《【書籍化決定】公衆の面前で婚約破棄された、無想な行き遅れお局令嬢は、実務能力を買われて冷徹宰相様のお飾り妻になります。~契約結婚に不満はございません。~》すれ違いです。【後編】
ーーーどうしてこうも、心がれるのでしょう。
アレリラは、刺繍を終えた絹のハンカチを見て、小さくため息を吐いた。
赤紫のサクラソウと、白いストックを象ったそれを、紙で包んでリボンで纏める。
最初は、契約結婚だと思っていた。
彼の心は別の人の元にあると思い、それでも良いと結んだはずの婚約。
ーーーわたくしは、を張るようになってしまったのでしょうか。
もし、イースティリア様が他のと懇意にしていたところで、それは最初から自分の気持ちが変わっていなければ、なんとも思わなかったはず。
でも、彼に、そうではないと、何度も言われて。
ミッフィーユ様の前で、あるいは初夜に、そしてアレリラが小さな事で不安をじた時に。
『アレリラが良い』と、そうむ言葉を、何度も口になさった。
それを信じ切れないのか、あるいは、強く惹かれてしまったから我儘になっているのか。
知らない香りを嗅いだ時に、嫌だと、思ってしまった。
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イースティリア様が、他のと親しくなさる姿を想像して、揺してしまった。
問いかけてみれば良かったのだろうか。
でも、それを別の方が付けていた香水だと、肯定されてしまったら?
迷って、悩んで、それでも、訊くのが怖いと思った。
ーーーだってわたくしは、どれだけ自分から、イースティリア様に好意を伝えたでしょう?
請われて、問われて、口にしたことは幾度もあるけれど。
『わたくしも、お慕い申し上げております』と。
自ら口にしたことが、幾度あっただろう。
知ってくれていると、分かってくれていると、言葉を盡くしてくださるイースティリア様に。
甘えていたのでは、と。
だから、想を盡かされているのでは、と。
頭でどれだけ否定しても、こんなにも不安になってしまうのだ。
口にせずとも分かってくれるなどという、都合の良いことがあるはずはないのに。
今からでも、努力をしなければ。
遅くはないことを願いながら。
ーーー喜んで、いただけるでしょうか。
もし、イースティリア様の心がもうアレリラに向いていないのであれば、ご迷に思われてしまうかもしれない。
そう思いながら、今日渡そうと準備していた品々を見た。
これらを手渡して、想いを伝える。
出來るだろうか。
仕事の要であれば、すんなりと口にすることが出來ると思うのに。
自分の気持ちを口にするのは、こんなにも不安になる。
それもこれも、努力を怠っていたから。
勉強が足りないと思っていた試験の前や、進捗が足りないと思っている果を伝える時よりも、よほど張する。
アレリラがグルグルと同じようなことを考えながら悶々としていると、不意にドアをノックされた。
「奧様。旦那様がお帰りになられましたよ」
ーーーいつもより、お早いお帰りですね。
時計を見て、自分の速くなった鼓がしでも落ち著くように、とに手を當てて息を吐いたアレリラは。
「すぐに向かいます」
そう告げて、用意した品を手に取り、ドアの向こうに笑みを浮かべて控えていたキッケに手渡した。
玄関先に向かって待っていると、イースティリア様がいつも通りにってくる。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
イースティリア様の後ろには、玄関の前でお出迎えしたらしい、オルムロ執事長がいて、こちらもまた、いつもよりし緩んだ笑みを浮かべている。
ーーー?
どこか面白がるような視線を不思議に思いながら、上著をけ取ると……また、あの香水が匂った。
ーーー……!
いつもの香りと違って、しだけ甘い、それ。
一、どこに行っておられるのだろう。
そういえば、前回も同じように早く帰られた時に、同じ香りがして。
「アレリラ」
しだけ張したような、イースティリア様の聲。
「はい」
「し話がある。食事の前に、良いだろうか?」
「畏まりました」
揺を抑えて頷くと、アレリラはコートを掛けて居間へと向かう。
するとイースティリア様は、いつものようにソファに腰掛けることなく待っており、アレリラに座るように促した。
戸いつつも、小さく首を橫に振る。
「申し訳ありません。わたくしも、々お話がございます」
「聞こう」
アレリラがイースティリア様の言葉に口を挾んだのは、そういえばこれが初めてだったかもしれない。
し驚いた様子を見せた彼は、すぐに頷いて、促した。
ーーー大丈夫、かしら。
今日に限ってあの香りをじたので、張が高まる。
でも、アレリラから先に伝えることに意味があるのだから、そうしなければ。
ーーーいらない、と言われたら。
不安もじるけれど。
キッケに先ほど預けたものをけ取ったアレリラは、それをイースティリア様に差し出した。
「これは?」
「わたくしの刺した刺繍のハンカチと……本日、わたくしがお作りしたクッキーでございます」
アレリラとて、一応は子爵令嬢だったので、自ら料理をしたことはほとんどない。
しかし、簡単なお菓子作りくらいならと、料理長に頼んで教えてもらったのだ。
子どもでも作れるようなものだけれど、『お味はともかく、手作りのものは、よりお心がこもっているようにじられるものです』と、キッケからアドバイスされたから。
「君……が? クッキーを焼いたと?」
「はい。イースティリア様はレーズンがお好みだったと記憶しておりますので、レーズンクッキーです」
今までで一番驚いた顔をなさっているイースティリア様に、アレリラは視線を彷徨わせた。
答えを聞くのが怖くて、顔を見れないでいると。
「……ありがとう」
らかい聲音が、落ちてきた。
その優しさにわれて目を向けると。
ーーー喜びに輝く薄蒼の瞳が、アレリラに向けられていた。
「……っ」
思わず、息を呑む。
そんな瞳で、それと分かるほどの明るい笑みをイースティリア様が浮かべられたのは、初めてだった。
まるで、誕生日プレゼントをけ取った子どものような。
「アレリラから直接手渡される贈りが、こんなにも嬉しいものだとは思わなかった」
「申し訳、ございません……」
「何故謝る」
「今まで、わたくしは怠慢でした。妻として」
「そんなことはない。……ハンカチの包みを広げても?」
「はい」
イースティリア様の笑みに當てられて、火照る頬に手を添えながらうなずくと、彼は包みを開いてさらに目を細める。
「これは、どちらの意味合いの組み合わせかな?」
「……サクラソウから、です」
刺繍にれながら、込めた意味をイースティリア様に問われて。
途端に恥ずかしくなり、アレリラはささやかな聲で答える。
ーーー『憧れ(サクラソウ)』は『やかな(白いストック)』に。
「お慕い申し上げております。……共に過ごすに、より、深く」
「アレリラ……」
恥ずかしいけれど。
でも、口にしようと思っていたから。
「もう一つ、ご提案が、あります……」
そっと近づいて、肩に手をれるイースティリア様に、アレリラは俯いて告げる。
「聞こう」
「どうぞ、次のお休みには。……わたくしと、出かけてはいただけませんか」
「どこに行きたい?」
「王立図書館に」
決して、デートらしくはない場所だと自分でも思った。
でも、観劇でも、買いでも、散歩でもなくて。
「興味のあるものを、心赴くままに、語り合うのが……イースティリア様と、一番したいこと、なので」
何でもいい。
だけれど、イースティリア様の見ている世界は、アレリラよりも遙かに広くて。
何か一つのことではなく、本の背表紙でも、中でも、眺めながら。
思いつくままに、そのお考えを知りたいと。
好きな食べ、コーヒーや紅茶の好ましい味、目にするのが好きなもの。
そういう様々は、共に過ごすに知り得た事柄であって、アレリラが知りたいのは、アレリラの知らないイースティリア様だから。
するとイースティリア様が、オルムロ執事長から何かをけ取って、目の前に差し出してくる。
「……ではその時に、この香りをに纏ってくれるだろうか?」
それは、鮮やかなオレンジの瓶にった、香水だった。
ふわり、と微かに甘いそれは。
ーーーイースティリア様が帰ってきた時に香っていたのと、同じ。
「これ、は?」
「君に似合うと思って、調合してもらったものだ。昨日出來たと言われたので、これを渡したくて早く帰って來た。……知っているのだろう? この香りを」
ーーーああ。
やっぱり、全部見かされていたのだろう。
表には出さないようにしていた不安を、イースティリア様はじ取っておられて。
だから、こうして。
ーーーやっぱり、敵わないのですね。
手渡されてけ取ってみれば、不安は全部消えてしまって。
ただただ、嬉しくて。
だからちゃんと、口にしなければ。
「知っています。嬉しいです、とても」
抱き締められて、アレリラはそのに顔を埋めながら、目を閉じる。
「そうか。良かった」
「不安でした。別の方の香りなのではと」
「私のミスだ。君に喜んで貰おうと思ったのだが、不安にさせてしまった」
「いいえ。不安に思ったことで、わたくしは努力が足りなかったと、気づいたからなので」
「君は十分に、努力している。無理はしないでくれ」
「……善処します」
顔を上げると、視界の端にチラリと執事長と侍長の笑みが見えて、し恥ずかしくなったけれど。
「しているよ、アレリラ」
「これからもそう在れるよう、努めます」
イースティリア様の言葉に、幸せをじながら。
アレリラも、自然と顔を綻ばせた。
第一部はとりあえずここで終わりです! 続きの新婚旅行などは、他のがひと段落したら描き始めます!
どこもかしこも、ただイチャイチャしてるだけの語にお付き合いいただき、誠にありがとうございます!
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