《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天に後宮を駆け抜けます〜》10.室と手形.2

手形は青周の部屋にも出たそうだ。それならばと、四人は青周の寢所に移した。今度は寢臺ではない。窓際に置かれた長椅子の真上の天井にそれはあった。今までに見た中で一番大きな手形だ。

「あらまあ、ではあの怪談話は本當だったのですか」

目をキラキラさせ始めたのは梨珍。その隣で顔を悪くしているのは白蓮と青周。死人も見たことがあるだろう醫と武人が何故幽霊を恐れるか、明渓は半目で二人を見る。

(いったいどんな話を聞かされたのだろう)

是非、一度梨珍の話す怪談話を聞いてみたいものだ。明渓が知る限り、ここまで怖がる話ではない。に花が咲いた以外にも、そうとう尾鰭がついていそうだ。このまま幽霊のせいにして怖がる様子を楽しむのも悪くないとさえ明渓は思う。いろいろ巻き込まれて、最近充分に本を読む時間がないのだから、それぐらいの仕返しは許される気がする。

(でも、それではまた寢臺を使われかねない)

それは困る。やはり、幽霊の正を教えるかと軽くため息をつく。

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「梨珍さん、期待を裏切るようで申し訳ありませんが、これは幽霊の仕業ではありません」

「「そうなのか!?」」

殘念そうに眉を下げる梨珍の橫で貴人二人はパッと笑顔になった。

「では、謎は解けたんだな?」

「いったい誰がどうやってつけたんだ?」

やけに前のめりだ。こうして見ればこの二人似てなくもない。

「誰につけられたかは分かりませんが、違う手形が複數ありますので一人ではありません」

そういうと天井を指差す。連られて三人も見上げる。

「こちらの手形は大変大きいです。青周様と同じぐらいで明らかにのものではありません。次に隣の寢所の手形ですかが、あちらはこれより小さいです。しかし、私の指と比べたところ隨分太くやはりの手ではありません」

明渓はそういうと扉を開け廊下に出て、斜め向かいにある白蓮の寢所に向かった。そして寢臺の前に立つと天井を見上げる。

「よく見てください。この二つの手形は指の長さが違います。人間左右の指の長さはほぼ同じですのでこれは別人のものです」

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ふむふむと、腕組みをしながら三人は天井を見る。

「気味が悪くてじっくり見なかったが、言われてみれば長さが違う。では、なくとも四人が共謀して手形をつけたということか」

白蓮の言葉に明渓は首を振る。

「いえ、もっと大勢いると思います。ここには皇族の方のお部屋が三つありますが、他に侍や側近の部屋もあります。その天井にも出ているかもしれません」

「しかし明渓、それほど多くの人間が、ここに出りしていたら武が必ず気づくぞ。彼らに確認したところ俺と青周様、決められた側近と侍しかここにっていない。側近と侍は信頼できる者を選んでいる。天井に手形をつけるなんて悪ふざけはしないだろう」

大堂の扉は一つ。その前には晝夜問わず武が二人護衛に當たっている。いわば、この建室に近い。

「第一、何のためにこんなことをするんだ? 俺や白蓮の命を狙うならまだ分かるが、手形などつけてもさして意味はないだろう」

「意味はありませんし、悪戯でも幽霊でもありません。もとより、これは今ついた手形ではないのです」

「「「今ついたのではない?」」」

三人の聲が揃う。

「そんなはずはない。俺が始めに見た時手形は間違いなく一つだった。今はに二つだ。明らかに増えているし、何ならもう一つ増えそうだぞ」

確かに頭上に二つの手形と、加えて指のあとがある。

「では明渓様、あの手形はいつ誰が付けたとお考えなのですか?」

「それは……この建が建てられた時、大工によってつけられたのです」

予想外の言葉に三人の口が半開きになった。

「ち、ちょっと待て。この建が建てられたのは十年程前だと聞いたぞ。どうして今になって出てきたんだ? しかも俺の寢所だけ數が多いし」

「十年経ったから出てきたのです。白蓮様だけ數が多いのは偶然ですし、これからますます増えると思います」

叔父がケチったからだ、とまでは言わなかった。皇族の部屋にかけるお金を惜しんだなんて言ってはの恥だし、父親に怒鳴られる。

「材木は本來洗いという作業を行うそうです。しみ抜きとか、かび落とし等汚れによって薬品を替え行うのですが、その作業が不十分だったと思われます」

あくまでも不十分というところを強調する。叔父がケチって手を抜かれた訳ではないい。

「大工が素手で材木にれ、洗いも不十分だったので、時が経つにつれ手垢や手の油が浮かんできたのでしょう。天井一面に手型が浮かんでくる場合も結構あるそうです。梨珍さんがした怪談話に出てくる手形もこれが原因だと思います」

「では、幽霊じゃなかったんだ」

ほっとしたように呟く白蓮の顔には再びあどけなさが滲んでいる。明渓としては先程のような熱の篭った目より、見慣れたこちらの方が居心地がよい。潤んだあの瞳で見られるのはどうも落ち著かないのだ。

そして、意外なのは青周の顔もどこかほっとしていることだ。

「もしかして、青周様も怖かったのですか?」

「まさか、そんなわけないだろ……」

「あら、晝間私の部屋に來たと思ったら、私を追い出して寢臺を占領したのは誰かしら」

「梨珍! それは……」

明渓は青周と梨珍を互に見ると、あぁ、やはりそういうことかと納得した。皇族ならば夜伽役の一人や二人いてもおかしくはない。ここは察しなければいけないところだと心得た。

「明渓、ちょっと待て。その表、今あらぬ誤解をしていないか?」

「しておりません。侍の役割もいろいろあるのだと理解しております」

「だから、それが誤解だと言うのだ。……というかお前はそれでも良いのか?」

「良いも悪いも、私には関係ありません」

淡々とした明渓の言葉に、青周はあからさまに肩を落とした。それをみて梨珍はクスクス笑っている。

「それより、謎は解けましたのでからくり時計を見てもいいですか?」

「おい、話はまだ終わっていない」

部屋を出ようとする明渓の肩を青周が摑む。

「梨珍はお前が考えるような役目を持ってはいない。これは俺の母だ」

その言葉に明渓は目をパチパチとさせる。

「別にそのような噓をつく必要はありませんよ? 私は何も気にしていませんし」

「気にしてくれ! それから本當に母なんだ。化粧がうまいだけで、すでに四十……」

「青周様、それ以上お話になるようでしたらお小さい時のご様子でも話しましょうか。幾つまでおねしょをしていたかとか。寢れない夜は……」

「あぁ、もういい!! 分かった。だからそれ以上は何も言うな!」

微笑む梨珍を恨みがましく青周が睨む。明渓が本當かと尋ねるように白蓮を見ると、苦笑いを浮かべながら頷いた。

「では、青周様が梨珍さんの寢臺にいたのは……」

「お小さい時から怖い話は苦手でしたから。まったく、いい年をしてけない」

「ちょっと待て。それはお前があんな作り話をするからだろう。おまけに、天井に手形が出ては気味が悪くて睡など……」

そこまで話て、しまったというように手で口を抑える。どうやら梨珍の怪談話は相當なようだ。白蓮は青周も同じだったと知り、どこか嬉しそうにしている。

そういえば、と明渓は思い出した。

「梨珍さん、あの怪談話ですが私が聞いた話と違うように思うのですが。私の知る限りに花がさいたは出てきません」

「あぁ、それでしたら最近隣村でに赤い斑點のある顔を焼かれたが川岸に打ち上げられたそうです。ですから、もとの怪談話にその話を加え獨創を加えてみました。あ、因みに元も犯人もまだ不明のようです」

ニコニコと微笑みながら話す梨珍に、明渓は半歩退いた。元不明とかやめてしい。

々な真実を知った今、彼を見る明渓の目が先程までとは異なっているのも仕方ないことだ。

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