《【書籍化&コミカライズ】追放悪役令嬢、只今監視中!【WEB版】》ダイ=ネブル④~井の中の蛙~
「さすがに上級者向けダンジョンともなると、襲ってくる魔も半端ねえな。だが腕が鳴るぜ」
「またついて來てるよこの人……何なの?」
反響する聲に耳を塞ぎながら、キサラと言う魔師がぼやく。この國で強い魔師の家系と言えば、王妃の実家であるホワイティ辺境伯家になるが、キサラは庶民の出でありながら短期間でそこそこの使い手になったらしい。さすがに一人でこのダンジョンは攻略できないが、盜賊ラキと戦士サムと三人で上手く連攜を取りながら、ロックをサポートしていた。
晝時になるとキサラがった結界の中で晝食を取る。ロックはクロエから手作り弁當を持たされていた。取り出して顔を緩めるその姿が、モモから差しれをけ取る自と重なる。
「お嬢、また腕が上がったんじゃないか?」
「だねぇ、今までちゃんと褒めてくれる人がいなかったから」
「あの人もすっかり変わったよね。する乙と言うか」
「茶化すなよ、お前ら」
ロックが余所見をした隙に、俺はサッと弁當に手をばしてサンドウィッチの一つを摑み取った。バクバクと頬張ったそれは、潰した茹で卵にしょっぱい調味料を混ぜ込んだ、食った事もない味がした。
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「あーっ! お前は、また! それ一番楽しみにしてたやつなんだぞ!」
「むぐむぐ…なに悪の作ったもんなんかに絆されてんだよ。あいつは取り巻きを使ってモモをめてたんだぞ」
「そりゃもう聞いたよ」
「いいや、分かってねえ。大切な馴染みがめられても見て見ぬふりすんのかよ? だったら所詮、お前のモモへの想いは、その程度だって事だろ」
違うか? と挑発的に覗き込んでやれば、奴はいきなり、無表で殘りのサンドウィッチを口に突っ込んできた。文句を言おうにも口いっぱいで目を白黒させていると、逆にバカにするような目付きで見返された。
「だから彼は今、贖罪のために王都を出たんだろうが。王家と聖教會が下した処罰に従ってな。だったらもう、俺たちがする事なんてないだろ。自分の正義に酔って、弱り切った相手を袋叩きにするのはただの自己満足だ」
「何だと!? モモはあいつの報復にずっと怯えてたんだぞ。悪は徹底的に叩き潰してやるべきじゃないのか!」
「それなんですがね」
ラキがすかさずサンドウィッチを掠め取ろうとし、ロックに阻止される。
「ダイ様、お嬢様の手作り弁當を食べて、何かじませんか」
「あ?」
言われて、両手を軽く握ったり開いたりしてみる。……疲れが綺麗に消えている。ここまで來る途中、地上とは比べにならない程の瘴気や毒に中てられたし、魔と戦い傷も負った。それが僅かな休憩と晝飯だけで?
「神聖魔法が込められているわね、しかもかなり強力な。食べで祝福を與えられるなんて蕓當、神長クラス…いいえ、聖と言っていいかも」
「その辺は、さすが元王子妃候補とでも言うべきか」
キサラとロックが頷き合う。俺が貪り食ったあれに、聖の祝福だと? 俺が、クロエの魔法で回復させられちまったってのか。そんなの、モモだってできる。彼がくれたお菓子は、食うと力が漲ってくるんだ。どうしてクロエが、同じ事を…
「神聖魔法は初代聖の祈りの力。邪心に満ちた者はいくら技を覚えようと、上手く力を引き出す事はできない。つまりは、そう言う事だ」
認めたくない事実を、サムが突き付けてきた。清純可憐なモモと、罪人クロエが同じ力を使える……それが意味するのは、もうクロエはかつての悪ではないと言う事。
呆然と皆の後に続くダイを放置して、ラキはロックをつつく。
「…ところで、ロックはお嬢様の事を聞いても大して驚かなかったよな。もしかして、とっくに知っていたのか?」
「ああ。モモの事を語る時、隠しているつもりだろうが、僅かに複雑そうな表を見せていた。それに、シンと兄妹と言うのもし不自然だったしな。彼には悪いが、気になってこっそり素を調べた」
「こいつじゃないが、よく許したよな。馴染みをめた黒幕を」
ぴたり、と奴は足を止めた。上を仰ぎ見て眉間に皺を寄せている。やはり怒ってない訳じゃないのか。當たり前だ、昔から想いを寄せていた相手がげられて、平気な男などいるものか。
「そばにいなかった俺に、その資格はない。話に聞いただけだし、だけで突っ走った結果、破滅した奴等を俺は何度も見てきた。彼もたぶん…そのの一人なんだろう」
スラリ、と鞘から剣が引き抜かれる。切っ先がこちらに向けられ、ハッとして振り向けば、天井にうぞうぞと魔がり付いていた。いつの間に!?
「俺は王都に行った後のモモの事も、王都にいた時のクロエ=セレナイトも知らない」
勢を整える前に、ロックが飛び上がって俺の頭上を凪ぐ。ボトボトと落ちて來る何もの魔が、ジュッと音を立てて息絶えた。あれに食われたら、即座に溶かされる!
「だからこれからのチャコの事は……俺が自分の目で見て判斷すればいい!」
ゴウッと唸りを上げて、サムの斧が一閃する。取り逃した數をラキのナイフがい留め、キサラの火炎魔法が炸裂。
俺は……完全に出遅れていた。中級者向けダンジョンではモモを庇い、押し寄せる雑魚共を蹴散らして騎士を気取っていた俺。それが如何に井の中の蛙だったのか、素敵だのかっこいいだの稱賛するモモの聲にすっかり浮かれ切って、知ろうともしなかった。世の中まだまだ、強い奴等は大勢いる。
「くそぉっ!!」
やけくそで振り回した剣が敵のを突き抜けて壁に刺さる。なかなか抜けずに踏ん張っているところに別の敵が襲いかかり、剣を捨てて逃げようとしたその時。
バツン!
クロエが髪を斷ち切った時のような音と共に、敵が真っ二つになっていた。ロックが靜かに雙剣を鞘に収める。またしても、こいつに助けられた。
(どうして、こんなにも強いんだ? こいつと俺との違いって……教えてくれよ、親父!)
『剣ばかり秀でていても、それは強さとは言わん。今は學ぶ事も覚えろ』
親父の言葉が脳裏に響く。ロックはモモと別れ村を出た後、伯爵家の養子に冒険者にと様々な経験を積み、學んだんだろう。世の中と言うものを。対して俺は、自分の事しか見えていなかった。認めてくれない周囲に憤り、力で叩き伏せて見返してやった。そんなものは自己満足に過ぎない事に、気付かないふりをして。
本當は分かっていたんだ、クロエがそんな悪い奴じゃないって。だがモモが怯え、殿下が疎んじる彼こそが本當のクロエだと、そんな凝り固まった思い込みがなかなか直せなかったのだ。
「おーい、大丈夫か?」
ひらひらと目の前で振っているロックの手をがっしり摑み、俺はんだ。
「お前、いい奴だな! 見直したぜ」
「は?」
「自分の目で確かめる……そうなんだ、俺もそのためにここに來たんだよ!」
「…何言ってんだこいつ?」
「さあ…」
仲間たちと顔を見合わせ、不可解な表になるロックに構わず、俺は初めて『知れた』事への高揚に包まれていた。
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