「ルシアさん、ネシュレムさん！　つかまって！」

「りょ、了解です！　ロノム隊長！」

ともに落下する大巖を足場にしながら、ロノムがルシアの右手を摑み放心狀態のネシュレムを抱え込んだ。

とはいえロノムにできることはない。

地面への激突は避けたいものの、大巖と共に大地をり落ちながら絶賛谷底へと向かっている最中である。

「ネシュレムさん！　あれ！　あの魔法使えるか！？　なんだっけ……、あの！　泡に包まれるみたいな魔法……！」

「コーヒーは……深煎りが……。は……。え……ええと……泡に……包まれるやつ……泡……。あ……使える……やってみる……」

「何とかできそうなら頼む！」

自分が置かれている狀況に対して若干現実逃避モードにっていたネシュレムだったが、ロノムの聲で自分を取り戻し魔法の詠唱を始めた。

「陸(りく)の貴方(あなた)と……海(うみ)の私(わたし……)、二人(ふたり)の逢瀬(おうせ)は……(ひそ)やかに続(つづ)く……。深海(しんかい)から浮(う)かぶ……儚(はかな)き泡(あわ)は……、さながら二人(ふたり)を抱(いだ)く……(あい)の揺籃(ゆりかご……)。包(つつ)め、バブルボール」

ネシュレムの詠唱完了と共にロノム達三人は水のような球狀の質に包まる。

そこからワンテンポ遅れてロノム達は大巖と共に崖下に叩きつけられ、大巖は真っ二つに割れながら轟音と共に砂埃をまきあげた。

「ルシアさん、ネシュレムさん、無事か！？」

「大……丈夫……」

「な、なんとか生きてるみたいです」

一方のロノム達は球狀の質がクッションとなり、三人とも無傷であった。

ネシュレムの魔法によって作られた球狀の質はしばらくすると弾け飛び、霧狀になって消えていく。

「良かった……。と、そうだ！　マクスウェルは！？」

ロノムが周囲を見渡すと、真っ二つに割れた大巖を挾んだ向こう側に寶珠を戴いた杖を使いよろよろと立ち上がる男の姿があった。

どうやらグリフィンや獣型の魔がクッションとなり、大事には至らなかったようである。

「おのれあんた等……！　まさか普通のやり方では勝てないと思ってあんな暴な手段に出るとはね……！　スマートさが足りないんだよこの暴な冒険者共め！！」

「いや、誤解だ！　俺達だってこんな事態、想定外だったんだ！」

ロノムの抗議も虛しくマクスウェルは勝手にキレだし、自分と共に落ちてきた四の魔をけしかける。

魔達はマクスウェルが選んだ鋭であり、全てがその鋭い牙を剝きながらロノムへと襲い掛かってきた。

「目(め)の前(まえ)にあるのは……たった一枚(いちまい)だけの壁(かべ)……。だけど貴方(あなた)の心(こころ)の側(うちがわ)は……誰(だれ)にも(はい)れない……誰(だれ)にも見(み)えない……。聳(そび)え立(た)て、ストーン・ウォール」

魔の急襲に備えハンドアックスを構えたロノムの眼前の大地が突如隆起し、巖の壁を作り上げて敵の攻撃を妨げる。

「お……おっと！？」

想定外の防呪文に戸いながらも、ロノムは巖の壁を乗り越えて目の前にいたライオン型の魔に対してハンドアックスを振り、その首を刎ね飛ばした。

ライオン型の魔は砂へと還り、今この場にいる魔は三のみとなる。

「ああもう闇雲に突っ込むなバカ共！　一旦戻れ！　戻ってオレのことを守れ！！」

マクスウェルは自が命令したのにもかかわらず何やら喚き散らしながら、杖を掲げ一度魔達を撤退させる。

その隙を見てロノムとルシア、そしてネシュレムは一度集合し作戦の確認を始めた。

「すまない、ネシュレムさん石壁の魔法を使えたんだな。ちょっと想定外だった」

「ロノムと……一緒だった時は……治癒が中心で……支援は……あんまり使わなかったから……。今は……逆に……あまり治癒を使わなくなって……支援の方が……多い……」

「支援の種類は？」

ネシュレムと會話しつつ、ロノムはマクスウェルの方を警戒し続ける。

「攻撃付與とかは……あまり……得意じゃない……。理的な……防とか……敵の……足止めとかなら……」

「分かった。俺が前線で引っかき回すから、ネシュレムさんは支援で援護してしい。ルシアさんはいつものとおり、減らせる敵から減らしていってくれ。狙えるようならマクスウェルを狙って構わない。相手に殘った魔はグリフィンとマンティコア、そしてデュラハンだ。厄介な魔なのでしっかり連攜していこう」

そして二人に対して指示を出すと、ハンドアックスを構えた。

「わかった……」

「了解しました、何とか頑張ります」

二人の返事を待たずに、ロノムは谷底に喊聲(かんせい)を響かせながらマクスウェルの方へと駆け出す。

「ああもう、こんなことになるならもうしオレの近くに下僕を殘しておけば良かった……！　最近の語では主人公のピンチは流行らないんだよ！　下僕共、オレを守りつつ奴等を叩き潰せ！」

マクスウェルがそんな指示を出すと、デュラハンとマンティコアがロノムへと襲い掛かりグリフィンがマクスウェルの前に待機する。

「させるかっ！」

白兵士Cランクのロノムにとってはどちらも格上の相手ではあったが、メルティラの戦いを間近で見続けてきたこともあり何とか二の攻撃を凌ぎ切る。

「ルシア……、タイミングを見て……私が……マンティコアのきを……止める……。ロノムと……私で……抑えている間……、貴は……マンティコアを……何とかして……」

「わ、分かりました！」

ルシアがき回るマンティコアに狙いを定めていると、マンティコアはロノムから一度距離を取りその巨軀でもって突進攻撃を仕掛けようとしてきた。

「行(い)かないで……。貴方(あなた)は……他(ほか)では……生(い)きてはいけない……。貴方(あなた)が……本來(ほんらい)いるべき場所(ばしょ)は……私(わたし)の……抱擁(ほうよう)の(うち)……。さあ……、私(わたし)の……腕(うで)の中(なか)で……靜(しず)かな……安(やす)らぎを……。留(とど)まれ、バインディング・ハンズ」

その隙を見逃さずネシュレムが魔法の詠唱を唱え切ると、大地から影のような腕が何本もびてきてマンティコアの腳を絡め取る。

マンティコアのきが止まり狙いが定まったところで、ルシアが數発の弾丸でその眉間を撃ち抜いた。

「よくやった！　ルシアさん、ネシュレムさん！」

マンティコアが悲鳴を上げながらのた打ち回っているところに、ロノムがデュラハンを蹴り飛ばしマンティコアの方へと駆け出す。

「たっ！」

そしてハンドアックスの一撃でもって止めを刺し、マンティコアを砂へと還した。

「まず一匹……て、しまった！」

一方ロノムに蹴り飛ばされた後すぐさま勢を整えたデュラハンは、ターゲットを切り替えてルシアとネシュレムの方へと向かって行く。

「ええと……、行(い)かないで……。貴方(あなた)は……他(ほか)では……生(い)きてはいけない……」

ネシュレムも足止め魔法の詠唱を開始するが、デュラハンの駆ける速度の前には間に合いそうにない。

「させません！」

剣を振りかぶり急接近するデュラハンの前に、ルシアが立ち塞がる。

そして振り下ろされたデュラハンの剣を間一髪橫に逸れて躱すと、ルシアは厚く覆われた裝甲に対してローキックをれた。

「い……痛ったぁ……！」

たとえ場數を踏んだ冒険者と言えど、ルシアに近接格闘の心得はなくが使えるような鍛え方を普段からしているわけではない。

デュラハンのことを蹴り上げたことによって自の足が痛くなっただけであり、相手には僅かなダメージすら與えられなかった。

「留(とど)まれ……、バインディング・ハンズ」

しかしその行は隙を作るのに充分であった。

ネシュレムの詠唱が間に合い、デュラハンのきを止める。

「ルシアさん、よくやった！　止めといくぞ！」

「了解しました！」

最後は駆けつけてきたロノムのハンドアックスによる一撃とルシアの至近弾によって、デュラハンも砂へと還っていった。

その様子をグリフィンに守られながら見ていたマクスウェルは驚愕する。

「バカな……オレの下僕達が……！　くそ、こうなったら奧の手だ！　來い！　ヘカトンケイル！！」

そして自慢の魔三がやられ戦線が圧倒的に不利な狀況であることを認めると、妖しいオーラを纏い続ける寶珠を戴いた杖をがむしゃらに振り回し、何やら魔を召喚し始めた。

「何か來るぞ……！　ルシアさん、ネシュレムさん、警戒態勢を！」

ロノムがルシアとネシュレムに警戒を促し、自もハンドアックスを構え敵の來襲に備える。

「……」

「……」

しかしロノム達が迫しながら周囲を警戒するも、魔は現れない。

「何で來ないんだよぉヘカトンケイルぅ！！　ああくそ、冗談じゃない！　こんなところでやられてたまるか！」

半ば混しながらマクスウェルはぶと、傍にいたグリフィンの背に騎乗し谷底を駆け出していく。

「あ、ま……待て！　マクスウェル！　ネシュレムさん、なにか乗りだったり速度が上がったりする魔法は使える！？」

「ごめん……。そういうのは……ない……」

「分かった、走って追いかけよう！」

そんな會話と共に、ロノムとルシア、そしてネシュレムの三人はマクスウェルを追いかけ始める。

三人ともが資本の冒険者とはいえ、既にいいじのおっさんであるロノム、力タイプではないルシア、そしてまごうことなきインドア派のネシュレムにとって、よく訓練された軍馬ほどのスピードを誇るグリフィンを追いかけ続けるのは大変辛いものとなった。