《【書籍化&コミカライズ】追放悪役令嬢、只今監視中!【WEB版】》書籍化記念番外編「赤い仔犬と月の神」(中編)

※ツギクルブックス様より書籍化が決定致しました。

※軽いグロ…かもしれないシーンります。

「お嬢様、溫泉とは何ですか? 結界の外にあるようですが……危険ではないのですか」

手桶に荷れて山道を歩くクロエに続き、周囲を警戒しながらシンが訊ねる。

「そのために貴方がいるんじゃないの。魔獣の心配なら結界を張ればいいしね」

クロエの神力なら、二ヶ所同時に結界を張る事も可能だ。もちろん長時間と言う訳にはいかないが、浴する程度の余裕はある。

「シンは見た事ないんだっけ? 溫泉は……あったかい池みたいなものよ。火山が近い証拠でもあるけど、ナンソニア山脈は広いから、そう言う事もあるのかもね」

「火山!? そんな場所に近付いて、危険はないのですか」

「上級者向けダンジョンって時點で、噴火よりも心配する要素はあるわね」

そんな話をするに、周囲を妙な臭いが漂い出した。例えるなら――茹で卵の黃を數倍濃くしたような。

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「著いたわ、あれが溫泉よ」

クロエの指差す先には、巖場に囲まれた泉があった。説明された通り、湯気が立っている。シンが手を浸して確かめたところ、熱湯とまではいかずとも、水溫がかなり高くてとてもじゃないがれそうにない。近くに小川が流れていたので、間の石をどかして水を引き込めば、何とかそこだけは適溫にできそうだったが。

「シン、見て。この周辺、結界を張る前から瘴気がほとんどなくて、魔獣の気配もないのよ。溫泉も、小川も水質に問題なし。……何かしら。ひょっとして溫泉の分に邪気を祓う効果があるのかもしれないわね。調べてみないと」

「お嬢様、一応は結界を張っておいた方がいいでしょう。魔獣はいなくとも山賊は出るでしょうし、今夜は燈りが必要ないくらい明るい月夜ですから、見られてしまいますよ」

小川の水を引き込んで即席の天風呂にするべく、シンは大きな石をいくつか湯の中に投げれながら忠告する。クロエが空を見上げると、彼の言う通り満月が出ていた。

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「そうね、そうするわ。結界以外にも、周辺には見えにくくした方がいいかも」

クロエは手を広げて溫泉周辺に結界を張った後、小石ほどの大きさの水晶玉を取り出す。それに念じると、指と指の間から黒い煙のようなものがれ出し、湯気と混ざり合って、もうもうと辺りを包んだ。

神力は普段は明なのだが、水晶を介すと個人の質に合ったが見られるようになる。クロエを始めとするセレナイト公爵家出の神職者は、黒いを発するのが特徴だった。

(いかにも悪者ってイメージだけど……神力のにいいも悪いもないのよね。聖みたいな特殊な例を除けば、神じゃないと使えない力だもの)

シンが結界から一歩外へ出ると、中にいる人影は目を凝らせばやっと郭が分かる程度に朧気になる。クロエの姿が見えなくなったのを確認し、シンは近くの巖山の裏へと移した。

「では私はここにいますから、何かあればお呼びください」

「シンは一緒にらないの?」

「何を恐ろしい事を仰るんですか。私だって命は惜しいんです」

軽口を速攻で切り捨てられ、クロエは肩を竦めると、持ち込んだ手桶の中にいだ服やカツラをれた。

「あー…気持ちいい。やっぱり手足をばして浸かれるって最高ね」

湯船の中でびをしながら、クロエは天を仰ぎ見る。空に浮かぶ月は周りの星が見えなくなるほど眩しく、クロエの記憶にあるそれよりも大きくて魔力に満ちている。ロックがメランポスを月浴に連れ出したのも、魔獣にとっては必要な事なのだ。

「そう言えば、ロックの変って結局何なのかしら?」

ロックが変できたなど、クロエは知らない。周りの人間からすれば、一度も會った事のないロックをグリンダ伯爵だと見抜いた事自がおかしいのだが、そんな彼でも知らなかった事はある。その一つが、グリンダ伯爵家の持つ加護だ。キサラの言っていた『変』とやらも、その力なのだろうか。

「『モモ』にとっては、隣國の神様なんて関係ないからかもね……

実際には世界は箱庭ではないし、いくらでも外に広がっているんだけど」

それは誰に聞かせるでもない、ただの獨り言。月のに邪魔されて見えにくくなっている星々を、クロエの指が辿る。

「メランポスのおかげで、久しぶりにあ(・)の(・)神(・)話(・)を思い出したわ……カラフレア王國には星を元にした神話はないけれど、そう言う國も探せばあるかも知れないわね。全てが終わったら、外國にも行きたいな。ロックに頼めば連れてってくれないかしら」

巖にをもたれさせ、上空を見ながら考え事をしていたクロエは、チャポンと言う水音が聞こえるまで、人の気配に気付けなかった。

(うそ……誰かが結界の中に!? シンがいる方角とは違う……と言うか、この気配ってロッ)

クロエの思考は、溫泉から発せられる眩いに打ち切られた。突然の出來事に、何が起こったのかも把握できない。

分かるのは、巖場のから顔を出しているのは予想通りロックで、彼もまた驚いていた事だ。もっとも、クロエは自分の神力が祓われた事に対してだが、ロックの場合はクロエが溫泉にっていた事だろう。

(……はっ、こんなに明るくされたら、今)

「あ、う……」

「ぎゃ――っ、癡漢!!」

固まっていたロックが何とかこうとして、視線だけでもと逸らした瞬間、気のない悲鳴と共に熱い湯がぶっかけられた。

「うぁっぢぃ!! ごめ、ごめんなさ……うおっ」

(何故敬語?)

その場から離れようとしたロックが、焦って足をらせ巖場のに落ちる。一方クロエは、謝罪にツッコミをれられる程度には冷靜さを取り戻していた。手桶から取り出したバスタオルをに巻き付け、湯船から上がる。

「お嬢様、何があったのですか? 急に溫泉がり出したようですが……」

そこへ騒ぎを聞き付け、シンが結界ってきた。クロエが許可を出すと、全り輝く溫泉を見て呆気に取られている。

「どう言う仕組みなんでしょうね?」

「恐らく何らかのレアアイテムだと思うけど。ロックが投げれたみたいだから」

「なるほど……殺しましょう」

剣を抜きかけるシンを、クロエは慌てて止める。別にロックは覗きに來ていた訳ではなく、元々彼から溫泉の話を聞いたクロエが勝手にったのだ。しかも神力ので辺りは真っ暗だった。あの取りしようからして、彼がいるなど思いもしなかったのだろう。

「悪い事したのは、こっち! 事を説明しないと……」

そう言ってロックが落ちた辺りに聲をかけようとすると――

ビヨ――ン、と巖から何かが飛び出した。

「きゃっ、何!?」

「お嬢様、鹿です」

「鹿!?」

見れば一匹の鹿が、結界の外の暗がりへと去っていく。この時クロエは、自分が冷靜だと思い込んでいたが、実際は立て続けに起こる突拍子もない出來事で、半ばパニックに陥っていた。

(鹿…仔犬…変……)

「ロック!!」

クロエは後先考えず、衝的に鹿の後を追う。見失ったか、と思い立ち止まった時、不意にの臭いがした。

「グルルル…ガウゥッ!!」

「キャンッ!!」

その時クロエが見たものは、魔獣が獲を捕らえる瞬間だった。元に食らい付かれ、幹に叩き付けられた鹿はピクリともかない。獲を仕留めた魔獣は悠々と食事にありつき始めた。

「あ…あ……」

クロエは聲も出ない。鹿のを貪る魔獣は、無防備なクロエを前にしても、襲ってくる気配はない。何故なら魔獣にとってクロエは……

「メランポス……?」

名付け親だったからだ。その姿はらしい仔犬からは一転して、恐ろしい怪だった。これがメランポスの本――ガルムの正だった。

「やめて、メランポス……それはロックよ、お前の主なの!」

ふらふらと近寄ってくるクロエに何を勘違いしたのか、その手にビシャッと何かが投げられる。それが塗れの臓の破片だと分かった瞬間、吐き気よりも猛烈な後悔と喪失が襲ってきて、ボロッと涙が零れた。

(わ…私が『メランポス』なんて名付けたから? こんなのまるで、あ(・)の(・)神(・)話(・)そのもの……)

「いやああぁぁロック――!!」

「俺が、何だって?」

片を抱きしめてぶクロエの頭上から、當人の呑気な聲が降ってきた。グスグス言いながら振り仰ぐと、ロックと後を追ってきたシンがそこにいた。

「あ、れ……何で? ロックはメランポスに食べられたんじゃ……」

「何でって、俺が聞きたい。巖の下に落ちた俺に気付かずに、通りすがりの鹿を追っかけてっただろ。メランポスは餌としてそれを狩っただけだ……とりあえず、これ纏ってろ」

マントをぐと、涙やで汚れた顔を拭いてやり、そのまま頭から被せてやるロック。クロエは呆けたまま、ただそれをれていた。

「な、何だ……てっきり私、ロックが鹿に変したのかと」

「あー…あいつらの戯言、まだ気にしてたのか。変っつっても別に人外になる訳じゃねぇし……つーか、鹿がガルムに勝てるかよ」

「普通は人も勝てませんけどね」

シンが突っ込みながら、クロエを抱き上げる。これは、宿で風呂のり直しになるだろう。湯冷めをしてしまう前に、早めに戻らなくては。

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