イエラオの弾発言に、ホワイティ辺境伯は右宰相に作り笑いを向ける。

「セレナイト公…貴殿は奧方のを引かない子息の立場を慮り、是非にとこちらに頭を下げて婚約を頼んできたのだったな。殘念ながら、親心は子息には伝わっておらんようだが……まあ娘もがないのはとっくに気付いていたし、當人同士の問題だからそれはいい。…だが、第一王子の人に懸想と言うのはさすがに庇い切れんぞ」

「申し開きもできません……私も愚息には散々、聖と結ばれる事はできん、殿下と敵対するなと言い含めてきたのですが……それが、奴めが言うには聖はまだ誰も選んでおらず、現時點で殿下ともただの友人に過ぎないのだと。そして彼が誰を選ぼうとけれるのだと互いに協定まで結んでいるようで」

その場は騒然となった。今までレッドリオとモモの婚約を如何にり立たせるかについて議論がされていたのに、そもそも二人が人同士だと言う前提が崩れたのだ。

こめかみに手をやり、頭痛を堪えるような仕種で國王はレッドリオを見遣った。

「レッドリオ…右宰相はこう申しておるが、聖と心を通わせておらんと言うのは真か？」

「彼は誰にでも分け隔てなく優しさを與える事のできる、清らかな乙です。だからクロエの罪をセレナイト公やダークにまで背負わせる事のないよう、聖教會にも掛け合ってくれました。そんな彼だからこそ私も惹かれたのです」

「……協定を結んだのは、ダーク一人か？」

「いいえ。兄弟のセイと、ダイとも結んでおります。我々は敵ではありますが、決して彼を力ずくでにする事なく、モモの幸せを第一に優先させると誓い合ったのです」

迷いなき瞳で力説するレッドリオ。もちろん、完全に仲良しこよしと言う訳にはいかず、互いに牽制しつつ出し抜ける機會は狙っている。ロックのようなぽっと出（馴染みらしいが）に橫から掻っ攫われる可能もあるのだ。

目の端で左宰相が頭を抱えてしまっている。右宰相とは違い、婚約解消はすんなりできたと聞いているのだが、初耳な話も多いのだろう。

國王は一同を見渡し、大きく溜息を吐いた。

「ならば、そなたと聖の関係はあくまで友人。婚約できる段階ではないと言う事だな？」

「大事な事だからよく考えさせてしいと言われました。私はモモをしている。必ずその心を止めてみせます」

「…右宰相、こうも立て続けにそなたの子らが暴走しては、聖どころではあるまい」

「仰る通りです。落としどころを見つけないから聖を迎えれては、愚息が思い余って忌を犯しそうなのが恐ろしくて……本來なら責任を取り、職を辭したいところでございますが」

「それに関しては左宰相も他人事ではないようだからな。王宮から要職が去られては困る。だが一度家族で話し合った方がよい」

青褪めた顔で腹を押さえながら頷く右宰相を見遣り、國王はレッドリオに向き直る。

「では話を戻すが、レッドリオ。このままでは王太子はイエラオとなるぞ」

「な、何故ですか！　モモが俺の婚約者になれば…」

「それはいつだ？」

「……」

「聖が別の男を選ぶかもしれないし、誰も選ばないままかもしれない。無論、お前たちが結ばれる可能もある。だが今すぐではないのだろう？　息子の事で右宰相はすっかり及び腰になっておるし、お前の推薦を押し退けて我こそはと養家に立候補する貴族はおらん。

…ならば現時點で婚約者のいるイエラオが優勢なのは當然だろう」

レッドリオは真っ青になった。足元が覚束ない。

（待ってくれ……時間を、しだけ時間をくれ！　モモと、聖と結ばれさえすれば、俺だって！）

弟に負けるな、無能でさえなければお前が次の王だと。逆に言えば、弟にも負けるようなお前は何の価値もない無能だと言われ。イエラオの優秀さに焦りながら、鬱陶しいクロエに苛立ちながら、誰も己の辛さなど理解してくれないのだと心を閉ざしていた。

『優雅に見える白鳥も、水面下では必死に泳いでいるんです。當たり前のようにその地位にいるために、殿下がどれだけ努力しているか…』

『勉強も修行も辛いけど、ベニー様もお辛いんだと思えば私も頑張れるんです』

『貴方は一人じゃない。愚癡でも何でも、私でよければそばでお聞きしますよ』

（モモ……俺の心を照らしてくれた、本の聖。クロエなどではなく、お前こそが王妃に相応しいんだ。俺の橫に立ってくれるのは）

もう一度、思い直してくれるよう立ち上がろうとしたレッドリオの肩に、イエラオの手が乗せられる。

「兄上、別に父上はモモ嬢を諦めろと言ってるんじゃないよ。そんなにがしたいのなら、國の事は僕に任せてゆっくり彼とのを育みなよ」

子に言い聞かせるように穏やかに呼びかけるイエラオは、悪魔のように嗤った。