《傭兵と壊れた世界》第七十七話:跡を目指して
機船と螺旋貝の追いかけっこが始まった。螺旋貝はナターシャが出會った中でも最大級の長を誇り、作こそ緩慢であるものの、しいただけで大地が地響きを立てる。そうして生まれた波が機船を何度も揺らす。
先頭は変わらず第三六小隊だ。彼らが調査隊を前へ、前へと引っ張る。
「臆せず進め! 所詮は貝だ、機船の足には追いつけん! ヌラは迎撃、エメは商業船と連絡を取れ!」
「――エイダン隊長、前から妖の群れです!」
「押し通れば良かろう!」
重火砲から火のが舞った。たて続けに放たれた砲弾が発し、辺り一面を硝煙が包む。妖たちが放つ極も相まって荘厳な景だ。
「面白くなってきたではないか! 見よあの姿、まことに奇怪! まさか船よりも大きな生に追われるとはな!」
「楽しそうなところを悪いですが、速度を上げすぎです。商業船がついて來れません」
忠告したのはエメだ。冷靜な聲とは裏腹に、彼は甲板から振り落とされないよう必死に柱を摑んでいる。二人が並ぶと、大人と子どものような格差だ。
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エメはご立腹であった。重火砲のはエイダンのにも多大な負荷がかかり、不測の事態であればいざ知らず、ヌラや支援部隊もいる現狀でエイダンばかりが矢面に立つというのは腹立たしい。衛生兵として隊員の無茶は看過できないのである。
「先頭に立つ我々が一番損耗するというのに、他の船から援護がないのはどういう了見ですか。そもそもウォーレンは何をしているのです。彼も第三六小隊の一員なら妖の一匹でも撃ち落としてみなさい」
「落ち著けエメ。ウォーレンは初めての足地だ、戸うこともあるだろう。それになくとも支援部隊の小娘は援護しておる」
「結果として隊長に負擔が掛かっているのなら同じです」
ぷりぷりと怒る彼をよそに、ふたたび重火砲が放たれた。機船に降りかかる特大の火の。エメが目を見開いて「言っているそばからあなたは!」とぶ。
「俺の役目を奪うなエメ。負擔になる? そんなものは百も承知。第三六小隊の隊長とは誰よりも前に立つものだ。他人の影に隠れる英雄は存在せん。たとえここが地獄の底だとしても、我がで萬を砕いてみせよう!」
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「分かったから重火砲を撃たないでください!」
エメの細腕では英雄を止められず。極大の炎は二度、三度と燃え上がる。
後方では別の戦いが繰り広げられる。決してナターシャたちは重火砲の発を眺めていたのではなく、背後から迫る螺旋貝の対処をしていたのだ。螺旋貝から出される針は見てからでは避けられない。そしてリンベルは結晶や珊瑚を避けるのに必死で後方を確認する余裕がないため、ナターシャが狀況を伝えつつ、螺旋貝の針を構えたら狙撃で逸らすという綱渡りのような狀況を強いられていた。
「でかいのは私がやるから他をお願い! 商業船からも目を離さないで!」
ナターシャの聲が屆いているかも怪しい狀況だ。
殘りの隊員は他の原生生が船に近寄らないよう牽制した。船を襲うのは妖だけではない。水中から溶け出すように現れるヨナキや、甲板に飛び乗ろうとする珊瑚憑き、もしくは名も知らぬ原生生たち。
ナナトは暴れ馬が如き砲臺を摑む。ナバイアの暗闇が晴れて視界が良くなった反面、目の前に広がる原生生の群れに冷や汗を流した。
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「ちょーいと隊長さんー! 數が多すぎるとは思わないかい! まるでパーティー會場みたいだよ!」
「パーティー……あぁ、早く帰って遊びたいなぁ。僕の夢はたくさん稼いでの子たちと一日中遊ぶことなんだ。なのにここは豪華な會場じゃなくて化けひしめく足地、周りにはむさ苦しい男ばかり」
「口よりも手をかせって隊長さんに怒られるよ?」
「みくびらないでくれナナト、僕は手もかしている」
ドットルは用に泣きながら砲臺を縦する。流石は元軍人だけあって落ち著いているようだ。蔵がひっくり返りそうな揺れをともせず、船に群がる原生生を退ける姿は一種の頼もしさがじられた。えたのおかげだろうか。揺れに合わせて大きなお腹が跳ねる、跳ねる。
ナナトも負けておらず、ドットルのように恵まれたを持っていないが、狩人としての経験、もしくは持ち前の平衡覚によって原生生を撃退する。
彼のに恐怖はない。狩人に生まれたナナトにとって、仲間と共に足地を走り回ることがこれから先、何度あるだろうか。彼は聡明だ。自分が傭兵を卒業して一族に帰ったとき、外の世界から隔絶されるのを理解している。それが狩人のしきたりであるが故に、たとえ化けのような原生生に追われようとも沸き上がる高揚を抑えられない。
「楽しいねえ、わくわくするねえ。任務をけて良かったと心の底から思うよ! ってくれてありがとうイグニっち、君に最大級のを捧げよう!」
「楽しいわけあるか! てめえのなんざ、のしを付けて返すぜ……!」
件のイグニっちは必死の形相だ。
「そうは言ってもイグニっち、來ちゃったもんはしょうがないよ。世の流れってのは抗うほどがんじがらめで苦しくなるもんだからさぁ、を任せて楽しむのが良いさ」
「を任せたら食われそうだからんでんだよ!」
言ったそばから大口を開けた妖がイグニチャフを襲った。船の死角に隠れていたのだろう。突如現れた妖を前にイグニチャフは混する。支離滅裂な言葉をぶ元神父、その中には神へ救いを求めるような言葉も混じっている。
イグニチャフの目の前で妖がぜた。もちろん神ではなくてナターシャの狙撃だ。
「よほど腹をすかせているのね。イグニチャフを食おうとするなんて悪食もいいところだわ」
「助かったぜナターシャ! ついでに聞くが、俺たちはこの悪夢のような追いかけっこをいつまで続ければいいんだ!?」
「クレメンスが跡までもうすぐって言っていたわ。まぁ、足地に地図は存在しないからあまり信用できないけど、ナバイアにってからの日數を考えればそう遠くないはずよ」
周囲の地形はしずつ変化しており、先ほどまでは腰ほどまで水に浸された原だったが、今は白化した珊瑚によって形される陸地を走っていた。機船の足が珊瑚を踏み砕き、小気味良い音が鳴る。雨は相変わらず延々と降り続けているが、水沒原の中心に近付いているのは確かだ。妖たちの発が雨粒に反してなんとも幻想的な景を生み出した。
もっとも、ナターシャたちに景を楽しむ余裕はない。水場から離れたためヨナキの姿はなくなったが、空を舞う妖は絶え間なく襲い掛かり、気を抜けば螺旋貝の毒針が雨をうように飛んでくる。商業船の被害がないのは幸運だ。第三六小隊と支援部隊が挾むようにして依頼主を守っていた。
螺旋貝の毒針が船をかすめ、打ち上げるような揺れがナターシャたちを襲う。
「きゃっ、當たったわリンベル! 針が當たった!」
「――分かっとるわ! 機船の足が多くて良かったな! 運が悪けりゃ橫転していたぜ!」
船はなんとか持ち堪えた。だが幸運は二度も続かない。再び通信機から焦ったようなリンベルの聲が聞こえる。
「――斜め前方にいる螺旋貝を撃ち抜いてくれ! あいつの針は避けられない!」
機船よりもずっと前、ひらけた丘のような場所に一回り大きな螺旋貝が鎮座する。船を狙ったのもこの螺旋貝だ。
(距離が離れているせいでエイダン隊長からは狙えないのね)
なるほど、ナターシャの結晶銃でなければ対処できないわけだ。
ナターシャは銃口を上げた。揺れる機船、弾道を狂わせる雨、地面からびる結晶の柱と白化した珊瑚礁。狀況の悪さを比較するならば、ラフランの時計臺から聖代行を狙撃した時といい勝負だろう。今回は指がかじかんでいない。心の落ち著きも悪くない。
細く、長く息を吐いた。ナターシャの癖であり、狙撃に集中するときに行なう決まった手順だ。肺の空気をすべてれ替えることで脳が切り替わり、彼の意識は標的にのみ向けられる。
「まずいぞナターシャ! 妖の數が減るどころか増えている! このままじゃ俺たち逃げられないぞ! 聞いているのか!?」
瞳孔が閉まる、閉まる、まだ閉まる。周りの報を遮斷して、全神経を狙撃のみに集中させる。仲間の聲すら不要。彼は待った。船の揺れが収まる瞬間。自分と標的が一直線上に並び、遮るものが何もなくなる瞬間を待った。
今だ。
ナターシャは考えるよりも早く指をかした。銃口から飛び出した結晶弾は雨水をくぐり、珊瑚礁の網目を抜けて、螺旋貝の瞳に命中した。
「よし……!」
彼は思わず拳を握り締める。螺旋貝は言葉にならない悲鳴をびながら倒れた。巖山が橫なぎに迫る景は圧巻であり、螺旋貝の貝殻は數多の珊瑚と妖を巻き込みながら丘を下った。
商業船は既に丘の中腹まで登っているため大丈夫だ。しかしナターシャの船は未だ下方。このままでは機船も巻き込まれるだろう。
「跳んでリンベル!」
「――屆くのか!?」
「大丈夫!」
機船がぐんぐんと速度を上げ、珊瑚の殘骸が辺りに飛び散る。複雑な地形は小さき者たちの味方だ。巖を足場にして結晶の柱に飛び移り、さらに斜めの坂を駆け登って宙に躍り出た。
機船が空を駆ける。
これでようやく、かすめるか否かという程度。螺旋貝の巨は轟音を響かせながら足元を転がり、衝撃波のような風圧が機船を揺らした。
「はは、あっはは、跳べたじゃない!」
ナターシャはフードを抑えながら笑う。やれば出來るではないか。
彼につられてナナトやドットルも笑みを浮かべ、唯一腰を抜かしていたイグニチャフは「ついにナターシャまでおかしくなった!?」と衝撃をける。
流れが変わるのをじた。このままいけば悪夢が晴れる。ナバイアの雨を越えられる。
著地と同時に船は駆け出した。丘の頂上まであとし。なおも妖は追い縋るが、螺旋貝を下した自分たちの敵ではない。
「跡まで逃げきるわ! 全員構えて!」
壊れそうな勢いのまま丘の向こうへ飛び出した。
來週は予定があるのでお休みします。この前も休んだだろって? お盆はノーカウントですよ。
書き溜めは鋭意執筆中。筆者のふんばり次第では年に書き終えそうです。これからも楽しんでいただければ!
またね。
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