《傭兵と壊れた世界》第七十五話:夜に浮かぶ目玉

戦いを終えた調査隊はすぐに出発した。長居をすれば音にわれて新たな原生生が集まってくるからだ。

依頼人クレメンスが燃える妖を見ながら「こいつの亡骸を持ち帰れないかね?」とふざけたことを言い始めたが、聞き間違いだ、ということにして全員が無視をする。

商業船が一隻潰されたというのにクレメンスは眉一つかさなかった。彼にとって船一隻など端金(はしたがね)なのだ。たとえ十數人の乗組員が失われても、跡調査が功すれば見返りがめる。よりも金というわけである。

「自覚があるクズは歯止めがきかんな」

同期首席であり大男こと、ウォーレンは機船の廊下から外を眺めた。進むにつれてナバイアの闇は一層暗くなり、今が晝なのか夜なのかも分からなくなる。淡くる珊瑚礁。あれは火膨(ひぶく)れ珊瑚と呼ばれるそうだ。しい見た目とは裏腹に毒を持っており、れると火傷のように腫れるらしい。

さらに進んで甲板の様子をうかがうと、乗組員の男が大きな縄を巻いていた。先の戦闘で流された備品の整備をしているようだ。大雨の中をご苦労なことである。

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「俺も手伝うか。先の戦いでは何も役に立てなかったからな」

甲板の扉を開けた。強烈な風が前方から吹き荒れる。走行中の甲板は激しい揺れと叩きつけるような雨風に曬されており、気を抜くと外に放り出されてしまいそうだ。乗組員がウォーレンの姿に気付いた。

「傭兵の兄ちゃんじゃないか。この大雨だ、水浴びがしたいならオススメしないぜ」

「こびりついたを流すのにちょうどいいさ。貸しな」

男が縄を投げ渡す。腕ほどはある太い縄だ。

「あんたらが無茶な戦い方をするから、このザマだ。今度は飛んでいかないように強く縛ってくれ。コツは、そうだな、クッソタレな上を想像すると良いさ」

「あいにく、うちの上は英雄様なんだ」

男は外れかけた砲臺を固定し、自らのも飛ばされないように繋いだ。ウォーレンも彼の真似をして備え付けの砲臺を確認する。

「こんなに暗いと部品すら見えんぞ」

「勘だ、気合いだ、手探りだ」

「んな曖昧な」

傭兵として一通りの整備方法は教えられているが、夜のような暗闇によって手元が見えず、冷たい雨によって指がる狀況では作業が進まない。ナバイアの雨は容赦なく力を奪う。砲臺の固定を外そうとするも、力がうまくらずに空回りした。

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「何やってんだ兄ちゃん。図は立派なのに不用だな。きちんと整備しないと暴発するぞ」

「そうは言っても見えんのだ。封晶ランプはないのか?」

「あんなもん船が揺れたら飛んでいっちまう。無理に明かりを使うよりも、目が慣れるのを待ったほうが楽だぜ」

その後も四苦八苦するウォーレンをよそに、乗組員は整備が終えた砲臺を甲板の下へ降ろした。結晶風が當たらないように戦闘時以外は隠しておくのだ。

にわかに気溫が下がり始めた。早く終わらせねば夜風が吹いてしまう。

「どうだい兄ちゃん」

「もうしだ、先に戻ってくれ」

「おいおい、俺ぁそんなに薄もんじゃないさ。ほら、手伝ってやんよ」

二人がかりで整備を進める。手伝うつもりだったのに、これでは逆の立場だ。ウォーレンは申し訳なさそうな顔をした。

「慣れない仕事は疲れるな。整備士のありがたみを実するよ」

「そうだろうな。傭兵は傭兵の。整備士は整備士の仕事ってやつだ」

ウォーレンは船での生活を思い出した。第三六小隊ではネイルがいつも船の雑用を引きけていたが、これほど重労働だとは思わなかった。大男は心の中で謝をする。第三六小隊のネイルのように、もしくは第二〇小隊のベルノアのように、裏方と呼ばれる者達は仲間を支えるため、人知れない努力を重ねているのだろう。

表に出せば陳腐な自己顕示。出さねば、しき自己獻

(影の功労者か)

二人がかりでの整備はあっという間に終わった。息をついて立ち上がる。

「良い仕事だ兄ちゃん。これなら結晶風が吹いても問題ないだろう。夜になる前に戻るぞ」

「ちょっと待ってくれ、腰が痛いんだ。変な力のれ方をしたのかもしれん」

「ハハッ、初めて整備する奴はみんなそうなるんだ。まあ、まだ夜まで時間がある」

男は甲板の手すりにもたれ掛かって昔話を始めた。だんだんと火膨れ珊瑚のが弱くなり、辺りがより一層暗くなる。

「俺もなぁ、初めて船に乗った時はまともに立っていられなくてよ、みんなが必死に整備する中で俺だけ吐いていたんだ。昔の商業船ってのはとにかく揺れがひどくてな、慣れるのに隨分と時間がかかっちまった」

火膨れ珊瑚はナバイアで唯一の源だ。

ぼんやりと見えていた珊瑚礁の影。見上げるほど大きな巖山。それらがしずつ、夜の暗闇に飲まれていく。

ウォーレンは奇妙な騒ぎがした。夜に対する怯えとは別種の、何か。

「そんなある時だ。俺があんまりにも船酔いに弱いものだから、船長が見かねて俺を連れ出したんだ。向かったのは金融都市の地下深く。全てを失った人間が集まる奈落の都。兄ちゃんは知っているかい? カップルフルトの地下には人を捨てた化けが住んでいる」

男の口調にしずつ熱が帯びた。思い出を懐かしんでいるのだろう。

「化けはなぁ、人のを一つだけ、食ってくれるんだ。俺はその日から何も怖くなくなった。なぁーんにもだ! 夜も怖くねぇ、結晶だって恐れるに足りん! 死ぬことだって怖くない!」

舌が回る、回る、雄弁に回る。酔ったように言葉が跳ねた。

「俺はあの日、船長に連れられて地下に降りた。最初はびびったよ、何せ地面すら見えないほど暗いんだ。降りて、降りて、深い闇の底に潛って、ようやく俺は見た。なんにもない地下世界にぽつん、とな――」

前方から大きな巖山が迫った。

ゆっくりと船が進み、巖山が丁度、男の背後に差し掛かった時である。

「で(・)っ(・)か(・)い(・)目(・)玉(・)が(・)あ(・)っ(・)た(・)ん(・)だ(・)よ(・)」

男が言うと同時に、暗闇から巨大な目玉が現れた。人の背丈ほどはあろう大きさの単眼だ。ぬめり気を帯びた網がゆっくりときながら、乗組員の背中を見つめている。

(でっかい、目玉……?)

目玉が一度、まばたきをした。乗組員の男はまだ気付いていない。獲が罠にかかるのを待っているかのように、音一つ立てず浮かぶ大きな目。

ウォーレンは呼吸すら忘れて固まった。撃つべきか、逃げるべきか。その迷いはたった數秒にも満たない。が、戦場では致命的な隙。

「おい兄ちゃん、何だって怖い顔をしているんだ――」

目玉の周囲から開花するように手が広がった。そこでようやくウォーレンはき始める。銃を引き抜き、目玉に発砲。

「逃げろっ、あんたの後ろに化けが……!」

弾丸は手にはじかれた。

男は何が起きたのか理解できなかっただろう。ウォーレンだって呆然とした。乗組員の男が手に捕まり、助けを求めるように手をばしたまま、船の外へ放り出されるのをただ眺めていた。

一瞬の出來事だ。

宙に飛ばされた男に目がけて、無數の妖が一斉に群がった。妖が半明なのも良くない。腕がもがれ、腹から贓が溢れ出し、首だけになって妖に飲み込まれる。それらの景が半明な越しに見えてしまう。

これは駄目だ。

ウォーレンは震えた聲で通信機にんだ。

「――総員、急事態ッ、襲撃されている!」

ナバイアの猛攻は止まらない。水沒原を荒らす略奪者を、妖は決して許さない。

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