《傭兵と壊れた世界》第七十四話:ナバイアの妖

エイダンとナターシャが撃ったのはほぼ同時だった。自分たちが妖の注意を引き、依頼人であるクレメンスを襲わせないためだ。エイダンの重火砲は妖を覆い隠すほどの炎を上げ、その影響で僅かに逸れたナターシャの弾丸が、妖のヒレから背中にかけて撃ち抜いた。

「おっ、おいナターシャっ、そんなことしたら俺たちのところに來るぞ……!」

ナターシャは無視して次弾を裝填する。

理不盡な存在と出會うのは久しぶりだ。ここ一年ほど、足地から離れたせいで忘れていた。

淡水ミミズのように容赦なく人を襲う原生生。腹抱えの結晶憑きのように明確な敵意を持って襲う生き。聖都で微笑む聖代行。

気を抜いてはいけないのだ。ナバイアに足を踏みれた瞬間から油斷をしてはならない。さもなければ護衛船に乗った者たちのように跡形もなく消えてしまう。

「撃ちなさいイグニチャフ! 皆も! 砲臺でも何でもいいから、ドットルとナナトも撃って!」

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ナターシャは珍しく怒聲を上げた。今の一瞬で潰された護衛船に、一何人乗っていただろうか。責任をじるほど殊勝な格ではないはずだが、彼は聲を荒げずにいられなかった。

エイダンも同じく怒聲を上げる。

「ネイル! 縦は後回しでいい! 砲臺で奴の頭を吹き飛ばせ!」

「これが新たなる試練ですかエメ様! 私め、全全霊を持って挑ませていただきます!」

「働けヌラァ!」

衛生兵エメも傍観してはいられず、ちまちまと甲板を走り回って、仲間に弾を運んだ。

炎の中から飛び上がる。ヨナキと同じ生態を持っており、すでにの再生が始まっていた。妖は首をもたげて雨空を旋回し、どちらを先に狙うかを思案した。

無數の弾丸が撃ち込まれるが、外れるものも多い。妖が巨だとしても、距離の摑めぬ暗闇と、雨が降るという環境下で命中させるのは至難の業だ。著実に當てられるのはナターシャとヌラ、そしてエイダンの重火砲。

銃の特上、エイダンよりもナターシャの方が連に優れる。そして、生に対しては無類の強さを発揮するのが結晶銃。妖の中で優先度が決まった。

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「妖が來るわ! 船をかしてリンベル!」

旋回、からの急降下。妖の大口がナターシャに迫る。八本に避けた頭の手が、まるで開花したように機船の前で広がった。

リンベルは近くの結晶が積み重なるのような場所へ逃げた。機船の船がガリガリと削れ、各々が砲臺にしがみついて衝撃に耐える。結晶の間をうように走る機船。

「――これだけり組んでいるんだ、あの巨じゃ追って來れないだろ!」

否。妖は結晶の壁をもろともせず、並外れた生命力で強行突破をした。

(知があるわ。月明かりの森にいた宿蟲と同等かしら)

ナターシャは近くの砲臺にしがみつきながら、リンベルに指示を飛ばす。

「奴を惹きつけながら、第三六小隊と合流するように迂回! 巖と珊瑚に気をつけて!」

「――了解だ!」

が舞うたびに結晶や珊瑚が砕けた。たとえ傷ついても再生するため、どれほど袋小路へ逃げ込もうとも突撃してくる。繊細な外見に反して兇暴な生きだ。

「ナッ、ターシャっ、このままじゃ、逃げる前に、俺たちが船から振り落とされる!」

激しい揺れにイグニチャフの舌が回らない。とても応戦できるような狀況ではなかった。

だがいていないのはイグニチャフだけ。狩人はフックのような道を固定しながら銃を撃ち、小太りもまた、砲臺にすっぽりと収まって妖に反撃をしている。

「考えなさいイグニチャフ! 絶対の指示なんて存在しないわ! 妖をエイダン隊長まで導するために、あなたが出來ることをしなさい!」

「それってつまり自分で考えろってことだろ! 責任放棄じゃねえか!」

「それなら命令するわ、弾を抱えて飛び込みなさい!」

「できるか阿呆!」

ナターシャは一つの考えがあった。エイダン隊長が持つ重火砲ならば、妖を殺すとまではいかずとも再起不能にできるはずだ。逃げ切るのは不可能。ならば特大の一撃をお見舞いしてやろう。

「――エイダン隊長、重火砲の準備を!」

通信機から響くナターシャの聲。それだけでエイダンは理解した。彼は妖きからおおよその到著地點を予測し、ヌラとネイルに砲臺の準備をさせ、自らも重火砲を構える。

「くそっ、俺だって……!」

イグニチャフは意を決して砲臺に走った。浮き上がりそうになるを気合いで我慢し、雨に濡れた甲板を転がりながら、砲臺に飛び込む。この一年。彼のは大きくなった。かつてのように、縦桿が重くて制できない、なんて醜態は曬さない。

「うっ、ぉおおおお……!」

イグニチャフはんだ。同時に、妖んだ。音の暴圧が再び襲ってくる。

右へ。左へ。揺さぶられる機船。避けられているのはリンベルの勘に近い反神経のおかげだ。

「リンベル! このままじゃ追いつかれるわ!」

「――そうは言っても限界だ! これ以上は船が壊れるぞ!」

結晶の殘骸を抜けたせいで妖の速度が上がった。おぞましい手は船のすぐ手前にまで迫っており、導は間に合わない。ドットルやイグニチャフも健闘しているのだが、妖の前では通常の弾丸など無力に等しい。

ナターシャは結晶銃を構えた。指示は出したから、後は自分が為すべきことをするのみだ。やはり隊長なんて引きけなければ良かった。自分は無心で狙う方が向いている。

「割に合わない任務だわ」

結晶銃が放たれた。

「……來たな」

暗闇でうまく見えないが、エイダンは足元から伝わる地響きから、その瞬間がもうすぐだと理解した。重火砲に指をかける。多くの戦場を共にした重火砲は傷つき、汚れ、の名に相応しい姿になった。ただでさえ銃にかかる負擔が大きいのだ。いつ壊れてもおかしくない。

「ヌラ。ネイル。砲臺を構えろ。俺に合わせて発だ」

やがて七が急速に大きくなる。ヨナキの聲は赤子のようなさがじられたが、妖びは慈悲深い母親のような聲だ。

(我が子を襲われて怒り狂ったか)

巖影を超え、結晶の影から姿を現した。

最初に飛び出したのは支援部隊の機船だ。妖手を必死に避けながら、壊れそうな勢いでエイダン達に走る。

は傷ついていた。特に手の傷がひどく、八本あったうちの二本が失われている。傷口に結晶化現象(エトーシス)の痕跡が見られることから、おそらくナターシャの結晶銃に撃ち抜かれたのだろう。

「手負いの獣ほど恐ろしい。慈悲はやらぬよ」

今一度、重火砲に火を燈す。

が熱を帯び、発的な力を今か今かと部に溜める。エイダンは大きく足を広げた。衝撃に潰されないために。

まであとわずか。手を広げ、鋭い牙がエイダンの前に広がった。夜の暗闇が妖を大きく見せる。口の奧、あれは萬を飲み込む深淵だ。

エイダンの隣を支援部隊が駆け抜けた。一瞬、白金のと目があった。第二〇小隊にはもったいない、綺麗な目だ。

「撃てッ!!」

合図の直後、落雷のような轟音が辺りに響いた。三人の傭兵が同時に発したのだ。中でも異様に大きな砲弾が妖の口に吸い込まれ、瞬きすら出來ないほど一瞬の間に、母なる妖を炎で包んだ。を焦がす熱気と蒸発する雨。重火砲が生み出す炎は、ナバイアの地形すら変えるほどの破壊力だ。

を何度もくねらせる。綺麗な聲を苦痛に歪ませ、途切れ、手を地面に打ち付けて、やがて水沒原に落ちた。特大の水しぶき。妖は炭化と再生を繰り返す。

ナターシャは燃え盛る妖を見た。その時のは、勝利した後に焼け落ちた戦場を眺めたときの虛しさとは正反対であり、また嬉しさとも違う、生きている実、つまり弱強食の自然界に打ち勝ったという達のようなものだ。

隊長として正しい指示を出せたかは分からない。仲間に気を配りながら戦えた自信もない。だが、自分の力で考え、き、結果を出した。その事実にしだけ心が満たされる。隊長なんて免だが、任されたからには頑張ろうと思う。

停止した機船の上で、リンベルと共に妖の炎を見送った。

たまに一日中パジャマで休日を過ごすと人生勝ち組のような幸福に包まれますね。右手にほろよい、左手にオレオ。ええ、書きますとも。

またね。

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