午後になってから、セレストはフィルと一緒に買いへ出かけた。

アンナが「二人とも服を新調するべきです」と言ったからだ。セレストが持參した服は侯爵令嬢だったにもかかわらず上等とは言えなかったし、去年から著ているものだからややきつかった。フィルも一著だけドウェインに用意してもらった服があるのだが、軍服以外は洗いざらしの庶民的な服しか持っていない。

正直、セレストとしては持參金もないし収もないので高価な服を買ってもらうのは気が引ける。それでも、再興したばかりのエインズワース伯爵家としては、他家からばかにされる要素はできるだけ取り除くべきなのだ。

「俺もそれっぽい服を買わなきゃいけないのか。……面倒くさいな」

「大丈夫ですよ！　アンナさんのおすすめでシュリンガム公爵家も贔屓にされているお店ですもの。きっとお任せすれば素敵な服が買えますよ」

貴族の屋敷に長く仕えているアンナは、主人の外出に合わせその場にふさわしい服を選ぶことも仕事の一つだったという。

晝の外出著、夜の正裝、それから普段著――何著必要かはあらかじめ店に伝わっていて、二人は今回、採寸したり好きなを伝えたりするだけでいいという。

「あまり自分の著るものには興味がない。アンナがいてくれて助かったな」

アンナはドウェインからの信頼が厚い。そんなを紹介してくれたのだからドウェインがどれだけフィルとの友を大切にしているかよくわかる。アンナは、これから貴族の社會で生きていくのに苦労するであろうフィルとセレストの助けとなってくれるだ。

やがて予約してあるはずの店にたどり著く。

セレストも名前だけはよく聞く有名な仕立屋だった。吊り看板にショーウインドー。店の中には何人かの従業員がいて、綺麗な布を広げたり、トルソーを運んだりしている。

二人が店へると、數人の従業員が出迎えをしてくれる。すぐに奧の商談室へと通された。そこからは採寸をしたりデザインを決めたりと、されるがままになっているとどんどんと服選びが進んでいった。

フィルは本當に自分の著るものには興味がないのだろう。ことあるごとに「地味なで」、「目立たなければ」を繰り返し、本當にすべてを任せてしまっている。

長で姿勢のいいフィルは、立っているだけで格好いい。華な裝飾など邪魔だとセレストはじた。従業員もそれは承知のようで、上質で落ち著いたの生地をすすめてくれた。

「とてもドウェインが用している店とは思えない。なんて常識的なんだ」

ドウェインが派手な裝を著ていても許されるのは、彼が公爵子息で星獣使いだからだ。

にわか貴族のフィルが同じような服をまとったら、悪目立ちして笑いものになってしまう。最後にそんな想をこぼし、フィルの服選びは終わる。

次はセレストの番だった。春先に著るものは長期だからギリギリまで待ってもう一度採寸するという予定で、冬用のワンピースのみを何著か買うことになった。

従業員がいくつものスケッチを見せてくれて、その中から気にったものを選ぶ。けれどその度になぜかフィルが口出しをする。

「地味すぎる。なんでそんなに落ち著いた服ばかりを選ぶんだ？　ひらひらが多いほうが可いし君に似合うはずだ。卻下だ、卻下」

セレストとしてはフィルが地味な服が好きならば、それに合わせたかった。心が十八歳だから、どうしても華な裝飾のついた服をまとうのには戸いがあった。

「私は大人っぽいほうが……」

「これとこれとこれ……は紺のストライプ、こっちは花柄、あとはこっちのチェックもいいな」

飾ってあるワンピースとして純粋に評価するのなら、裝飾がたくさんついているほうが可いとセレストも思う。ただ、自分に似合う自信がなかったし、ちょっと恥ずかしい。

それでもフィルは遠慮しているだけだと判斷したようで、セレストの服を勝手に選んでしまった。

「では、お嬢様のコートのおはどのようにいたしましょうか？」

「……グレーで……」

セレストはボソボソとつぶやきながら落ち著いたを指差した。

「いや、それもだめだ。セレストには青や紫、それから淡いが似合うはずだ」

即座に否定されてしまった。フィルは自分の服は地味でいいと言い張っていたのに、人にはそれを許さない。けれどお金の払うのはフィルだから、セレストは強く主張できなかった。

「冬に淡いを著たら、目立ちませんか？」

「子供なんてみんなそんなものだろう」

「ではこちらの淡いグレーはいかがですか？　選んでいただいたどのお洋服と合わせても自然です。襟や袖まわりの裝飾が可らしいですから地味ではありませんよ」

従業員が生地とデザイン案のスケッチを見せながら提案してくれたコートは、襟が大きめでレースの縁取りがある。ボタンや袖回りもの子らしくて素敵だった。暗いはだめだというフィルの希にも、できれば地味ながいいというセレストの要にも沿っている。

「可い……フィル様、これがいいです」

「そうだな。俺もそう思う」

選んだ服は出來上がり次第、屋敷に運んでもらうことにして、店を出る。

「せっかくだからお茶をして帰ろう」

フィルはセレストに手を差し出した。賑やかな通りではぐれないように、手を繋いでくれるというのだ。セレストは恥ずかしかったが、同時に嬉しくもあった。

どんな店でお茶をしようかと考えながら二人並んで歩く。しばらくして、セレストは見覚えのある人の姿を見つけた。

「あれ、スノー尉じゃ……？」

黒縁眼鏡をかけたが大きな袋を抱え、すぐ近くの店から出てくるところだった。

「こんにちは、スノー尉」

セレストが聲をかけると、ヴェネッサがびくりとを震わせた。

「ひゃっ！　……エインズワース將軍閣下!?　それに奧方様。このような場所でお目にかかれるとは思いませんでした」

彼はいったいなぜそんなに驚いたのだろうか。セレストには、警戒される覚えはなかった。

「奧方……はやめてください。セレストでお願いします！」

「セレストさん。それでは私のこともヴェネッサとお呼びください」

非番の彼は子爵令嬢だ。流行のジャケットとくるぶし丈のスカート。そこから見え隠れする革のブーツ。秋らしい服裝のヴェネッサは素敵なレディだった。

さすがはおしゃれなドウェインの婚約者である。

「ヴェネッサさんもお買いですか？」

「はい。明日から演習ですから、必要なものが多くて」

ヴェネッサが抱えていた袋を持ち直す。すると上部から小さな箱が落ちて地面に転がった。

「あ、あぁぁぁっ！」

ヴェネッサは焦った様子で転がった箱に手をばし、結果として別のものを地面に落としてしまった。三人は慌ててしゃがみ込み、急ぎ散らばった品を拾い集める。

「……プレゼント？」

ヴェネッサが最初に落とした箱には紫のリボンがかけられていた。紫――なんとなくドウェインを彷彿とさせるだ。

「あ、あの……これはっ！　演習に必要なものじゃな、なななく、こっ、個人的な……。いつも々くださるから、親しき仲にも禮儀がありますし……お返しをするのは當然で」

ヴェネッサは立ち上がり、箱を袋の中に隠す。セレストには彼が恥ずかしがる理由がよくわからなかった。

ただ、落ち著いた格のだという第一印象を覆すような言には親近を覚えた。

「婚約者同士なんだから別に恥ずかしがる必要はないはずだろう？　俺だって今日はセレストに贈りをしたぞ。……な？」

フィルがそう言って、セレストの頭をポンポンとでた。

「フィル様……？」

ヴェネッサとドウェインは想い合う婚約者同士だ。

肩書きとしては、フィルがセレストを引き合いに出すのは間違っていない。ただ、セレストを本當の妻として扱っていなければ今の言葉はおかしい。

ヴェネッサがじりじりと後ずさりをしているように見えるのは、セレストの気のせいではないのだろう。ヴェネッサは、フィルの言にドン引きしているのだ。

「……え、あ……。そうですよね、新婚ですものね。ハハハ……」

そこでようやくフィルは疑を向けられていると気づいたらしい。振り手振りをぜながら否定する。

「スノー尉。俺にとってセレストは事があって結婚した相手であり、妹のようなものだが、家族なんだ。いいか？　家族ではあるが、……そういう関係じゃない。つまり……俺は斷じて変態じゃない！」

「……え、ええ。將軍閣下を趣味の変態だなどと思ったことは、一度もありません」

「絶対に、絶対に違うからな……！」

フィルはただと子供を放っておけない心優しい青年だ。

最初に會った日に、セレストは疑を持たれてしまう可能を指摘し謝罪した。本人も気をつけているはずだが、気が緩んだのだろうか。

「それでは將軍閣下、セレストさん。私はこれで」

「ああ、ドウェインによろしく。道中、気をつけて」

ヴェネッサはペコリと頭を下げてから、セレストたちに背を向け歩き出した。

彼の後ろ姿を眺めながら、セレストはなんだかすっきりとしない気分だった。

なにか重要な見落としがあるような――そんな気がしたのだ。