《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天に後宮を駆け抜けます〜》1.とある夜のこと

読家、日々是好日」が書籍化されます!

第三章は、明渓が実家にプチ帰省します

今夜も雪が深々と降っている。暖石を昨晩より増やそうかと考えながら、明渓(メイケイ)は居間の窓掛(カーテン)を締めた。ちらりと見えた庭に數個のかまくらがある。どうやら皇居で流行り出したらしい。

「十二伽藍巡りですか」

白蓮がお茶を飲みながら呟いた。

今夜、居間の長卓(テーブル)を囲んでいるのは、朱閣宮(シュカクグウ)の主である東宮、隣に第二皇子青周(セイシュウ)、向かいに第四皇子の白蓮(ハクレン)。第三皇子の空燕(コンイェン)は昨日船で異國に旅立ちこの場にいない。

「そろそろお前にも參加してもらいたい。知っての通り先の帝が國中に疫病が流行った際に、各地に十二の伽藍を建て祭祀を行った。建てたを放って置くわけには行かないので、皇族が手分けしてニ年に一度參拝しているのだが……」

そこで東宮は言葉を切り、額に手を當てため息をついた。

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「今年も(・)空燕が逃げた」

「「…………」」

青周と白蓮は珍しく顔を見合わせ、舌打ちをした。

「帝も最近は俺に仕事を丸投げ……いや、任せて頂く事が増え、中々皇居を離れられない。青周だけでは限界がある故、今年からは白蓮も參加とする」

「……東宮が政をしているのは今に始まったことではありませんよね。よもやと思いますが、重の香霊(シャンリー)妃の側にいたいために私に十二伽藍巡りに參加しろと仰っている訳ではありませんよね?」

珍しく白蓮が鋭い問いを投げかけた。

東宮の眉が僅かに上がる。

十二伽藍巡りは大変煩わしい。當初は一日で終わっていたが、地元の有力者が皇族を出來るだけ引き止め自分達を売り込もうと畫策し始めた。そのため、今では三、四日ほどかけて行われるようになつた。連日の接待は寧ろ疲れる。夜ぐらいゆっくり休みたいのに寢所にると見知らぬがいたりもする。うっかり手を出そうものなら、後々面倒になるのが目に見えており、あの空燕でさえ十二伽藍巡りは嫌がる。

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明渓は會話を聞きながら自室へ戻る機會を伺った。どうもこれ以上ここにいるのは良くない、背筋に走る悪寒がそう警告してくる。

しかし、くるりと踵を返したその背中に、容赦ない言葉が飛んできた。

「明渓、お前は確か寅の伽藍の縁者だったな」

その言葉に白蓮と青周の肩がピクリと揺れる。

伽藍には十二支の名前がつけられている。作られた際、地方役人としては地位が高かった明渓の祖父は虎の伽藍の大僧に任命された。祖父の子は三人。長兄が後を継ぎ、長は武に嫁ぎ、末子の明渓の父は文をしている。長兄は數ヶ月前になくなり、今は明渓の従兄弟が若くして跡を継いだと聞いている。

しがない地方役人の娘が、帝の妃嬪としてできたのはこの縁があったからだ。

「春節を過ぎたのにまだ里帰りをしていない。この際、青周と一緒に十二伽藍巡りに參加してくれないか。それから、白蓮、お前も青周と一緒に行って作法を學んでこい。次からは一人で行かせる」

東宮は考えた。如何にして弟達に十二伽藍巡りを押し付けるか。そして結論づけた。目の前に人參をぶら下げれば良いのだと。

明渓の縁者が大僧をしている伽藍に青周と明渓が行くとなれば、必ず白蓮もついて行く。一度參加すればあとはずるずると引き込み、伽藍巡りを弟二人に任せる。そうすれば、妻の側にずっとれる。完璧な計畫だ。

にこにこと笑いながら手招きをする東宮。明渓は深いため息をつくと、重い足取りで長卓へと向かった。

「移も含め十日程だが、里帰りゆえもうし長居しても良い」

「あの、以前東宮にはお話致しましたが、家族には私が侍になったことを知らせておりません。帰省すると驚くと思うのですが」

「ならば妃嬪として帰省すれば良い。信頼のおける妃嬪が帝の許可を得て、地方の祭祀に加わることは今までもあった。大抵はその妃嬪の故郷で行われる祭祀で、久々に家族と會う機會を持たせようという帝の気遣いによるものだ」

確かにそのような話はある。しかし、それは生涯後宮で過ごすであろう帝のお気にりの妃に、たまには親の顔を見せてやろうという意味合いのものだ。下級妃嬪としてした明渓には縁遠い話。そんな待遇をされたら帝のお気にりになったと両親に誤解されかねない。

になったとバレると呼び戻されて結婚をさせられる。

帝のお気にりと誤解されると、実家に帰れずずっと侍として働くことになる。

どちらでも、『蔵書宮の本を読み盡くして実家に帰る』を目指す明渓にとってよろしくない狀況だ。

「お心遣いに謝いたします。しかし、妃嬪時代の裝は手元になく、帰省のためだけに仕立てるのは無駄かと思います。私のことは気になさらず、青周様、白蓮様のお二人で行かれてはいかがでしょうか」

(三人の皇子が皇居からいなくなれば、読書の時間が増える)

何かと呼び出され、巻き込まれて、この數ヶ月忙しかった。ちょっと一人にしてしいところだ。

「明渓の妃嬪時代の裝なら全て玄狼(ゲンロウ)宮にあるぞ」

「「「!!?」」」

白蓮の思わぬ発言にその場の空気が凍りついた。

「……あの、どうして私の裝を白蓮様がお持ちなのですか?」

「朱閣宮の侍から処分すると聞いて預かったのだ。また必要になるかも知れないだろう?」

明渓は二歩後退りした。

「私、聞いていません……」

「そうだったかな? なに、気にするな。時折蟲干ししたり、埃を払ったり手れはしてやっているぞ」

「……それは侍にさせているのですよね?」

「まさか、明渓の服だ。例え侍といえどもらせたくないから、俺が一枚一枚手に取って…………って、ちょっと待て! どうして遠ざかるんだ!?」

既に五尺ほどの距離にまで離れた明渓に驚いて白蓮は立ち上がった。明渓の白蓮を見る目はかつてないほど冷たく、背後には氷の結晶の幻さえ見える。

「白蓮、とりあえず表に出ろ」

青周が立ち上がる。並々ならぬ殺気をこちらも背後から漂わせる。

し事を聞かねばならぬな。それから青周、気持ちはわかるが鞘にかけた手はとりあえず離せ」

東宮が額に手を當て、二人に座るよう促した。白蓮は首を傾げながら、青周は顳顬をぴくつせながら腰をおろす。

「白蓮、他人のを奪うのは犯罪だ」

「預かっていただけですよ」

「とりあえず返そうか」

「えっ、でも朱閣宮は子も生まれ必要な部屋が増えます。私の宮は使っていませんからどうぞ明渓の裝部屋にしてください」

第三皇子の宮をなぜ侍裝部屋にするのか。

「それにあの部屋は明渓の香で満たされていて、一日中あそこでいると……」

「「ちょっと待て!!」」

今度は東宮も立ち上がった。二人の兄に見おろされ目をパチクリする白蓮に明渓が近づく。

「白蓮様、ちょっと今から剣のお稽古をいたしましょう。表に出てください。それから東宮、使っていない西の置ですが」

「ああ、全て好きにしろ」

明渓は汚泥に潛む蟲ケラを見るような目を白蓮に向ける。それを白蓮は潤んだ目で見返す。

(今宵こそ徹底的にやらねばならない)

明渓は部屋から持ち出してきた用の模造刀を月明かりに照らしす。

ギラリとる模造刀に、懐かしいその顔が浮かんだのは先程聞いた里帰りのせいだろう、そう思った。

できるだけ毎日16時ぐらいに投稿しようと思います。

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