《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》室と火の玉.3
「さて、では教えてやるか」
形のよいの端を上げながら、青周が明渓の後ろに立つ。飛去來(ブーメラン)を持つ明渓の手を握り、ビュっと勢いよく墓地に向けて投げる。
飛去來は程よい場所で向きを変え、明渓の手元に戻っくる。青周は握っていた手を離して前に立とうとすつも、明渓に制されを引いた。明渓は両手をばし、しよろめきながら戻ってきたそれをけとめる。
「できました!!」
この娘が無邪気に笑うのは珍しい。だから、青周の頬が緩むのも仕方ない。
「あぁ、あと何度かすればコツを摑めるだけろう」
目を輝かせながら頷くと、今度は一人で投げる。青周は、し下がった場所で夢中になっている明渓を目を細め楽しそうに見ていた。
暫く投げ続けたあと、明渓は、はたと今日しなくてはいけないことを思い出した。戻って來た飛去來をに抱えて青周のもとに小走り行く
「青周様、仏殿で調べたいことがあるので、春蕾を呼び戻しても良いでしょうか?」
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「産探しが?」
「いえ、火の玉の謎を解きます」
「……それは初耳だな。お前のもとにはいろんな話が持ち込まれるな。とりあえず一から教えてくれ」
「……なぜ持ち込まれかが一番の謎です」
私は靜か本當を読みたいのだ。明渓がぼそりと呟くと、大きな手で頭をでられた。
明渓は白蓮の話を省いて、火の玉について一通りの説明をした。果たして、聞いた青周は、それなら俺が一緒に探すと言い始めた。
「今日の祭祀は終わった。明渓に伽藍を案してもらっていることにすれば良いだろ」
「ですが、青周様お疲れではございませんか」
見上げる青周の目の下には薄っすらとクマができている。祭祀とはそんなに大変なものなのだろうか。
「春蕾兄もこの伽藍に詳しいので、ご無理なさらないでください」
青周を連れて行くのに憚る場所がある。ここで引き下がってくれないかと期待する。
「あの男とは隨分仲が良いのだな」
「従兄弟ですから」
「故郷に帰ったらあの男と一緒になるのか」
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「うっ、……それは誰から聞きましたか」
気まずそうに上目遣いで青周を見る。明らかに不機嫌な丈夫がそこにいる。
「この伽藍堂は地の武と都から來た武で護衛されている。噂好きはだけではない」
なるほど、これが空燕(コンイェン)が言っていた絡まった報網かと思う。いつものことながら迷な話だ。
「そういう話はありますが、親や周りが勝手に言っているだけです」
「だが、結婚なんて案外そういうものだろう」
それを、あらゆる高の娘の縁談を斷っている人間が言うか、と心の中で愚癡る。
黙り込んでしまった明渓を見て、青周はふぅとため息をつくとくるりと背を向けた。
「とりあえず仏殿に行くぞ」
「……はい」
明渓達がいたのは法殿の裏。仏殿まではあっと言う間に著いてしまう。そんな短い時間では良い言い訳が浮かばない。袂にれた金屬の重みをじながら、どう誤魔化そうかと考えたけれども、無理だと判斷した。
(青周様なら本當のことを話ても大丈夫……な気がする。私は白水晶の件も黙っているのだ。これでお互い様ではないか)
ここまできては開き直るしかない。
仏殿の一階、大きな仏像がある前には沢山の燭臺が並んでおり、右手には蝋燭が置いてある。參拝客は自由に蝋燭を手にし、燭臺に刺せるようになっている。雪深い今は參拝客もなく、蝋燭は數本しかない。
明渓は當たり前のように蝋燭を手にし、近くに置いてある燐寸で火をつけ、燭臺にさした。ここに來た時はいつもしている。
「やはり住職の縁者だな」
妙に心する青周に、明渓は居心地悪そうな表を浮かべる。
「それで、仏殿のどこを調べるんだ?」
「二階でございます」
「? 二階は鍵が掛かっていると聞いたぞ。しかもひとつひ役人が持っているんだろう?」
明渓は気まずそうに頬をポリポリ掻きながら袂からそれを取り出した。
「それは」
「二階の扉の鍵でございます」
「…………盜んだのか?」
「…………………複製しました」
「はぁ、前言は撤回する。お前に信仰心を求めたのがそもそも間違いだ」
ため息をつく青周。明渓はそれを見ぬふりをしてとりあえず二階へ続く階段へと向かった。
二階には古い書や巻がある。蟲干しの時に目にするも、読むことはおろかれることも許されていない。
「どうやって複製したのだ?」
「十歳ぐらいの時です。その時鍵を持っていた役人が、たまたま父の知人だったので、鍵を見せてしいと頼みました」
役人は自分の前だけなら、と鍵を渡してくれた。それを見た春蕾が橫から役人に話かける。役人の注意が逸れた隙をついて持っていた粘土にそれを押しつけた。同様のことを祖父が持つ鍵にもした。こちらはもっと簡単だった。
「それで、それを刀鍛冶の元に持って行き型から鍵を作ってもらいました」
「良くその刀鍛冶は手を貸したな」
「子供の遊びの延長だと思ったのでしょう」
話しながら階段を上り、件の扉の前に辿り著く。
明渓は手慣れた様子で鍵を開けていく。
「何度もっているな」
「一、二回ですよ」
「噓をつけ。一人でか」
「春蕾も一緒に。でも、ここ數年はっていません」
「全て読み終わったのだな」
(なぜ分かる)
苦蟲を嚙み潰したような顔を隠しながら扉を開けると、明渓の記憶と異なり部屋は散らかっていた。いや、荒らされていた。
「これは……荒らされているのか?」
「はい」
奧の棚の引き出しと戸棚が全て開けられ、中が出されている。本は売れないと判斷されたのだろう。雑に隅に積み重ねられていた。
「何が取られたか分かるか?」
「多分、寶玉と銅鏡、あと小さな仏像數でしょうか。槍や盾もなくなっているかも知れませが、そこは春蕾の方が良く知っていると思います」
本以外は興味がないので良くは分からない。武なら春蕾の方が詳しい。武を手に取り眺めたいがためだけに明渓に加擔したのだから。
明渓は悲しそうに、踏み荒らされ積み上げられた本の山から巻を手に取る。シュルシュルと広げたところで手が止まる。
(よりによってこれか……)
巻は外側は全て同じ柄。開けてそれがこの地の風土記だと知った。書かれてのは白蓮が怖がっていた火の玉と手形の逸話。
「これは、梨珍が言っていた話か?」
「耳元で囁かないでください」
後ろから青周が覗きこむ。
「どれどれ……」
「私の肩越しに読まないでください。ちょっ、離してください」
腰に回された腕を解こうともがくと余計に締め付てくる。男の力で後から抱きしめられては逃げられない。
(鳩尾に肘を打ち込んだら不敬罪になるのだろうか)
理不盡な話だ。
「この話は本當なのか?」
「まさか、この手の話には理由があります。例えば人に海に引き込まれる、ならその付近に離岸流が流れていたり、魔が出ると噂の窟は有毒な空気が溜まっていたり。これもその類です」
青周の腕を引き剝がそうとしながら答える。
「的にどういう意味だ?」
「あの辺りは川沿いに溫泉が湧きますからね。覗き見しようとした男衆が、燈りを向けられ慌てたあげく、足を流れに掬われ溺れかけた。そのあたりではありませんか」
案外、覗くな、という戒めをこめてが流したのかもしれない。そして、背後の貴人にも何か戒めが必要だと思う。
「火の玉は提燈の燈りか、月のが反したのでしょう」
「では、手形……」
その時ガタリと音がした。見れば外回廊に続く扉が風で開いたようだ。開きの扉の前、三寸ほどの所に小さな仏像が転がっている。
「扉が壊されているようです」
今だ、とばかりに腕をふりほどき壊れた扉に近づく。
「風で扉が開くと目立ちますから、側に重石代わりに仏像を置いたのでしょう。外に出てから腕だけ部屋にれて仏像を置かざるおえないので、し隙間ができますが、遠目には分かりません」
部屋側から出りしたなら扉をピタリと閉めた狀態で仏像を置ける。やはり族は外からったのだ。
そのまま外に出ると、目の前にあるのは山門。
「外回廊の上まで屋が張り出ていてよかったな。雨や雪が室にっていればもっと中は荒れていただろう」
青周が見上げながら呟く。特に際立った裝飾のない屋がずいっと張り出して、外回廊の四隅に建てられた柱がそれを支えている。
明渓は左に進むと、背びをして柱を上から下まで見る。
「こっちじゃない」
ぶつぶつと呟きながら次は右側の柱へ。
すると、明渓のぐらいの高さに目當てのを見つける。思わず口角が上がる明渓を見て、青周がつつっと寄ってくる。
「これを探していました」
そう言って、それを指差し、次いで山門を指差す。そのあと、し挑戦的な目でツイと青周を見上げた。
「分かりますか」
「……ふむ、なるほど。これは俺でも分かったぞ」
「できますか?」
「できる。お前はまだ無理だ」
できる気がする。帰るまでに試そうと明渓は思った。
「それでどうやって捕まえるんだ? とりあえず補拿して吐かせてもよいが」
「それでしたら、既に種は仕掛けています。今夜にでも春蕾と一緒に捕らえます」
「ほぉ、仲が良いんだな」
「………」
なんだかジトっとした視線が絡まりつく。ほっとくと本當にその腕に絡めとられそうな気がして、明渓はその視線をすり抜け、仏殿に戻って行った。
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