほどもいた神や貴族たちが熱狂してんでいた。

さらに人が押し寄せてきていて、兵士たちが必死に宥めているようだ。

暗闇に覆われていた空は晴れ渡り、が差している。まさに神の業というべき、奇跡だろう。

神殿の前だけではなく、王都全が歓喜の聲を上げているようだ。

「王陛下には國を救う力がおありだ！　今後も安泰だ！」

「我らの！　良き方向へ、王陛下が全て導いてくださる！」

「聖であらせられる王陛下にお任せすれば、何も問題はない！」

神や貴族たちから、こういった聲もちらほら聞こえてくる。

神の加護に頼りきり、己の足で歩こうとしないがはっきりと映し出されていた。

彼らはこれからも、今までと同じく神の加護が守ってくれ、何もしなくても王が全て良いようにしてくれると、信じているのだろう。

セシリアは神殿の口に立ち、軽く両手を広げた。

すると、熱狂のびはぴたりと収まり、靜まり返る。

王の最初の言葉を聞き逃さないよう、じっと聞き耳を立てているようだ。

「神の怒りは鎮まりました。しかし、これまで無條件に加護が與えられたことにより、墮落を招くことになったのです。これからは、まずは己の力で道を切り開いていきましょう。神は、あるべきものをあるべきところにと仰せです」

セシリアの聲が響くと、周囲に戸ったようなざわめきが起こっていく。

これまでのように神の加護をけられないと言っているのだ。神や貴族たちは意味を汲み取っただろう。

「もしや、神の加護が……しかし王陛下がいらっしゃる」

「……王陛下さえいらっしゃれば」

「……王陛下にお任せすればよいだけだ」

ひそひそと囁く聲が聞こえてくる。

並々ならぬ事態が起こっているのは察したようだ。しかし、これからも王が導いてくれるのだから問題ないだろうと、どこか他人事のようでもある。

誰もが、セシリアが王として彼らの憂いを取り払ってくれるのだと、疑っていない。

セシリアが己を全て投げ打って、彼らのために盡くしてくれると、無邪気に信じているのだ。

たった十五歳のに過ぎないセシリアに背負わせすぎだとは、誰も思わないらしい。

──誰がそのとおりになどしてやるものか。

セシリアは口元に微笑を浮かべ、周囲を見回した。

「王として、最初の命令をくだします」

そう口にすると、ざわめいていた周囲が靜まる。

集まった人々の視線を一に浴びながら、セシリアはしっかりと前を見據えて口を開いた。

「神の怒りを鎮めるため、私は王家の力を全て使い果たしました。よって、退位します。次の王は、ジェームズ王子を指名します。彼が立派に國を導いてくれることでしょう」