七月八日。十一歳の誕生日が過ぎ、セレストが儀式に臨む日となった。

セレストがまとうのは絹のドレスで、沢のある紺の生地とふんわりとした白のシフォンを合わせたものだ。神聖な儀式を行うためのものだから、立ち襟で出はない。けれどよく見ると細かなレースや刺繍がっていて、凝ったデザインだとわかる。

髪はサイドに編み込みをれて、フィルから贈られたバレッタを耳の上あたりにつける。

「しだけ、口紅をつけてみましょうか？」

支度を手伝ってくれているアンナからそんな提案があった。薄いピンクの口紅をほんのりとつければ、大人の仲間りをしたような気持ちになれる。

「とっても綺麗な……。ありがとうございます」

「よくお似合いです」

アンナはいい香りがして、ほほえまれるとでもドキリとしてしまう。彼がほめてくれたのだから、本當に似合っているのだと思える。

支度を終えて、私室からリビングルームに移すると、フィルとスーがいた。

今日のフィルは軍の禮裝をまとっている。肩にかけるマントは青で、セレストのドレスは彼と並んだときに調和が取れる合いを選んでいる。

髪をでつけるように整えているフィルは、普段より凜々しくていっそう格好いい。セレストは、ずっと見ていたいだなどとつい思ってしまう。

十一歳の子供が星の間を訪れる際、一名だけの付き添いが許される。だからフィルはこうして堅苦しい禮裝に著替えてくれたのだ。

「フィル様どうですか？」

セレストはドレスの裾をしだけ持ち上げて、細かいレースや刺繍をフィルに見せた。

「綺麗だ」

短い想だが、はじめての言葉だった。視線から、ドレスではなくセレストをほめているのだとわかってしまう。

たったひと言がセレストの頭に響き渡り、心臓の音がうるさくなる。顔が火照って、耳まで熱い。鏡を見なくても真っ赤になっているのがわかる。

「……そうですかっ!?　へへっ、嬉しいな……」

可いと言われた経験ならば、何度もあった。それが「綺麗」に変わっただけで、こんなにも揺してしまう。セレストは照れ隠しに無邪気を裝った。

「ワンッ！」

「スーもありがとう。……フィル様はいつも素敵ですが、私……その禮裝が一番好きです。だってマントが似合っていて王子様みたいで格好いいんですもの」

そんな彼の裝に合わせて作ったドレスを著ているせいで、いつもより夫婦っぽく見えているような気がして、セレストは嬉しかった。

「あまりほめるな、恥ずかしい。……ではそろそろ城へ向かおう」

「はい、よろしくお願いします」

ドレスを著ているため、徒歩や馬で移するわけにはいかない。エインズワース家も一応馬車を持っているから、めずらしくそれに乗って移する。

城が見えはじめると、つい張してしまう。

一度目の世界では、養にした姪を侯爵家が娘として扱っているという証明のために、星の間での儀式が行われた。豪華だがぜんぜん似合っていない裝や、心底面倒くさそうにする伯父の表を、セレストはよく覚えている。

あの日まで、自分は本當に無能で出來損ないなのかもしれないと、セレストはいつも不安だった。一人で足を踏みれた星の間は真っ暗で、怖くて泣いてしまった。

すると急に部屋の中に小さなの粒がいくつも浮かび、強く輝いた。やがてそれが集まりスピカになった。

自分でも予想していなかった事態に驚き、これで皆に認めてもらえるかもしれないと期待した。

結局待っていたのは、國と侯爵家の都合で働き続ける人生だったかもしれない。それでもスピカと過ごし、フィルやドウェイン、ほかの星獣たちと出會えた時間は寶だった。

セレストは死に戻ったこの世界で、今度こそスピカや皆と一緒に穏やかな生活を送りたいのだ。

（お願い、スピカ……もう一度私のところへ……）

スピカがいなければ、心にぽっかりと開いたは塞がらない。誰にも支配されていない出會った頃のスピカにもう一度會いたい。それがセレストの願いだ。

今のところ、ミュリエルが星獣の主人ではないことだけは確かだが、わかっているのはそれだけだ。

スピカが本當に星の間にいるのか、セレストを再び選んでくれるのか、確証はない。

「張しているのか？」

「ちょっとだけ」

セレストは隣に座るフィルを心配させたくなくて、無理に笑顔を作る。

「手が震えている。子供のくせに強がるな」

そう言って、フィルは手の甲を軽く抓る。大して痛くないが驚いて、不思議と張がほぐれていく。

「フィル様ったら、暴です……。でも、まるでなにかのを使ったみたいに落ち著きました」

今度の笑顔は噓ではなかった。

やがて二人を乗せた馬車が城に到著した。