《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》すれ違いです。【前編】
ーーー好意を伝える、というのは、どういう行のことを言うのでしょうか。
その日、仕事が休みだったアレリラは、自室で悩んでいた。
婚約を結ぶ男の間には、様々な禮儀作法がある。
例えば、文通や季節やイベントに合わせた贈り、會う機會を設けての歓談などだ。
しかしそれらは、すでに夫婦として生活しているイースティリア様とアレリラの間で行うようなことではない。
家の中で文通や季節の贈りはおかしい。
イースティリア様の誕生日はまだ先で、お祝いを贈るのは好意を伝えることになるだろうけれど、ウルムン子爵とエティッチ様のやり取りを見る限り、品の問題ではないと思う。
會う機會を設けての歓談、というのは、3食を共にしており、寢室でも會話をするアレリラたちにとっては、今更やるべきこととも思えない。
新婚旅行は予定しているが、おそらく好意を伝えるというのは、そうした行そのものや、會話容の問題でもない。
何故なら、先日の二人は大において薬草の話をし、黙ったまま釣りを行っていたからだ。
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それでも楽しんでいるのだろう、お互いに好意を持っているのだろうという気持ちは伝わってきた。
ーーー何が違うのでしょう。
もう一組、良く知っているとまではいかないが、仲が良いとじるボンボリーノ夫妻を思い返してみる。
お互いを貶し合うことも多いが、お互いに気にした様子もなく、よく笑っている。
それに比べると、イースティリア様とアレリラが笑みをわしあうこと自は、大変ないように思った。
手元のメモ用紙に、笑み、と一言書いておく。
ーーー笑みを浮かべれば、好意を伝えたことになるでしょうか。
しかし、それはきっと淑の微笑みではない。
エティッチ様の花開くような、あるいはアーハ様のような天真爛漫なもの。
ーーー無理ですね。
アレリラは即斷した。
そんな表を浮かべられるのであれば、無想などと呼ばれることはないのである。
しかし、練習してみるのは悪くないのかもしれない。
逆に、イースティリア様からの好意ならばどうだろう。
一見無表ではあるけれど、あの方からの好意を、アレリラはじ取っているように思う。
言葉の端々や、微かな表のきに滲むを、確かにじられる時があった。
手を頬に添えられたり、髪をでられたり……閨の際の……やめておきましょう。
とにかく、イースティリア様の好意はじ取れる。
そうなると、殘っているのは自分がどう好意を伝えられるのか、という問題だけだ。
と、考えたところで、コンコン、とドアが叩かれた。
「奧様。紅茶をお持ち致しました」
「ありがとうございます」
持ってきてくれたのは、侍長のキッケだった。
イースティリア様がの頃から侯爵家にお仕えしており、この家の事に詳しい方である。
「侍長」
「はい、何でございましょう」
丸顔で、ニコニコと人好きのする顔立ちをしている彼に、紅茶を口にする間に、會話の相手をしてもらうことにする。
「わたくしは、イースティリア様に好意をお伝えしたいと考えております」
アレリラの言葉に、キッケはキョトンとしたようだった。
「はぁ、奧様が」
「はい。その上で、どのようにすれば、イースティリア様に好意をじていただけるか、お知恵を賜りたいと考えているのですが……」
ジッとキッケの顔を見つめると、彼は徐々に笑いを堪えるような表になり、ついに肩を震わせ始めた。
アレリラは、何かおかしなことを言っただろうか。
し不安になっていると、失禮しました、と頭を下げたキッケは、こほん、と咳払いをする。
「ええ、ええ、ご好意ですか。奧様のご好意は、十分に旦那様に伝わっているとは思いますが、その上でさらに、ということでよろしうございますね?」
「はい」
ーーー十分に伝わっている?
返事をしつつも、その発言には首を傾げざるを得ない。
アレリラがイースティリア様に好意を持っているのは當然のことだけれど、今までそれを伝える努力などというものをした覚えがなかったからだ。
「それでしたら、奧様手ずから、刺繍のハンカチなどをお送りしてはいかがでしょうかねぇ」
「刺繍の」
「ええ、ええ。奧様と旦那様は、婚約の期間が大層短く、またお忙しいことで、あまりそうした事をなさっておられないようにじますので。殿方に自ら刺した刺繍を送るというのは、最も一般的な好意を伝える手段かと」
「なるほど。既に婚姻を結んだ後でも、それはおかしくないでしょうか?」
「勿論でございますとも。仲睦まじい夫婦であれば、自ら考えた意匠などを施してお渡しすることもございますよ」
悪くない提案のように思えた。
お慕い申し上げていることが分かる意匠を刺し、常から大事にして下さる事へのお禮を言葉にして手渡す。
し恥ずかしい気もするけれど。
「やってみます。他には、何かございませんか?」
「そうですねぇ。一緒にお出かけだとか、膝枕だとかは如何でしょう。旦那様はお喜びになるかと思いますけれどねぇ」
「出仕や買いなどは、二人で出かけておりますが」
「そういう必要なこともないのに、一緒に出かけるのがよろしいのですよ。観劇などでも構いません。奧様から旦那様をおいすれば、旦那様はお喜びになることでしょう。好きな人からわれれば嬉しいものです」
ーーーそうなのだろうか。
疑問には思うが、そうした好意を伝えた経験の全くないアレリラよりも、キッケの方が正しいに違いない。
そうなれば、一緒にお出かけをする為の下調べなどもしなければいけない。
どのような娯楽を夫婦で楽しむのか、アーハ様に手紙で聞いてみよう。
そうして実際に足を運び、良いと思えばイースティリア様と一緒に赴いてみるのだ。
方針が定まれば、後は行である。
早速、本で調べて刺繍の意匠を考え、共に出かけるのに適していそうな場所を書き出してみた。
釣り、も一応候補に含めておく。
一番は、王立図書館だろうか。
調べをする際によく足を運ぶけれど、そうでなくとも知識の寶庫であり、有用な書籍をイースティリア様とお話をしながら中を散策するのも悪くないように思えた。
そうこうするに、イースティリア様がご帰宅なさり、お出迎えをする。
「コートをお預かりいたします」
「ああ」
そうして、家で待つ時のいつも通りの行で、アレリラが上著を預かると。
ーーーふわり、と知らない香水の匂いがした。
香水……だと……。
まさか、イースティリア様が浮……いや、そんなはずは。
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