「元に、戻ったんだな……よかった、本當に……」

どこにも異常がなさそうなモモの様子に、目を潤ませていたロックが鼻を啜る。ぼんやりと彼を見ていたモモは、その可憐なを開き――

「……なーに泣いてんだ、ロック？　それにお前(めぇ)、いつの間にそんな図でっかくなったんだよ？　オラびっくりだぞ」

（――！！？）

その瞬間、世界が凍り付いた気がした。

（な、何かしら……今、凄くこの世界に似つかわしくない臺詞が聞こえたような）

レッドリオ殿下たちは、戸いながら部屋を見回している。今の発言がモモのものだとは、まだ気付いていないようだ。聲はそのまんまなんだけど。

俯いてシーツの上に雫を落とすロックの頭をよしよししていたモモは、そこで初めて自分に向けられる視線に気付いて目を丸くする。

「うっひゃあ、揃いも揃って役者みてぇな面(つら)してんなぁ！　こいつら何者(なにもん)だ！？　……そうか分かったぞ、さてはお前(めぇ)ら蕓人(げぇにん)一座だな？　悪(わり)いけど、オラんとこみてぇな辺鄙な村に、客なんて來ねぇんじゃねぇか？」

いやどっちかと言うと、今の貴こそどこぞの真似蕓人みたいなんだけど！？

どうなってるのこれ、私は確かに前世に関する全ての記憶を消したはず……なんで日本人なら誰でも知っている、某年漫畫の主人公みたいな喋り方になってるの？

（落ち著いて、クロエ！　私たちは日本語で話してる訳じゃない、単にそういう印象のようにけ取っているだけよ。そう、パレット村はマッド伯爵領でも辺境にあるってナナカ嬢から聞いた事があるわ。だから凄く田舎訛りがきついだけ……って、ちょっと待って？）

混する頭をどうにか収めるに、新たな疑問が湧いてきた。私はみんなが呆然とする中で、一人だけ極まっているロックに耳打ちする。

「ねぇ、村にいた頃のモモってこんな話し方だったの？　ロックは訛ってないじゃない」

「俺は伯爵家の貴族教育で矯正されたんだよ。……まあ村にいた頃も、よその人間と話す機會の多い村長とか、王都から送られてきた神に育てられたし。あ、モモの母親も町の出だったな。けど、こいつは村の爺様たちから滅茶苦茶可がられてたからなー……」

まあ『村』なんだから訛っていても全然おかしくない、ロックもそれが當たり前だったから話題に出す理由もない……納得すべき事のはずなんだけど、とにかく違和半端ないのよね。

そっと窺ってみると、モモはお腹をグーグー鳴らしながら「オラ腹減ったよー、飯まだかなぁ」などと気の抜けた聲でシンに聞いている。キャラ的にもあっちに寄っちゃってない、これ？　虹クリでもこんな喋り方一回もした事ないじゃない。……いや、待てよ？

「そ……そう言えば最初の村のシーンでは、モモはロックたちと會話してるようで、全部モノローグだったわ……ちゃんと鍵括弧付きで喋るのは一年後の學園學式の時からだし。そう言う事だったのね……神長が一年間頑張って、矯正したのね……！」

謎は全て解けた！　モモのキャラクターを乙ゲームのヒロインへと変貌させたのは、神長の功績だったのだ。

もちろんそれはゲームの話であって、実際は前世の人格になっていたので必要なかったのだが。私が記憶を消した事で、本來の格と口調が表に出てきたのだろう。

そう結論付けている間、モモは今までの経緯を聞かされて仰天していた。

「ひえぇ――っ、オラのが悪(わり)い奴に乗っ取られて、王子様たちを誑かしただって！？　しかも三年も……くそっ、何てこった！！　オラは……オラはとんでもねぇ事を……う――ん」

そのままキュウッと気を失って、再びベッドに逆戻り。

慌てて「モモ！！」と聲を上げるロック。

いつの間にか泡を吹いて倒れているお兄様。

教會にあるレリーフの一つと同じポーズを取っているセイ様。

立ったまま鼻提燈を出しているダイ様。

モモの相手をしていたはずが、遠い目をしているシン。

そして殿下は、自分の頭を押さえていた。

（何これ……）

気付けば彼に焦がれていた男たちが、軒並みと化していた。

まあ驚くのも仕方ない。何せ天真爛漫なモモの正が、戦闘民族野菜星人だったんだから……って、そんな訳ないでしょ。田舎者口調なだけで中は正真正銘、乙ゲーム『虹クリスタル』のヒロインそのもの――貴方たちのしたモモ様のはずよ。

「そんなにショックかしら？　私がモモを田舎者呼ばわりした時は、生まれで差別するのは心が卑しいって詰られたのに」

「いや、さすがに……クロエ嬢は今の彼を何とも思わないのですか」

復活したセイ様が目元を拭いながら訊ねてくる。天使とのお別れは済んだのかしら？

何とも思ってない訳じゃないけど、なくとも元・日本人としては、こんな喋り方をする相手と敵対する気力など起きようはずもない。それは魂に刻み込まれたお約束とも言うべきだが、何と説明したものか。

「まあ……こう言う風に喋る救世主もいるかもしれないじゃない？　何が起きてもへっちゃらってじで」

「たった今、気絶したがな……」

自分だけが分かる上手い言い回しに、これまた上手い返しをくれたのは、疲れた顔をしたレッドリオ殿下だった。

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※「がうがうモンスター」「マンガがうがう」にてコミカライズが連載中。

※書籍報は活報告にて隨時更新していきます。