「この辺りの雪は踏み固められているな。人の行き來があるのか、それともダンジョンから魔が出てきているのか」

「風も……冷たい……。大丈夫……？　私ばかり……暖かい格好……させて貰っている……けど……は……冷えない？」

「私にそれを聞くか？　もうし涼しくてもいいくらいだ」

雪が降り積もり冠雪した大地の隙間からは巖しか見えない山岳地帯を、フード付きのマントを被った男二人が歩いている。

二人はセリンヴェイルにある冒険者ギルドから依頼され、山岳地帯の中腹にあるダンジョン周辺を調査しているところであった。

「さっき見た……ダンジョンには……ヴァイパーやワーウルフしか……いなかった……。でもこれは……明らかに……人型の魔の……足跡……。この近くには……こんな人型の魔が……いるダンジョンは……ない……はずだけど……」

「それもかなりの大群でな。一昨日行った山岳民族の集落を見る限り魔はダンジョンから調達しているので間違いないとは思うが、それにしても一どの辺りまで行って調達しているのかは謎だな。ひょっとしたらまだ私達が立ちっていないもっと山奧の方に別のダンジョンが広がっているのかもしれない」

二人が踏み固められた雪や周辺の調査をしているとの方が何かに気付いた。

「待って……向こうの方から……何か來る……」

男がの指さす方に目をやると、オーガやリザードマンといった人型の魔が群れをして近付いてきている。

本來であればダンジョンの外には出てくることがないはずの魔達であった。

「見逃してはくれなさそうだな、行くぞ！」

そう言って二人は戦闘態勢を取り、男の方は銀製の錫杖を、の方は魔力の増幅に使う呪文書を掲げ、戦闘態勢にった。

「氷晶(ひょうしょう)は連(つら)なる牙突(がとつ)、常闇(とこやみ)の風(かぜ)は狂気(きょうき)を宿(やど)し吹雪(ふぶき)と(な)す。吹(ふ)き荒(あ)れろ！　ブリザード！」

男の詠唱と共に氷を纏った嵐が吹き荒れ、周囲の雪を巻き込みながら魔の群れの大部分を一網打盡に絡め取る。

「目(め)の前(まえ)にあるのは……たった一枚(いちまい)だけの壁(かべ)……。だけど貴方(あなた)の心(こころ)の側(うちがわ)は……誰(だれ)にも(はい)れない……誰(だれ)にも見(み)えない……。聳(そび)え立(た)て、ストーンウォール」

一方男の放った吹雪の魔法を掻い潛り、數の魔が二人に向かって突進してきた。

しかしその魔達の突撃もの魔法によって生された巖石の壁にぶつかるのみで終わり、その侵攻を食い止められる。

「明(あ)けの星(ほし)に形(かたな)す白刃(はくじん)は幾星霜(いくせいそう)を積(つ)み重(かさ)ね自(みずか)ら氷星(ひょうせい)となり母(はは)なる地(ち)へと還(かえ)りつく。降(ふ)り注(そそ)げ！　アイシクル・ヘイル！」

巖石の壁によって足を止められた魔達に対して、男の魔法によって頭上に生された氷柱(つらら)の雨は容赦なく降り注ぐ。

二桁はいたはずの魔は全て砂へと還っていき、たった二人の冒険者によって壊滅した。

「そこにいるのは分かっている。出てこい」

そして僅かな時間で呼吸を整えた後、魔を全て倒した男はフードの下で目をらせながら數十歩先にある大巖の一つを睨みつける。

「オレに気付くとは中々やるねぇ。冒険者の中ではできる方じゃん？」

出てこなければ吹雪の一つでもお見舞いするつもりであったが、フードの男の言葉によってあっさりと巖から人間が出てきた。

「貴様の出で立ちはともかく、その杖に設(しつら)えた寶珠の禍々しさは隠し切れん」

巖から出てきたその男は、山岳民族特有の服をに纏いながらもどこか似合っておらず服裝に違和を覚える。

背が低く白の痩せ型であり、戦闘民族である山岳民族には似つかわしくない姿形をしているのでそのような印象をけるのかもしれないとフードの男は思った。

右手には紫とも黒ともつかぬ禍々しいオーラを放った、人の頭のサイズほどもある寶珠を戴いた杖を持っている。

「大人のことをコソコソと盜み見とは趣味が悪い。敵なのか味方なのか知らないが、話があるのならば堂々と前に出てこい」

「ははは。敵か味方かって、あんたは麓の町の冒険者だろ？　対してオレは見てのとおり山岳民族の服を著ているんだ、あんた等の味方のわけがないだろう？」

白の男はフードを被った男を嘲るように言い放つ。

「いや、オレとしてもここであんた等を殺しておくつもりだったんだけどねぇ、こんなところまで來るだけあって、思ったよりもやるみたいだ。あの數の下僕達を二人で壊滅させてしまうなんて、中々できないよ」

「下僕だと？　その口ぶりだと、まるで貴様が魔達をっているように聞こえるが？」

フードの男の言葉に白の男は下品に口元を歪ませる。

「そうだよ。オレだ、全部オレの力だ。魔を山岳民族に貸しているのもオレだ。指先一つで魔をかす絶大な力を持つのもオレだ。息も絶(た)え絶(だ)えでお前達に屈服する未來しかなかった山岳民族を再び隆盛させたのもこのオレだ！　凄いだろう！？　このオレは！　何の労力もなく最強の軍団を編できるんだからな！」

白の男はそう言いながらひとしきり高笑いをした後、その容姿には似合わない髪をかき上げるような仕草をしてにやけ笑いをしながらフード姿の男を睨みつけた。

「近々、あんた等にとっておきの絶をお屆けするよ。俺のことを罵倒し、蔑ろにした領の連中……。そして最後にはダンジョンの奧でオレのことを追放し見捨てたあんた等冒険者達が報いをける日が來たんだ！　その日まで、せいぜい悔悟の念に駆られながら生きるがいいさ！」

「謂れなき悔悟の念に駆られる必要など頭じないが、元兇である貴様は々手荒なことをしてでもここで捕縛させて貰う。白刃(はくじん)は水(みず)より出(いで)でて明(あ)けの星(ほし)に形(かたな)す。貫(つらぬ)け！　アイシクル・レイ！」

フードを被った男は錫杖を構え氷の魔法を放つが、白の男は一足先に鳥型の魔を呼びその背に乗って飛び上がる。

氷の弾丸は男の後ろにあった大巖へとぶつかり、大巖は音を立てながら崩れ落ちた。

白の男が持つ杖の寶珠は先程よりもより黒く禍々しいオーラを纏い、そのオーラの脈に呼応するかのように鳥型の魔の目に怪しいが明滅する。

「はははは。流石のあんたも空までは來られないだろう？　オレはこんなこともできるんだよなぁ。はははは、ははははは！」

エクスエルが白の男とその手に持つ杖の寶珠を睨みつける中、鳥型の魔の背でひとしきり高笑いをした後、白の男は魔と共に山岳民族が集落を構える場所の方向へと空高く消えて行った。

「もうしばらく調査が必要らしいな。あれが何者なのかを含めて、再び山岳民族の集落を探ろう。行くぞ、ネシュレム」

「分かった……エクス……」

そう言って二人はこの場を後にし、山岳民族の集落がある方へと歩き始める。

フード姿の二人の男はエクスエルとネシュレム。

アンサスランを賑わせたあの事件の後すぐに街を出て各地を放浪し、流浪の冒険者として依頼をこなしながら自己研鑽を重ねていた。

今は辺境の町セリンヴェイルに滯在し、現地の冒険者ギルドに力を貸している。

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巖だらけの山岳の中に拓けた場所があり、そこには集落が広がっていた。

集落の周辺にはいくつか囲いで覆われたスペースがあり、その中ではないながらも牛や豚といった家畜が飼われていた。

そこまでは一般的な山岳集落とさして変わりはないが、ひとつ異常なのは明らかに家畜ではない大型のや人型生……魔が飼われている點である。

そんなある種の異様さをじさせる集落の中に、鳥型の魔の背に乗った白の男が舞い降りてきた。

「お帰りなさいませ、救世主様！」

「よくぞご無事で戻られました、救世主様！」

とりどりの裝にを包んだ集落の者達に迎えられながら、白の男がその中心を歩いて行く。

「やれやれ、オレは靜かに平和に暮らしたいだけなんだけどな。どうしてもこうやって頼られ、慕われてしまう」

そんなことを呟きながら男は取り囲んでいる老若男の中から若いエルフのを一人見定めてその肩を抱き、と共に藁葺(わらぶき)ながらも立派な家の中にっていった。

そんな外の様子を、木造りの屋敷の小さな窓から眺めている男達がいる。

彼等は人間に限らずドワーフやエルフといった人型種族の集まりであり、暗い部屋の中異様な雰囲気で車座になり座っていた。

男達のうちの一人が、最も出口から遠い場所に座る壯年の男の方を見ながら言う。

「戦頭(いくさがしら)。あの者、々増長させすぎでは？」

男の言葉の後には誰も続かず、薄暗い屋敷の一角に集まる男達の間に靜寂が戻った。

しばしの沈黙の後、戦頭(いくさがしら)と呼ばれた壯年の男は口を開く。

「あの男は既に魅られておる。どの道、長くはない。我等が山岳から麓へと下る足掛かりを作るために、せいぜい利用させて貰うだけじゃ」

戦頭(いくさがしら)と呼ばれた壯年の男がそう言うと、屋敷に集まる男達は戦評定を再開した。