《【書籍化】雑草聖の逃亡~出自を馬鹿にされ殺されかけたので隣國に亡命します~【コミカライズ】》ルナティック・シンドローム 01
ルカの正をらすような致命的な失言はしていないとは思うのだが、不安で仕方がなくて、マイアは一睡もできないままに明け方を迎えた。
部屋の中には暇つぶしのための本やら楽やらが置かれていたが、気持ちがざわめいて何も手につかなかったので、ベッドに橫たわり、目を閉じて過ごした。
夜が明けたら再びを取られると宣言されたので、しでも力を溫存するべきだと思ったのだ。
眠れなくても視界からる報を遮斷するだけで、は休まるものだと聞いた事がある。
「クローゼットには若いの好みそうな服をれて置いたのだが……マイア殿のお気には召さなかったのかな?」
朝の支度が終わるやいなや、図ったように現れたトリンガム侯爵は、マイアがまだ魔布の服をに著けている事に眉をひそめた。
「一人で著ができないような豪華なドレスは私には分不相応に思えて……首都でも休日はこんなじの服で過ごしていましたから」
クローゼットの中に詰め込まれていたのは、貴族のお嬢様が著るようなふりふりひらひらとしたドレスばかりだった。
この手のドレスは、コルセットやらパニエといった補正下著をに著けないとしく著こなせない。
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「今日のところはもう良いが、明日からはドレスを著用しなさい。あなたにはいずれ當家のをけ継ぐ子を産んでもらう予定なので、相応の禮儀作法をに付けてもらわねば困る」
「はい?」
「聞こえなかったか? マイア殿にはいずれ私の子を産んでもらう。まずはティアラの足場を固めるのが最優先となるので今すぐにとは考えていないが、あの子が無事第二王子妃となって聖の能力を今ほどに使わなくても良くなったその時には我が妾としてあなたを迎えるつもりだ」
「なっ……」
怒りで目の前が真っ赤になった。
を死なせない程度に搾取した上に貞まで奪おうというトリンガム侯爵の下衆な考えに、心の奧底からの怒りが湧き上がる。
「あなたの妾になれですって……?」
トリンガム侯爵は整った容姿の持ち主ではあるが、親子ほども年の離れたおじさんだ。冗談ではなかった。
「年回りを考えたら息子の方がいいんだろうが、生憎あれは魔力保持者では無いものでね。魔力保持者同士の掛け合わせの方が次代にその因子がけ継がれやすい」
マイアは青ざめた。脳裏に湧き上がるのは、不幸にも拐された聖の末路だ。
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家畜のように配用のメスとして『使われた』聖が確かいたはずだ。
トリンガム侯爵はおじさんとは言え清潔はあるし見た目もいいから、臺メス扱いより遙かにマシだ。
……と考えた所でやっぱりありえないと首を振る。
いくら顔が良くてもこいつはマイアを飼い殺しにしようとているだけでなく、邪法に手を出し何人もの人を手にかけた犯罪者だ。しかもおじさん。いい歳して若いを囲おうだなんて気持ち悪い。
この下衆野郎。もげればいいのに。マイアは心の中で罵倒した。
いいようにを搾られた上に、貞まで好きにされる未來を考えたら死にたくなった。高い自己回復力があるから力の強い聖に自殺は難しい。確率が上がるのは近點月の新月だが、この間訪れたばかりだ。死すら自分の意志では選べないこのが恨めしかった。
◆ ◆ ◆
マイアが監されている部屋の唯一のドアは使用人の控え室に続いていて、そこには中(メイド)と監視役の兵士が複數名常駐していた。
結界と首があるというのに更に逃げ道が塞がれている。
兵士も中(メイド)と同じで口がく、侯爵への忠誠心が厚い者が付けられているようで、一切マイアの問いかけには応じなかった。
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控え室の奧には更に小部屋があり、そこには小ぶりな魔陣が敷かれていた。これは短距離転移魔の儀式魔陣だ。
転移魔は下準備がかなり面倒な上に、大量の魔力と月晶石を必要とする燃費の悪い魔である。
同じ建なら自分の足で移する方が手っ取り早いのに、わざわざ転移魔で移するあたり、マイアを絶対に逃がさないという強い意志をじる。
どう考えても詰んでいる狀況にため息がれた。
トリンガム侯爵に促され、転移陣に乗ると侯爵は陣に魔力を流した。
すると金の魔力のが立ち上り、視界が歪む。
そして獨特の浮遊をじたかと思ったら、次の瞬間には周囲の景はがらりと変わっていた。
壁紙が張られた小部屋から、同じ小部屋でも石造りの無骨な部屋へ。
転移魔は出口となる魔陣の中に障害があると悲劇が発生するから、専用の部屋の中に妙ながり込まないよう結界を張ってから設置されるものだ。
小部屋を出ると、ほど近くに見覚えのある重厚な金屬製の扉が見えた。
大規模儀式魔の魔陣が敷かれている部屋の扉だ。
扉の前には前にここを訪れた時と同じように、二人の兵士が門番として立っている。
前回と違って扉は魔で封印されておらず開いている。
トリンガム侯爵に続いて中に足を踏みれると、祭壇の前にはなりのいい男が立っていた。
「來ていたのか、ジェラルド」
トリンガム侯爵が聲を掛けると、男がこちらを振り返る。
まだ若い男だった。年齢は二十代後半から三十代前半、紹介されるまでもなくトリンガム侯爵の縁とわかる顔立ちだった。
トリンガム侯爵に共通する白金の髪に青い瞳、そして侯爵とティアラの顔を足して二で割ったような容貌の形である。
「マイア殿、紹介しよう。當家の嫡男のジェラルドだ」
「ジェラルド・トリンガムです。初めまして、聖殿」
ジェラルドはマイアに向かって名乗りながら優雅に會釈した。
アベル王子に勝るとも劣らない鍛え上げられた長の男だ。
「妹が大変お世話になったようで、謝致します」
マイアの推測は當たっていた。間違いなくこの男はティアラの兄だ。どこか夢見るような眼差しがそっくりだ。
「補充か?」
「はい。こちらから送信する魔力の流れが悪くなったとティアラより連絡があったので。折角強力な聖ので魔力が満たされていたのに……あればあるだけ無計畫に使ってしまうのだから困ったものです」
トリンガム侯爵に報告しながらジェラルドは肩を竦めた。
わがままな子供を微笑ましく見守る保護者のような態度である。
『補充』という言葉に嫌な予を覚え、マイアは祭壇を注視した。そして気付いた。ジェラルドの足元に、小さな人影がいくつか倒れ込んでいる。
その中の一人には見覚えがあった。あの淡い金の髪のの子は、まさか――。
「そう言えばこの子はマイア殿と一緒に送られてきた商品でしたか」
ジェラルドはその場にしゃがみ込むと、の髪を無造作に摑み、顔を上げさせた。
マイアは息を呑んだ。嫌な予が當たった。はネリーだった。
「う……」
ジェラルドの暴な扱いに、ネリーは苦悶の表を浮かべて小さくいた。どうやら辛うじて意識を保っていたらしい。
「貴族というれ込みだけあっての品質はまずまずでした」
魔力保持者は上流階級に取り込まれる。だから伝的に貴族には魔力保持者が生まれやすい。
瞳のが金を帯びなければ魔師にはなれないが、そこに至るほどではなくても、貴族の統に生まれた者は平民より高い魔力を備えている。
高い魔力を含んだの方が、恐らくより儀式魔の代償として相応しいということなのだろう。
ネリーのぞんざいな扱いに対して怒りが湧き上がり、マイアはジェラルドを睨みつけた。視線でこいつが呪い殺せたらいいのに。
「今日のところはマイア殿にを提供してもらうからいいとして、今後はもうし配分を考えて治癒魔を使うように言わなくてはいけないな。最適な供給量を探るためにはもうし試行錯誤も必要になるだろうし」
そうトリンガム公爵が発言した時だった。
何かが背後から凄い速度で飛んできて、マイアの顔の橫を通過した。
次の瞬間――。
キィン!
甲高い金屬音が響き渡り、マイアの前方にいたトリンガム侯爵のを守るように魔力の壁が発生した。
そして飛んできた何かが乾いた音と共に床に落ちる。
それはよく見ると小型のナイフだった。何らかの防用の魔が侯爵を守ったのだろう。
「父上!」
ジェラルドは地面を蹴ると、腰に帯びた剣を抜きこちらへと走り寄ってきた。
「馬鹿が! 合図を待てって言っただろう!」
背後から聲が聞こえるのと同時に、黒い人影が疾風のようにマイアの脇を通り抜け、トリンガム侯爵に襲い掛かった。
人影の白刃が閃く。しかしその刃はトリンガム侯爵には屆かず、ジェラルドの長剣によって阻まれた。
一合、二合――。
そのまま二人は剣を打ち合わせる。
唐突に目の前で始まった剣と剣のぶつかり合いにマイアは大きく目を見開くと呆然と立ち盡くした。
ジェラルドと撃ち合う男の後ろ姿に既視を覚える。
侯爵家の私兵の制服を著用した金茶の髪の男の人。らかそうなふわふわの髪に細のは間違いない。心の中でずっと會いたかった人だ。
「ルカ!」
思わずぶと、ルカはちらりとこちらを一瞥した。懐かしい緑の瞳に不覚にも涙が零れそうになった。
見覚えのあるエストックを攜え、まるで舞うような優な剣さばきでジェラルドを圧倒する。ジェラルドは防戦一方で、技量ではルカが圧倒的に上回っているように見えた。
「下がれマイア! 巻き込まれる」
の再會の余韻に浸る暇もなく、ぐいっと誰かがマイアの腕を後ろから引っ張った。
振り返ったマイアは、腕を摑んだ人に眉をひそめる。
そこにいたのは、トリンガム侯爵家の私兵の制服を著た男だ。恐らくこの地下室の口を守っていた門番と思われた。
どうしてマイアの名前を知っていて助けようとするのだろう。
不信に腕を振りほどこうと力を込めた時だった。兵士の姿が溶けるように滲んだ。
そして、見知った顔へと変化する。
「おじさま……?」
そこにいたのはローウェルで別れたはずのゲイルだった。
相変わらずが悪く不健康そうだが、ローウェルの時と違って、灰がかった金髪に金がかった水の瞳という本來の髪と瞳のになっていた。
「どうしておじさまがここに!?」
「説明は後だ。下がるぞ」
ゲイルはマイアの腕を引くと後方へ退避しようとした。
そこに電撃ががトリンガム侯爵から放たれた。
ゲイルは舌打ちをすると左手で拳を作り、電撃に向かって突き出した。ゲイルの人差し指と中指には指がはまっており、そのうちの片方、人差し指の指に埋め込まれた石が金のを放つ。
は魔式へと変化し壁となって電撃をけ止めた。
指は防系の式が込められた魔に違いない。
「聖に薄汚い手でれるな!」
「それはこっちの臺詞だ」
トリンガム侯爵の発言に冷たく返したのはルカだった。
ジェラルドをあしらいながら、袖口から手品のように小型のナイフを取り出すと、侯爵に向かって投擲する。
殘念ながらナイフは再び侯爵のの前に発生した魔の壁に阻まれた。
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