《【書籍化・コミカライズ】実家、捨てさせていただきます!〜ド田舎のげられ令嬢は王都のエリート騎士に溺される〜》第25話 トラウマ
──それは、突然やってきた。
お風呂上がりに庭先に出て、素振りをしているロイドのそばにクロエが歩み寄ろうとした時。
雲間から覗いた月のが、ロイドが持つ長い銀の剣を照らした。
その瞬間。
ぎらりと輝く銀の刀が、あの日母に向けられた銀のナイフと重なって……。
どくんっ──。
クロエの心臓が鷲摑みにされたように高鳴った。
流れ出る冷や汗。
の気が一気に引いていく。
に鉛が詰まったように息が苦しくなった。
「……? どうしたんだ?」
ロイドが尋ねてくるも、言葉を返すことができない。
母イザベラの怒り狂った形相。
鼓をつんざく甲高い怒鳴り聲。
そして、自分に向けられた鋭いナイフ。
脳底に押し込んで思い出さないようにしていた數々の報がフラッシュバックし……。
「ひっ……いやっ……」
「お、おいっ」
クロエが膝から崩れ落ちるのと、ロイドが駆けるのは同時だった。
を押さえ、荒く息をつくクロエのそばにロイドがやってくる。
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「どうした、大丈夫か」
ロイドの呼びかけに、クロエは淺い呼吸を繰り返すばかり。
何かしらのパニック癥狀に陥っているとロイドは判斷した。
「おいっ、しっかりしろ……俺が見えるか?」
膝を折り、クロエの両肩に手を添え問いかける。
しかしクロエの瞳はロイドを見ない。
「いや……許して……ごめんなさいっ……!!」
ここにはいない誰かに対し、怯えるように謝罪を口にしていた。
(これは、まずそうだ)
ロイドの直がそう告げる。
を押さえ、クロエはとても苦しそうだ。
このまま放置していたら呼吸困難に陥ってしまうかもしれない。
しかし、これまで幾千もの修羅場を潛り抜けてきたロイドは冷靜だった。
ロイドの脳裏に浮かぶ幾つかの対処法。
その中で、ある記憶が蘇った。
もう隨分も前のことだ。
パニックに陥った自分を、あの人は抱き締め背中をでてくれた。
そうしたら、しずつ気分が落ち著いてきて──。
あの時と同じように。
ロイドは、クロエの背中に両腕を回した。
「ぁぅっ……」
短い悲鳴。
それでもロイドはクロエを包み込むように抱き締めた。
「大丈夫だ、問題ない……」
出來る限り優しく聲をかけて。
大事な寶を扱うかのように、クロエの小さな背中をでてやる。
クロエのは想像以上に小さくて、守ってやらねばという使命にも似たが湧き出てきた。
「ここに危険はない……だから、安心しろ……」
一方のクロエは唐突な抱擁に驚きはしたが、現実のある溫かさと背中にれるロイドの手のに徐々に気を取り戻していった。
「う……あ……」
何度も何度もでられるたびに。
何度も何度も「大丈夫だ」と囁かれるたびに。
バクバクと不規則に高鳴っていた心臓が、しずつ落ち著きを取り戻す。
ロイドの溫を、匂いを、を、そして存在を実して、に安堵が舞い戻ってきた。
「……落ち著いたか?」
しばらくして。
クロエの息が整いつつあるのを確認してからロイドが尋ねる。
こくりと、クロエは小さく頷く。
「ごめん、なさい……」
正気を取り戻して真っ先に頭に浮かんだのは、の底からの謝罪であった。
「何を謝る事があるというのだ」
全く気にすることはないと、背中をぽんぽんとでながらロイドは言う。
「今は息を整えることだけを考えろ。深呼吸だ、深く息を吸って、吐いて」
ロイドの言葉に従って、クロエは深く息を吸い込んで、吐いてを繰り返す。
そうしてクロエが完全に落ち著くのを見計らってから、ロイドは尋ねた。
「……剣が、怖いのか?」
ぴくりと、クロエはを震わせた後、頷く。
「し前に……ナイフを、向けられて、追いかけられて……死ぬかと思って、それで、私……わたし……あぅっ」
ぎゅっと、再びに抱き寄せられた。
不思議と落ち著く匂いがクロエの鼻腔をくすぐる。
「今はまだ、話さなくていい」
もう一度、背中をでられる。
「いつか、心の整理が出來た時にゆっくりと話してくれ」
最大限努力したであろう、ぎこちなくも優しい聲。
クロエのに溫かいものが燈る。
先程の恐怖に震えるものではない、心地よい鼓をじる。
「……はい」
こくりと、クロエは頷く。
自の頬がほんのりと熱くなるのをじながら、クロエはぎゅっと、ロイドの服を縋るように握った。
「ありがとう、ございます」
「どうってことない」
しばらくクロエは、ロイドにに抱かれてでられていた。
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