《【書籍化コミカライズ】死に戻り令嬢の仮初め結婚~二度目の人生は生真面目將軍と星獣もふもふ~》3-7

「いいですか、剣を扱うためには筋力がなければどうにもなりません」

腕を組んだモーリスが檄を飛ばす。

「は……ぃ、師匠(せんせい)……くっ、……三回……、よん、か……い……」

セレストは屋敷の庭で稽古に勵んでいた。と言っても、本の剣を握るのは當分先になりそうだ。

毎日の日課は屋敷の周囲を二十周走ること、それから腕立て伏せや腹筋などのトレーニングだ。

今は腕立て伏せの真っ最中。膝をついていても十回が限界という非力さだった。

今日はフィルも休暇を取ってセレストと一緒にかしている。ただ、セレストが一回腕立て伏せをしているあいだに鼻先が地面につくほどの腕立て伏せを三回してしまう。

レグルスが実化していて、スーと共に見守ってくれるのだが――。

伏せ、お座り、伏せ、お座り――二匹はセレストに腕立て伏せのコツを教えるつもりなのかせわしなく上下運を繰り返す。

(勵まされているのと同時に、私のだめさを思い知らされるわ……!)

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やっとのことで腕立て伏せを十回終えた。

「それでは素振り百回!」

モーリスから新たな指示が出された。

季節は段々と冬に向かっていて暖爐の火が必要な日もあるくらいだ。そうだというのに稽古中はシャツ一枚でも汗をかく。

セレストは荒くなった呼吸を必死に整えながら、木の棒を持つ。

そして庭の片隅で素振りをはじめた。

「いち、に……、いち、に……!」

「切っ先がぶれてます。教えたことを守って、一振りずつ正確に!」

「は、はいっ!」

モーリスは厳しい師匠だった。

走り込みや腕立て伏せのあとということもあり、重たい棒を三回持ち上げただけで腕が震えてしまう。二十回を過ぎるとどう保とうと思っても素早さを維持できない。

それでもなんとか百回の素振りをこなしてから、セレストは地面にしゃがみ込んだ。

すぐに二匹の獣が気遣ってそばに寄ってきてくれる。

「セレスト様、今朝はここまでです。ですが、今のはすべて剣を習う前に行う準備運でしかありません。まずはこのメニューを軽々こなせるようになりましょう」

「……ご指導ありがとうございました」

まだ剣の稽古がはじまっていないに等しいという宣言に、セレストは気が遠くなりそうだった。それでもくじけるわけにはいかない。かし、努力をしているときのほうが心は楽になれる。

セレストは立ち上がりカエデの木の下に移する。

そこには數日前にモーリスが設置してくれたベンチがある。セレストはそこに座り、タオルで汗を拭った。

すると準備運を終えたフィルがモーリスに近づいた。

「モーリス、俺と手合わせしてくれないか? セレストにとっても、いい刺激になるだろうから」

「手本を見せるということですな? ご要とあらば。……ですが、旦那様には手加減できそうもありませんがそれでもよろしいですか?」

二人とも同じタイミングで口の端をつり上げた。

「奇遇だな。俺もそんな気がしている。どちらかが怪我をしても、鍛錬の一環ならば罪にはならない。それでいいか?」

「もちろんでございます」

実力が均衡しているから、相手が怪我をしないための配慮をする余裕がないというのが彼らの共通認識のようだ。素晴らしい剣の使い手は戦う前から相手の能力をある程度把握しているということなのだろう。

フィルは一度セレストが座るベンチの前にやってくる。そして背もたれにかかっていた彼の上著を広げ、セレストをそれで包み込んだ。

「いいか、セレスト……じっとしているとすぐにが冷えるからこれに包まっていろ。それでも寒ければレグルスとスーに溫めてもらうんだぞ」

フィルは真剣だった。

「……過保護ですよ」

「許せ」

しだけ困った顔をしながら、フィルはモーリスが待つ庭の中央へと戻った。

二人が構えるのは刃を潰してある剣だ。それでもまともに一撃を食らったら痛いし、大怪我をすることもある。

「參りますぞ」

「あぁ」

二人とも長剣を両手で構える。フィルの右目は眼帯に覆われているため、普通の人間より空間の認識がしづらいはずだ。普段の生活で困っている様子はまったくないのだが、數センチの距離が重要となる剣だとどうなのだろうか。

フィルのほうが不利で、大怪我をしそうな予がしてセレストは不安になった。

しん、と靜まり返る庭園。セレストは瞬きを忘れ、対峙する二人を見つめた。目を逸らしたらそのあいだにすべてが終わってしまいそうなだ。

「ワンッ!」

スーのひと吠えが合図だった。どちらが先にいたのか、セレストには認識できなかった。

気づいたら打ち合いがはじまっていた。

(フィル様が押されている……?)

フィルは星神力を使っただけではなく、剣も一流の軍人だ。けれどモーリスの剣は速いのに一撃一撃が重い。フィルはそれをうまくけ流しているのだが、守ってばかり――守らされている狀況に見えた。

「……くっ!」

フィルの左頬を剣がかすめる。數秒遅れてじわりと赤い線ができた。刃を潰してあっても、やはり無傷ではいられないのだ。

セレストは段々と怖くなってしまった。

一度目の世界では、軍人ではなかったものの兵たちが訓練に勤しむ様子を見てきた。

ただ、今までのセレストにとっての敵は魔獣のみだった。それが二度目のこの世界では変わるかもしれない。

だから人と人が斬り合いをする場面を見たときに、け止め方が変わった。

剣を習うということは、自分もいつかああやって鋭い刃を他人に向けられる、そして自分も誰かを傷つけるかもしれないということだ。

(でも……目を逸らしたらだめ……)

フィルが後方に下がった瞬間、一瞬勢が崩れた。

すかさずモーリスが攻勢に出る。大きな作で繰り出された渾の一撃――けれど、フィルは橫に跳躍し、それをかわした。

(足を取られたふり……?)

今度はフィルが攻撃に転ずる番だった。低い勢から一気にモーリスの懐に飛び込む。

二人のきがぴたりと止まった。

「……ふぅ、俺の負けかな?」

モーリスの剣はフィルの首、フィルの剣はモーリスの脇腹。それぞれ相手を傷つける直前で止まっている。脇腹よりも首への攻撃のほうがより致命傷となりやすいためフィルの負けとなる。

「やはりお強い。あなたの戦い方は本來、と併用することを前提としているのでしょう? 実戦ではを使えるお方には勝てないと思い知らされました」

勝ったほうのモーリスもフィルの強さを賞賛する。

「いや、だったらそっちも……。実戦なら見えていない右側ばかり狙えば効率がいいのにそうしなかったじゃないか」

最後に二人は握手をわし、勝負は終わった。

フィルは剣を鞘に収め、ベンチのほうへやってくる。セレストは立ち上がり、彼にタオルを手渡す。頬の傷はほんのかすり傷でもうが止まっている。手當ての必要はないくらいだ。

「セレスト……」

「お疲れ様でした」

「どうだった? わりと本気に近い戦いだったはずだ」

汗を拭いながらフィルが問いかけてきた。彼は手合わせの前に「セレストにとっても、いい刺激になる」と言っていた。つまり、セレストになにかをじてほしかったに違いない。

「……怖かったです、とても……。私もいつか誰かに剣を向けられるのかもしれないと思ったら。それから、あと八年でフィル様やモーリスさんのようになるのは難しいとじました」

フィルに噓をついてもどうせ見抜かれてしまいそうだから、セレストは正直な気持ちを口にする。

「それでいい。セレストはまず、誰かを傷つけるための剣ではなく、を守る剣を學びなさい。……いいな?」

「私自を守る剣……。そうですね、わかりました……フィル様」

モーリスやフィルと同じになりたくても、細い腕しか持たないセレストには難しい。

誰かを傷つける剣は誰かに傷つけられるかもしれない「戦う剣」だと彼は言っている。

セレストにはまだその覚悟がないと見抜いているのだ。

(今はまだ誰かを傷つけることを想像しなくていい。……そう言われているみたい)

フィルは優しくて過保護だ。

けれどセレストは思う。頭をでてくれたり、抱き上げてくれたり、用心棒を貸してくれるといった行が真の優しさではない。

こうやって、セレストの心を守ろうとしてくれる言こそ、本當の優しさで、彼の本質なのだ。

(フィル様はどうしてこんなにも……私によくしてくださるのかな?)

突然押しかけてきたセレストを、文句を言いながらもれてくれた。星獣が絡む事件に発展するかもしれないという理由だけでは、到底説明がつかない。

セレストはなんだか、一度目の世界で築いた絆が二人のあいだにまだ殘っているような気がしてならなかった。

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