「エクスエル、ロノムを殺せ。そうしたらネシュレムは解放してやる」

煌々と照らす満月の下で、アイリスとネシュレムの元に短剣をあてたままドディウスはエクスエルに対して言った。

「ドディウス団長……何を言って……」

「もう一度だけ言う。ロノムを殺せ」

エクスエルの抗議の言葉は、ネシュレムの白い首筋に當てられた短剣に滴る一筋のと、ドディウスの言葉によってかき消される。

「エクスさん……」

「……」

「ロノム……私の事が信じられなければ、この首を刎(は)ねろ……」

僅かな時間逡巡(しゅんじゅん)した後、誰にも聞こえないような呟きをしてエクスエルはドディウス達三人の方に向かって歩く。

そして數歩の距離を進んだところでロノムに対して向き直り、銀でできた錫杖を構えた。

エクスエルのきを見てロノムもハンドアックスを構える。

対峙するロノムとエクスエル、風音すらない靜寂の時間。

先にいたのはエクスエルだった。

「白刃(はくじん)は水(みず)より出(いで)でて明(あ)けの星(ほし)に形(かたな)す。貫(つらぬ)け！　アイシクル・レイ！！」

エクスエルは中空に白と青がり混じった魔法陣を展開し、その詠唱完了と同時に大気は煌めきいくつもの氷柱(つらら)を発生させる。

そして氷柱(つらら)の群れはロノムへと方向を変え、一直線に飛んで行った。

「はっ！」

対するロノムは短く気合を発聲しながら橫方向へとステップし、氷柱(つらら)の弾幕を避けながらそのままの勢いでエクスエルへと向かっていく。

しかし、すぐさまエクスエルも次の一手を打った。

「舞(ま)うは冷苞(れいほう)、群(む)れるは霧氷(むひょう)。囚(とら)われるがよい！　フロスト・プリズン！」

エクスエルの詠唱と共にロノムの周囲の気溫は一気に低下し、霧とも雪ともつかない白氷がロノムに纏わりつく。

ロノムは氷のを振りほどこうとしてあがきを見せるが、もがけばもがく程に氷はロノムへと纏わりつき、そのきを止めていった。

「明(あ)けの闇(やみ)に集(つど)うは群(む)れ(な)す霜狼(そうろう)。幾重(いくえ)に連(つら)なる狼牙(ろうが)を剝(む)きて、雪崩(なだれ)と共(とも)に喊聲(かんせい)をあげよ！　凍(い)てつく牙(きば)によって屠(ほふ)られるがよい！！　ライムタイド・ウルヴズ！！！」

エクスエルは続けざまに青と紫で彩られた大がかりな魔法陣を展開する。

と、同時に銀の錫杖から放たれた氷の波は大気の水分を巻き込み、さながらえた狼の集団のように霜と氷の群塊(ぐんかい)となってロノムに向かった。

「うわああ！」

霜の牢獄に囚われながらエクスエルの大技が直撃して悲鳴を上げながら倒れるロノム。

吹雪のような冷気と氷の群狼(ぐんろう)はロノム食い盡くしてなお數十歩程の距離を突き進み、そのまま砕けて水氷(すいひょう)と化した。

そして再び靜寂が辺りを包み込む。

二人の対決を見ていたドディウスはしばしの沈黙後、ネシュレムの荒縄を切り解放した。

「ロノムの死を確認しろ」

ネシュレムは未だ構えを解かないエクスエルの橫を抜け、霜と氷にまみれ俯(うつぶ)せになって倒れているロノムの元へと駆け寄る。

「確かに……ロノムは……エクスが……倒しました……」

そしてロノムの生死を確認し、ドディウスへと報告した。

「よかろう……」

「これであとは、この小娘と既に捕らえられているであろうゲンディアスの娘をエサに、奴をおびき出すだけか……」

変わらずアイリスの元には短剣を當てたまま、ドディウスが獨り呟く。

ふとドディウスが顔を上げ前を見ると、構えたままのエクスエル、倒れているロノム、そしてその傍にいるネシュレムの更に奧、庭園の出口に半ば放心狀態で立っている男がいた。

「ロ……ロノム……しっかりしろ……！」

「い、いや……それよりも……ドディウス……どうしてお前が……」

白髪じりの頭に髭を蓄えた、亜麻と木綿で織られた灑落っ気のある服を著ているガタイのいい男。

かつての防衛士Sランク冒険者、剛盾(ごうじゅん)のゲンディアス。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「ゲン……ディアス……」

「ゲンンンディアァァァスウゥゥゥゥ！！！」

ドディウスが目を見開いてんだ。

「貴様が……！　貴様さえいなければなぁ！！　俺はこのような劣等！　そして敗北など持たずに済んだのだ！」

「分かるか！？　ゲンディアス！！！　この恥辱に塗れた人生を作り上げた貴様は！　貴様だけは！！　斷じて赦すことはできん！！！」

ドディウスが目の前に現れたゲンディアスに向かって吼える。

今までの冷徹に周囲の狀況をコントロールしていた自分を忘れてしまったかのような様で。

その姿は虛勢を張る子犬のようであった。

「どうして……どうしてだ！？　どうしてお前が劣等などじる必要がある……！？　冒険者として名を馳(は)せ、何年も、何十年もアライアンスの団長として慕われ続けてきたんだぞ……！！　途中で逃げ出しちまった俺なんかよりも、よっぽど意味のある人生を送ってきたじゃねえか……！！！」

「きいぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁがああぁあぁ！！　それを言うかああぁぁああぁ！！」

ゲンディアスの言葉を聞いて、まるで悲鳴のように、の奧から絞り出しながらドディウスはんだ。

「もはや構わぬ！　今ここで貴様を膾(なます)の如く斬り刻み！！　全てを終わらせてくれるわ！！！」

そして激高したまま、アイリスの元に當てていた短剣をゲンディアスの方へと向ける。

と、同時に、今まで沈黙を保ち続けていたアイリスが初めていた。

「祭(まつ)りを彩(いろど)るお星(ほし)さま、妖達(ようせいたち)は手(て)を取(と)り踴(おど)る。夜空(よぞら)に響(ひび)くは打(う)ち上(あ)げ花火(はなび)。(は)ぜろ！　エクスプロージョン！！」

ぽんっ　と言う音と共に、ドディウスの目の前で小さな発が起こる。

殺傷能力も無いささやかな破壊の魔法。

しかしドディウスの気を引き、隙を作るには充分だった。

「ぐ！！　この……小娘がぁ！！」

ドディウスがアイリスに向かって短剣を振り上げる。

だが、その短剣がアイリスへと到達することはなかった。

「今だ！　ロノム！！」

「やっちまってください！！　ロッさん！！！」

エクスエルとアイリスのび聲に答えるように、俯(うつぶ)せに倒れていたロノムが突然起き上がる。

「はあああぁぁ！！」

そして雄びをあげながら跳ねるように、ドディウスへと向かっていった。

「夕冥(ゆうめい)の凪(なぎ)は平穏(へいおん)に非(あら)ず、それは吹雪(ふぶき)の予兆(よちょう)なり。疾(はし)れ！　スノウストーム！！」

ロノムの気迫に応えるように、エクスエルも早口で魔法を唱える。

巻き起こる氷と霜の吹雪は追い風となり、ロノムを更に加速させた。

「おらああぁぁ！！」

月に照らされてり輝く氷の弾丸となったロノムは喊聲(かんせい)を上げながらハンドアックスを振りかぶり、そして短剣を持ったドディウスの右腕を上腕から切り飛ばした。