《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-18:形見

サフィが外へ出ると、春の風がざあっと渡っていった。

小人の低長から世界を見上げ、大きく、小人にしては大きく、びをする。を包み込み、風が緑髪をなでた。

「いい天気!」

地下もいいが、外もいい。とりわけ春は格別だ。

そして、それを再びじられるようにしてくれたのは、あの角笛の年である。

――役に立ってやらないとね。

リオンは1人でベンチに座っていた。

歩み寄ってから聲をかける。

「リオン」

いつも、話すたびに言わなくていいことまで言ってしまう。

この年の前に出ると、頭が火照(ほて)ってしまうのだ。黒小人(ドヴェルグ)のか、鎚を振るっている時はわずかでも落ち著いていられるのだが。

おかげで、サフィがリオンと話すときは鍛冶をしている時が多かった。

今回も、落ち著くのに『仕事』に頼る。

サフィは年の姿を上から下まで検分した。

アーマーも、ガントレットもブーツも、壊れたり鋲が緩んだりしたものはなさそうである。

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ただ、頬には真新しいり傷。

「……アタシ見てたけど、ずいぶんやられてたね」

トール神の容赦のなさに、サフィはを尖らせる。

リオンはりむいたところを気にしつつ、恥ずかしそうに笑った。

「あれでも戦えている方なんだ。やっぱり神様ってすごいよ」

サフィは苦笑した。

この年は、他の人をすごいと言ってばかりいる。ただの年が神様にじって戦おうというのだから、もうを張っていいとも思うのだが……。

「そ。武や防は平気だった?」

リオンは『青水晶の短剣』を鞘から抜いた。

「うん。ありがとう、サフィの剣がなければ、もっとやられてた。魔法文字(ルーン)を刻み直してもらってから、きが速いような気がする」

「そりゃ、ね。アタシが刻むルーンは、黒小人(ドヴェルグ)でも一級品だもの」

緑髪を揺らしてサフィは得意がった。

すぐに鍛冶師と冒険者という立場で會話をしてしまうのも、サフィが切り出せなかった原因だろう。

會話が終わって、沈黙がやってきた。

リオンは青の瞳をサフィへ向ける。

「……どうしたの?」

どきりとした。

もう用はない。鍛冶師としては。

「あ、えっと――」

しばらく口を無意味に開閉する。何を言うべきか、何を言わないべきか、頭の中を言葉がぐるぐる回った。

リオンは心配そうに水筒を傾ける。

――気持ちを。

仲間に、『あんなこと』を言われたせいだろうか。口からぽろりと質問が飛び出した。

「好きな人っているの?」

リオンは、ぴたっと靜止した。

「……リオン?」

年の背中が震えている。

そして盛大にむせ返った。飲みかけた水が変なところにったらしい。

「ご、ごめん。まさかそういうことを聞かれるとは思ってなくて……」

「あ、あたしも……」

口に出した言葉は取り消せない。ふわふわと漂った言葉はどちらも拾いようがなくて、雲みたいに會話の中で浮いていた。

どっちも目が泳いでいる。リオンも真っ赤だし、サフィも真っ赤。

どうすんだ。

「ど、どうしたの? 急に……」

「え、うん……」

アタシは馬鹿かという言葉を、サフィは100回は心で繰り返した。

リオンは真っ正直に、腕を組んで考えている。

「ぼ、僕は――わかんない、かな」

そうだった、リオンは素直になんでも答えるやつだった。

誤魔化しとかではなく、本心で、そう思っている。

「……そう」

「うん……」

しかしリオンが答えたなら、サフィは言わなければいけない。自分で自分を追い詰めた形になり、今になって、決意が萎えそうになる。

そうだ、アタシは――。

口が勝手にいた。

「わかんない、って言った?」

リオンはしっかりと頷いた。

「……うん。わかんない」

春風が渡っていく。

年は『わからない』と言った。

素直な彼は、いないなら『いない』と言っただろう。

リオンの橫顔はまだ赤い。でも視線は下を見ているようでも、上を見ているようでもなくて――あえていくなら、太(・)(・)から降り注ぐを追っているようでもあった。

春、やっぱりあまり好きじゃないかもしれない。

こんな時でも花の匂いがする。

サフィは、どうしてか笑えた。

「ふーん。アタシは、リオンのこと好きだよ」

リオンがびっくりした顔でこっちを見る。サフィはにっと笑ってやった。

「……えっ。え!?」

「でも、平気」

ばしっとリオンの背中を叩く。

「平気ってことにする。薄々は気づいてたけど……神様を大事にね」

サフィはすたすたと歩いて、訓練所を後にする。すれ違ったトール神が不思議そうな顔をしていた。

聖堂の近くまで戻ると、金が空から降りてくる。

「む? サフィか」

をまとって、現れたソラーナは神々しかった。

この人もサフィの様子がいつもと違うことに気づいてるのだろう。

おそらく目が潤んでいて、頬は赤いままだから。

サフィは苦し紛れに言った。

「どうしたの? リオンの傍にいないのね」

「うむ……太し気になってな。離れていたのだ」

ソラーナは空を見上げてから、心配そうに腰をかがめる。

「どこか痛むのか?」

大きな目とすっと通った鼻筋が、やっぱり神様なんだなぁ、と思わせた。

「多のことなら加護で癒せるぞ」

サフィは首を振る。

聖堂のには誰もいない。ここにいるのは、ソラーナとサフィだけだった。

黒目がちの瞳で、サフィは神の目を見據える。

「……神様、リオンのこと好きなの?」

今度は、ソラーナがぽかんとする番。

今までの仕返し――というより、これは八つ當たりというべきだろうか――とばかりに、サフィは神にもまっ正面から問いをぶつけた。

ソラーナはしばらく固まっていた。

やがて金の瞳が泳ぎ、頬が赤くなっていく。神は自分の異変に困するように、手で顔をぺたぺたった。

「む、むむ。なんなのだ、これ……熱くて、がもやもやする……」

を包む輝きが、強まったり弱まったりしている。

サフィは噴き出した。

あの時、自分を助けてくれたリオンは紛れもなく英雄だった。自分はおそらく、英雄にをした。

そして英雄は――神に見初められてこそなのだろう。

「アタシは言ったからね」

「え? え……?」

「ちょっと、すっきりした。まぁ、完璧に幸せってわけじゃないけど……悪くないわ」

サフィは手を振ってソラーナへ別れを告げた。

「神様も急いだ方がきっといい。終わりが近いならね」

そう言い殘して、サフィは角を曲がった。走り出す。後悔とか、迷いとか、そうしたあれやこれやに追いつかれないように。

走って、走って、さらに走った。

どん、と誰かにぶつかる。

「ん? サフィじゃねぇか」

ミアである。

涙が遅れてやってきて、サフィはしばらくミアに泣きついた。

サフィが去ってから、僕はしばらく直していたと思う。『好き』ってサフィの口から、直接、聞いた。

金鎚で頭を――いや心臓を思い切り叩かれたように、が激しく鳴っていた。

「あれ……どういう……?」

サフィは笑って去っていたけど、わずかでも辛そうに見えた。そう思うと、僕のもズキリと痛む。一方で、追いかけちゃいけないことだけは、湯だった頭でもなんとなくわかった。

それはきっと――不誠実なことのような気がする。

視界の端が明るくなった。

ソラーナがふわりと僕の傍へ降り立つ。

僕は、ソラーナの様子もし変なことに気が付いた。いつもは真っすぐに僕を見るのに、今ばかりは顔を伏せている。頬も、妙に赤い。

「む。リオン、か」

「……どうしたの?」

僕、変だ。口がうまく回らない。

神様は言った。

「なんでもない」

――神様は、時たまこう答える。

ずっとずっと繰り返されてきた決まり文句。それで會話を終わらせるのが、いつの間にか僕の逃げ道になっていて。

僕は膝に置いた両手をぎゅっと握る。

もう、向き合う時だ。

「なんでもないわけじゃ……きっとないよ」

ソラーナがはっと僕を見た。

戦いでいえば、直した戦況で、一歩こっちから踏み込んだようなものかもしれない。

僕とソラーナはお互いに真っ赤。2人で視線を合わそうとして、それだって數秒ももたなくて、どっちも下を向く。

何でもないはずがない。

こんなこと、今まで――なかったもの。

「……そうだな」

神様は顎を引く。僕に向けられたのは、頬をわずかに引きつらせる、ささやかな微笑。

いつもの輝くような笑顔とはし違って、大人びてて、僕の頬はまたいっぱいいっぱいに上気した。

「わたしも……きちんと向き合うよ。こういう時のやり方を……実は、君の妹から聞いていてな」

「る、ルゥから?」

「うむ」

神様は指を立てて、びっくりするような提案をした。

……ルゥ、こんなこと考えてたなんて。

お読みいただきありがとうございます。

次回更新は9月1日(木)の予定です。

(1日、間が空きます)

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