「朝だぞ」

翌日、簡素な言葉と共に目を開けるとロイドの顔が視界に広がっていた。

「ぁ……おはよぅ……ござぃ……ぐう」

「おい、寢るな」

「ふにゃっ」

額をつんされて聲が出てしまう。

それで一気に目が覚めた。

「おはようございます、ロイドさん」

「寢起きは良い方なのだな」

「田舎は危険が多かったので」

山で寢ていて何やら不審な気配をじて起きたら近くに猛獣がいた、なんてこともあった。

そんな時に二度寢なんてしようものならたちまち朝ごはんにされてしまう。

クロエの寢起きの良さは、そんな睡眠環境から來たものだったりする。

「俺は今から仕事に出る」

「あ、はい！　いってらっしゃいませ」

ロイドの格好は昨日のラフなじではなく、白くて何やら々裝飾がついている貴族が著てそうなものだった。

「それじゃ私も、一緒に出ますね」

「……？　何故だ？」

「え、いや、だって……これ以上、居座ってご迷をおかけするわけには……」

クロエが言うと、ロイドは真面目くさった表で言った。

「そもそも一緒に出る算段だったらこのタイミングで起こしはしない。の準備は時間を要すると聞いている」

「い、言われてみると確かに……」

まだ頭がしぼけているようだった。

「とりあえず、今日は家で適當に過ごしておいてくれ。夕方までには戻る。今後の事はその後に話そう」

それだけ告げて、踵を返そうとするロイド。

「あ、あの……！！」

思わず呼び止めて、クロエは尋ねた。

「なぜ、見ず知らずの私にこんな良くしてくれるんですか？　私が悪者で、家のを取っていく可能とかも否定できないのに……」

自分の狀況を不利にする恐れがあるとわかっていながらも、クロエの良心は尋ねずにはいられなかった。

加えて、助けてくれた恩人にひどい邪推かもしれないが……何か後でとんでもない事を要求されるのではないか、という怖さもあった。

クロエの問いに、ロイドはし考える素振りを見せた。

まるで、今までなんとなくしていた事を、改めて言葉にするように。

しばらくして、ロイドは何でもない風に返した。

「君が……難民の目をしているから」

「なんみんのめ？」

また良くわからない事を言うロイドに、クロエは首を傾げる。

「三年ほど前の話だ。とある紛爭地で土地を追われた難民に、支援資を屆ける任務が友好國の要請であった。その時に見た彼らの目は……夢も希も何も持っていない、お前と同じ目をしていた」

「なる……ほど？」

（そんな目をしていたの、私……！？）

ぺたぺたと目の辺りをるクロエに構わず、ロイドは続ける。

「あの時、俺は思った。彼らを皆、助けることが出來たらどれだけ素晴らしい事かと。だが俺達の部隊の任務は、あくまでも支援資を屆ける事。俺達は要請通り、資を彼らに運んだが……」

淡々と告げていたロイドの瞳に、微かなが滲んだのをクロエは見逃さなかった。

「それだけでは資は足りず、後に何千人と死したそうだ。隨分経った後に、それを聞かされた。俺にはどうすることもできなかった。だが今は……君くらいは、どうにかする事が出來る」

ロイドの言葉を聞いて、クロエは思った。

（やっぱりこの方は……）

表に出にくいだけで、とても優しい方なんだ。

それもおそらく、どうしようもないくらい。

「要するに、俺のエゴだ。本來の立場であれば、俺は君を憲兵に突き出すべきなんだがな……昨日事を聞いたじ、それはされたくないのだろう」

「うっ……仰る通りです」

ロイドの察しの良さにはいちいち驚かされてしまう。

「あと、を取る云々の話に関しては問題ない、家に盜まれて困るものなんて何もないしな」

ふ、とロイドは自じみた笑みを浮かべた。

笑うところだったのだろうか。

クロエが沈黙するのを確認して、ロイドは頷く。

「質問は以上だな。では……」

「あ、すみませんもう一つ！」

「なんだ？」

「私は……一人でいる間、何をすれば良いでしょう？」

実家にいるときは、常に何かしら命令をされていた。

王都を目指すという大目標が達された今、クロエは自分が何をすればいいのかわからなくなっていた。

「……？　別に、好きにすればいい」

「好きに、ですか……」

「皆そうしている」

その言葉は、クロエの心に妙な響きをもたらした。

「家にあるものは自由に使っていい。晝食はリビングに適當に置いてあるやつを食べてくれ。それじゃあ」

「は、はい！　何から何までありがとうございます」

そうして、ロイドは部屋を出て行った。