それから結局二つのベッドの間に衝立を持ってきて、二人は用意された従業員用の服に著替えたようだ。ブローチが一旦外され、クローゼットに放り込まれていたので詳細は分からない。ただし長年げられていた上にモモに懸想しているシンが、クロエに劣など抱く訳がない。彼が著替えている間、実に紳士的に壁の方を向いていたのは確実だろう。

『シン、どうこれ。似合ってる？』

『お嬢様、その髪は……？』

シンの息を飲む音が聞こえた。末なワンピースの上にエプロンドレスをに著けたクロエは、言われなければ別人と思われるレベルで変貌していた。顔形が変わる訳ではないが、その髪のは焦げ茶で長さも肩よりし長いくらいだ。

彼の驚愕に気を良くしたのか、クロエはふふんと得意げに笑い髪を毟り取った。パサリといつもの黒髪が流れ落ちる。

『將さんに借りたカツラよ。第一王子と婚約破棄した仮の聖なんて弾、公にする訳にはいかないしね。今の私はクロエじゃなくて、チャコよ。貴方もそう呼んでね兄さん』

『……貴がそれで通したいのであれば、合わせますよお嬢…チャコ。それにしてもチャコ＝ブラウンなんて偽名、どこから出てきたんですか』

『んー、何となく』

歯切れ悪く誤魔化すと、クロエは先立って一階へと下りた。將は夕方に酒場の給仕をしてもらうから、それまでクロエには芋の皮剝き、シンには薪割りを頼んだ。

「これではクロエ嬢の様子が見れませんね……ダーク、彼の家事の腕はどうだ？」

「できるはずないだろう。生まれてこの方、包丁など握った事もないのだから。こんな使用人の真似事、すぐ音を上げるに決まっている」

セイに訊ねられたダークはぶすっとして答える。比較的庶民覚に近いダイは、興味深そうにしている。

「まあ王子に嫁ごうってが家事なんてする必要ねえしな。全部の指切るとか分厚く剝き過ぎて食うとこなくなりそうだぜ……それに比べてモモは料理上手だよなあ。彼が差しれてくれるクッキーが絶品でよお」

「なにっ」

「おや？　殿下は貰っていないのですか。彼もクロエ嬢に牽制されたか王子と言う分に配慮したんでしょうかね」

「貰っているに決まっているだろう」

差しれが自分だけではなかった事につい反応してしまったのが恥ずかしい。笑いを堪えているセイを恨めしげに睨み付ける。

スクリーンの中では廚房に戻ってきたシンがクロエの剝いた芋の山を運んでいた。

『チャコ、包丁が使えたのですか』

『あたしも驚いたよ、初めてだって言うからしばらく失敗が続くと思ってたんだけどねぇ』

『將さんの教え方がよかったのよ』

どうやら飲み込みが早いようで、クロエの家事能力は問題ないとされた。皮も初めてにしてはちゃんと薄く剝かれ、ご丁寧に芽まで取られている。料理下手を嘲笑ってやろうとしたのに些か拍子抜けだったが、彼らが驚いたのはその後の事だった。

夕方になり騒がしくなった酒場の中、それに負けないくらい張り上げられるの聲。

『五番テーブル、エールと鶏の香草焼き一丁！　三番テーブル、ポタージュ追加で！』

『おーい、こっちにもオーダー頼む！』

『はい、喜んで！』

『おや、新りかい。隨分別嬪さんじゃないかい』

『どうも、チャコと言います。ご注文は如何なさいますか？』

『チャコ、一番テーブルの注文あがったよ』

『はぁい！』

何だ、誰なんだこの、庶民が利用する場末の酒場にいそうなウェイトレスは……いやもうそのまんまなのだが。ごろつきと揶揄されても仕方ない野な連中の中をパタパタと忙しなく駆け回り注文を取るが、し前まで第一王子の婚約者だったとは誰も信じないだろう。

不埒な客の一人がに手をばそうとするも、ひょいと躱して想笑い。そんな彼を後ろに庇いつつ威嚇したのか、その客はシンを見て青褪めていた。