《【書籍化】學園無雙の勝利中毒者 ─世界最強の『勝ち観』で學園の天才たちを─分からせる─【コミカライズ決定!】》第10話 「それは"弱い考え"では?」
極妻の凄みをもって放たれた涼子の言葉は大方予想通りのものだった。
金銭での解決。獨立闘技會においては常套的な盤外戦だろう。とはいえ、他の者であればウィン・ウィンの関係になれるのだろうが、金に興味のない霧生を相手にしては分が悪い。
それを分かっていてこの提案をしてくる以上、涼子にはそれなりの事があるのだと推察できる。
「涼子さん……、それは"弱い考え"では?」
なんとしてでも目的を達するという気概のあまり、目の無い手段を選び続ければ、待っているのは敗北だけである。
霧生の言葉に、涼子が苛立ったように首を傾げていた。
「そうか? 霧生ちゃんはどうせ大した用やないやろ?」
鋭い眼差しを向けたまま涼子が言う。
今度は霧生が首を傾げる。しかし、霧生のにはチクリと何かが刺さっていた。
そうだ。提案を持ちかけられる時點で霧生にも問題はあった。
霧生がここにいる理由は、貸しのある學長に頼まれたからだ。
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學園の講師達も員されていることを考えると中々の大事だが、霧生が參加する理由としては強くない。それは否めない。
涼子は、ないやり取りでその辺りの"じ"を読み取って付けってきたのだろう。
學園の事を話すわけにもいかず、黙ってはぐらかしていると、涼子は肩を竦めて言った。
「……まあええ。それならそれで禮二に気張ってもらうだけやし。とにかく、手らかにな」
それから彼は軽く手を上げて踵を返し、名を記さないまま階段の方へと去っていく。
涼子を見送った後、霧生達も參加者の名が連ねられる古書の前から退き、出口へと向かう。
背後には涼子に化呼ばわりされ、すっかりしょげているユクシアがいた。
「おい、あれくらいでテンション下げるなよ。慣れっこだろ?」
「そうだけど。あんななら結局、キリューだけってことになる」
階段で隣に追いつきながら、ユクシアは周りに目を流して言った。
裏で生きてきた涼子の太鼓判を貰い、どうやらユクシアは、闘技會への期待を完全に霧生へ向けるつもりらしい。
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「果たして、どうだろうな」
彼もそれなりの期待はしていたようだが、今のところ、ユクシアの存在に気づいた者達が彼に向ける目はぎょっとしたようなものばかり。
《天上宮殿》でそうだったように、実力者ばかりが集う場所においてユクシアはより敬遠される存在となる。
しかし、ここにいるのは大多數が裏の人間。當然理ある者達ばかりではないし、様々な事で"後"がない人間も多く足を運んでいるだろう。例外は必ずいる。
涼子達もその例外になりうる。あの手の手合いは、目的を達するために使う手段の數が、今までユクシアが関わってきた人間とは全く違うからだ。
そんなことを考えていた矢先、階段を上がりきったところで、前から歩いてきていた白髪の年がよろめいて、ユクシアとぶつかりそうになった。
「あっ」
ユクシアが半を反らし、年もそれに合わせてを引く。
「ああ、失禮……」
「こちらこそ、ごめんなさい」
し驚いていたユクシアが年の謝罪に応じる。
それから騎士が持つような両刃の剣を腰に攜えた年は、霧生とは視線を合わせることなく、階段を早足で下りていった。
「ほらみろ。さっそく來た、ああいうのだよああいうの」
ユクシアは足元をまじまじと見つめてから階段を下りていく年を見返す。
ユクシアは今、手が屆くのかどうか試されたのだ。
つまり実力を測られた。
やはりいる。出會い頭にユクシアを試す度のある者も來ているのだ。安堵に似た高揚と共に、霧生の中にとあるが芽生える。
霧生の頬には冷や汗が伝っていた。
「ま、待て。俺は今かなりの危機……いや違うな。不安を覚えたぞ……」
「つまり?」
「おい、お前!」
問い返してくるユクシアには答えず、霧生は下りていく年を呼び止めた。
男は足をピタリと止めてこちらに振り返る。
會場では當たり前のように殺気が充満しており、參加者と思わしき人間は前哨戦とばかりに敵意を振りまいている。
そんな中、ユクシアのことを探ったこの年は、どこか雰囲気が違う。彼がゆっくりと顔を上げると、霧生と年の視線が差した。
「…………なにか?」
靜かな聲と気だるげな佇まいとは裏腹に、ギラついた目。歳は霧生達と変わらないくらいだろうか。
年からはそこはかとない圧をじ、霧生の危機はより一層強まっていた。
「俺は杖霧生だ。俺は?」
「……?」
並んで歩いている二人のうち、年はユクシアを試すことを選んだ。これは憾。これはよくない。
霧生は年に選ばれなかった焦りを顕にしつつ、拳を握りしめた。
「俺は試さなくていいのか? ってことだよ」
「……悪いけど急いでるから」
霧生の態度に対し、年はうざったそうに顔をしかめ、を背けた。
よし、パーフェクトコミュニケーション。
ここで霧生は聲を落とし、続ける。
「……そうか。じゃあせめて名前くらい名乗っていけよ」
「……ドナー」
名乗るや否や彼はさっさと階段を下りていった。
「こっちは遊びじゃないんだ……」
そして彼が小さく呟いた言葉を霧生は聞き逃さない。
「俺を覚えたな、ドナー」
去っていく背中にそれだけ告げると、霧生はユクシアに顔を向けた。
タタタと階段を下りる足音と會場の喧騒が響く中、意地の悪い笑みを浮かべる。
「アピール功。つまりこういうことだ」
霧生の真意に気がついたらしいユクシアは溜息を吐いた。
「俺とお前じゃお前の方が目立つもんな。なるほど……全然懸念してなかった。まあこれで因縁度はトントンってとこか」
霧生の構築した勝利學の中には『因縁度』という言葉がある。
より良い勝利を得るには、"その時"が來るまでに相手との関係をできるだけ深めなければならない。その數値を因縁度と言う。
隣で進行したドナーとユクシアの因縁度に、霧生は危機をじ取ったのだった。
ドナーのように、ユクシアと張り合う気のあるレベルの者はそう多くはいない。そしてそんな猛者を放っておく霧生ではないし、ユクシアにみすみす譲るなんてこともあり得ない。
つまりユクシアと霧生は、いつもない牌の奪い合いをしなければならないのだ。
「別に私はキリューがいればいいし」
拗ねた風に言うユクシア。
まさしくそれこそがユクシアの弱い考えだ。
だが、今回は改めて敵に塩を送ることもない。この調子でユクシアを出し抜いて、闘技會に魂を燃やす猛者達を霧生がかっさらう。
それが霧生の持つ勝利への熱意であり、なのである。
ニタニタと笑みを向けていると、ユクシアはスンとして歩き出す。
そんな中、しばらく足を止めたままの霧生は顎に手を當てて考えを巡らせた。
杖の流し子まで連れてきた涼子といい、この獨立闘技會は霧生がまない方向へも荒れるだろう。他にもまだまだ猛者が控えていること間違い無しである。
開場に蔓延る殺気に當てられると、熱が冷めてしまいそうになるのもまた事実。
そして、涼子が言った言葉がまだ引っかかっていた。
『霧生ちゃんはどうせ大した用やないんやろ?』
だから?
──いいや、否、その通りである。
獨立闘技會は學長の頼みでやむを得ず參加した大會だ。後には祖父も控えており、道中の軽い頼まれ事くらいに考えてしまっていたのは否定できない。
大した用じゃないから勝ちを譲れ。
そんなふうに勝利への意を侮られて気がついた。
霧生にも弱い考えがあった。
ユクシアも、アドレイも、禮二やドナーも、れなくこの手で砕するのが理想なきなのだ。
にもかかわらず、一番の強敵と仲良く並んで散歩気分でいれば、それは侮られて當然。弱い考えを見抜かれて當然である。
この大會に臨む霧生には、まだまだ熱が足りていない。楽しむ準備ができていない。
明後日のけ付け終了までは時間がある。
も心も溫めるには十分な時間だ。
「どうしたの? いくよ」
先に進んでいたユクシアがこちらに振り返って言った。
「ああ。行こうか、サウナへ」
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