《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》【番外編】イリルの休日〜晝下がりのカフェ〜

本編終了後、しばらくしてからのお話です。

カハル王國の第二王子、イリル・ダーマット・カスラーンは、いつになく張り切って支度を整えていた。

「イリル様」

ノックの音と共に部屋にってきた部下のブライアンが、うやうやしく口を開く。

「背中がウキウキしていますよ」

「うるさい黙れ」

自覚はしていたので、イリルは軽くけ流す。ブライアンはにやにやと続けた。

「クリスティナ様にお會いするの久しぶりですものね」

「だから黙れって言っているだろ」

「今日の數時間のために、何日も前から執務の段取りにを砕いてましたもんね」

「黙れってば」

ブライアンの冷やかしをけ流しながら、イリルは鏡を見て呟いた。

「よし」

準備は出來た。

「じゃあ、ブライアン。後は頼んだぞ」

「迎えに來たのになんで置いていこうとするんですかぁ!」

ブライアンは慌ててイリルの正面に回る。イリルはわざとそっけなく答えた。

「ついて來られると邪魔だから」

「無茶言わないでください。今日の私は護衛です。ついていくのが役目です」

「わかってる。言ってみただけだ」

この場合、ブライアンが護るのは、イリルではなくクリスティナだった。すでに大勢の護衛がいるクリスティナだが、今日は宮殿の外に出る予定なのでさらに増員された。

「婚約者同士の語らいもままならない狀況なんだ。気心の知れた部下をからかうくらい許してくれ」

そう言うと、ブライアンは渋々頷いた。

「わかりましたよ……思えばいろいろありましたからね」

「ああ、ありすぎだ」

気付けば、イリルの婚約者クリスティナは「聖なる者」というかつてない地位についていた。

特別な地位には新たな敵が生まれる。

護衛が多いのはそのせいだ。

「イリル様。くれぐれもお気をつけて。ドーンフォルトがまたなにをしでかすか」

「わかってる」

ブライアンに言われるまでもなく、隣國ドーンフォルトのことは常に警戒していた。相変わらずきが不明瞭なのだ。

しかし、わずらわしいのはドーンフォルトだけではない。イリルは小さく息を吐いた。

「教會の奴らもまだなにか企んでそうだしな」

「イリル様、『奴ら』はちょっと」

「そうか? じゃあ」

イリルは目の笑っていない笑顔で続けた。

「『自分たちの怠慢さを棚に上げてクリスティナを修道院に閉じ込めようとしたアホども』の方がいいか?」

「怒ってますね」

「當然だ」

教會関係者に対してイリルが怒りを発させたのはつい最近だ。

「あいつら、クリスティナを所有のように扱おうとしたんだぞ」

「まあまあ、その件は、教會が陛下にぎっちりみっちり絞られることで収まったじゃないですか」

「當然だ。まずはあいつらが今までのあり方を反省すべきだろう」

「おっしゃる通りです」

そんなわけで、クリスティナの自由は、今のところ守られている。

かろうじて。

これでも。

再び何か事が起これば、クリスティナもイリルも國政の場に駆り出されるのが前提の自由だ。

そんなクリスティナに束の間の平穏を味わってもらいたいと、イリルは今日のデートを計畫した。

このままずっと平穏であってほしいが、拠もなくそう思えるほどイリルもクリスティナも呑気ではない。

ーーなにがあっても、クリスティナは僕が守る。

何度目かわからない決意をイリルはで繰り返す。

「ご安心ください。イリル様」

ブライアンがきっぱりと言った。

「我々もしっかり警護しております、今日は遠巻きですが問題ありません」

「……頼むぞ」

ブライアンははっ、と頭を下げ、上目遣いで付け足す。

「ですが背中のウキウキはもうし抑えたほうがいいかと」

「黙れって言ってるだろ。行くぞ」

イリルはあらかじめ用意しておいた一重の薔薇の花束を手にした。

クリスティナの好きな花だ。

イリルはブライアンを従え、宮廷のクリスティナの部屋に向かう。

近いようでいて、なかなか遠いその場所。

「クリスティナ様、イリル様がいらっしゃいました」

ルシーンが取り次ぎ、クリスティナが現れるまでのわずかな時間が、イリルには長くじた。

「お待たせしました、イリル様」

だが、クリスティナはすぐに出てきた。

クリスティナもイリルが來るのを待ち遠しく思っていたかのように、すぐ。

「とても素敵だよ」

イリルは最初にそう言った。

クリスティナは嬉しそうに微笑んだ。

「フレイア様からいただいたの」

なるほど。イリルがまだ見たことのない新しい晝用のドレスに合わせた日傘は確かに可らしかったが、イリルは首を振った。

「違うよ、素敵なのはクリスティナそのものだよ」

「え……私」

クリスティナが耳を赤くした。照れているのだ。

イリルは花束を差し出す。

「これ、好きかと思って」

まだ照れを殘しながらも、クリスティナは花束をけ取った。

「一番好きな花よ……! ありがとう、イリル」

晝下がりのデートが始まる。

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