《傭兵と壊れた世界》第八十一話:最深部へ
失われた知識の。口にすればあらゆる知識を授けてくれるというナバイアの薬。それは末代までけ継がれる。
結論からいうと、の末裔は移都市ヌークポウの最年長、風(みかぜ)様だった。そもそもヌークポウは中立國で作られた船らしく、今も國で分ければ中立國に屬するそうだ。
ナターシャは懐かしい名前に驚いた。同時にし納得する。ヌークポウにおいて風様は明らかに異質な存在だったからだ。短命な移都市の民における唯一の長壽。街の経営に一切関わろうとせず、一日の大半をヌークポウの奧で過ごす。そんな風様がの末裔だと言われても違和はない。
(風様ならミシェラの売人について知っているかしら)
可能は高いが、果たしてあの偏屈そうな老婆が會ってくれるだろうか。そもそもヌークポウは今、どこを歩いているのだろうか。
目標は見えたが問題は多い。団長のために移都市まで出向くのもいささか不本意だ。だが、移都市に殘した友人たちに會いたいと前々から思っており、ナターシャの気持ちは里帰りに傾きつつあった。
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干當日。
調査隊は歌織場(うたおりば)の大扉を抜けた。研究所は何度もの満ち干きを繰り返したのだろう。磯の香りと共にった空気がナターシャたちを歓迎した。眼前に広がる暗闇は、深海のり口かと錯覚してしまいそうになる。
否、自分たちは確かに今、深海と呼ぶべき人間の闇にれようとしているのだ。
両側に本棚が並んでいるが、そこにあるはずの書はすべて波にさらわれており、本の代わりに火膨れ珊瑚が生えていた。銃口で軽くつつくと仄かなが暗闇に燈った。
「マリー、可かったね。見た目でびっくりしたけど良い子じゃん」
「ナナトはマリーみたいな子が好みなのね。でも相手は人魚よ?」
「細かいことは気にしないの。偏見なんて時代遅れさ。昔の偉い人は言ったぜ? これからは多様の時代だ、古い考えは捨てたまえってね」
け売りの言葉を自信ありげに答えるナナト。どこまでが本心か定かでないが、彼にとって種族の差は些細な問題だった。
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「マリーを悪く言うつもりは無いんだけどさ、ろくでなしの話、ナナトは覚えている?」
「もちろんさ。僕たちみーんな、ろくでなしってやつね」
「覚えているならいいわ。足地にはろくな人間がいない。純粋そうなマリーだって何を考えているか分からないの。だから絶対に忘れないで」
「心配してくれるのは嬉しいけど、疑ってばっかりだと眉間のシワが取れなくなるよ」
「私のおでこはつるつるよ」
そう言いつつナターシャは自分の額(ひたい)をった。
研究所の床は珊瑚にびっしりと覆われており、暗闇も相まって非常に歩きづらい。月明かりが屆かぬ研究所、もしも封晶ランプがなければ一寸先も見えないだろう。ナターシャは転ばないように注意しながら奧へ進む。
ナバイアの研究所は多くの探求者を集めた。優秀だったであろう痕跡が至るところに殘されている。
「面白そうな話をしていますね」
いつの間にか苦労人ネイルが近くにいた。研究所の道は狹いため、自然と男二人が前を歩き、ナターシャがし後ろで挾まるようなかたちだ。
「楽しい話じゃないわ。足地では仲間以外を信じるなってだけ」
「それは第二〇小隊の方針ですか?」
「極めて個人的な偏見よ」
「さいですか」
前方を歩くネイルの背中は、なるほど第三六小隊に所屬しているだけあって立派な背中だ。格とは裏腹に広い肩幅である。筋も見た目以上についているだろう。くたびれた傭兵服からはネイルの苦労がうかがえた。
「どうしてマリーは探求者の心臓を刺してほしい、なんてお願いをしたと思います?」
「苦労人様はどう考えているの?」
し考えた後、「人魚に変えた探求者を恨んでいるのかもしれません」とネイル。「封印が解けて人間に戻るとか」とナナト。
「心を分かっていないわね。あれはよ」
「?」
さては足地の暗闇に頭がおかしくなったか。ネイルは憐れみの視線をナターシャに向けるも、は「失禮ね、正気よ」と一蹴した。
「探求者の話をするときだけマリーの聲がはずんでいたの。會いたくて仕方がないって顔をしていたわ」
「いーんや、無表だったよ」
「人間は本當の想いを隠す生きなの。無の反対はよ」
「えー……うーん、そうかなぁ」
納得できない様子のナナトは続ける。
「でもさ、探求者をしているなら、刺してほしいなんて言わないでしょ」
「人魚にはする人を刺す風習があるのかもしれない」
「そんなわけあるか。つまり無理心中みたいなもんでしょ、が重すぎて胃もたれするよ」
これにはナターシャも一家言(いっかげん)を持っている。
「甘いわナナト。は重ければ重いほど良い。重いを嫌うのはね、捨てる側が用意した(てい)の良い言い訳よ」
「それも極めて個人的な偏見?」
「これは世の真理ね」
「そりゃまた大きく出た」
張のない會話をしていたせいか、前を歩いていたエメが不機嫌そうに睨んだ。ナターシャとナナトは素知らぬ顔。ネイルは申し訳なさそうに何度も頭を下げる。
「怒られちゃいました。ちょっと彼の機嫌をとって來ますので、僕は失禮しますね」
ネイルが苦労人と呼ばれる理由の一端が見えたような気がする。エメに向かって手を振ってみたが無視された。一緒に歌った仲だと言うのに冷たい態度だ。
調査隊は奧へ進む。ナバイアに眠る研究所の最深部を目指して。遠くで人魚の歌聲が聞こえた。
○
歌織場(うたおりば)にマリー以外の人影があった。汚れた格好をした男だ。ガスが溜まったように腹が膨れている。彼はおぼつかない足取りのまま広間を進んだ。
「あらあら、お帰りなさい。散歩は終わりましたか?」
マリーの問いに男は答えない。彼は導かれるように奧の大扉へ向かった。
「折角だから歌を聞きませんか。耳は聞こえているのでしょう?」
やはり男は答えない。まるで考えるという機能が欠如してしまったかのようにふらふらと、ゆっくりと、されど確実に、男はナターシャたちが進んだ大扉を目指す。
あぁ、懐かしい香りだ。忘れられない彼の覇気だ。たとえ正常な思考能力は失われていても、針のように鋭いこの覇気は忘れられない。月明かりの森で見上げた白金の太が、彼の心に妄執を焼き付けるのだ。
気味が悪いほど膨れ上がったお腹から、ブーンと低い羽音が聞こえる。の表面をうごめく小さな影。眼球に張り付いた黒い蟲。頭からは結晶と珊瑚が場所を奪い合うように生えている。
「マリーは無視が嫌いです。おかえりって言ってあげませんよ」
マリーの言葉に男は反応しない。事実、男は長い夢を見ているような気分だった。ぼやけた思考は今に始まったことではなく、月明かりの森で敗北してからずっと、死んでいるも同然の日々を送った。
男に帰る場所はない。だから、おかえりと言われても答えない。
されど、もしも彼と、あの白金のと再び見(まみ)えることが出來るならば。男は今度こそ生意気なを食らってやろう。
「ヒッ、ヒヒッ……オェッ……ヒッ……」
男はローレンシアの軍服を著ていた。ボロボロになった元には、星天教の印が微かに殘っていた。
膿がたまった両手で大扉をこじ開ける。った空気が広間を駆け抜け、ひどい腐敗臭が辺りに充満した。
眼前に広がる深い闇。それが男にとっては心地よい。軍の地位も、守るべき部隊も、すべてを月明かりの森で失った。最後に殘ったのはへの執著。逆恨みとも呼べる底知れない悪意。彼は明かりすら持たずに闇の中を歩いた。
「ヒッ……見ていてくだされ閣下、俺は、任務を遂行する……」
男は崩れた階段の端に立ち、世迷い言を呟きながら両手を広げ、そして階段の外、深いの底へ落ちていった。
酒のつまみといえばチータラとかスルメとか々ありますが、結局はポテチが最強だと思うんです。明後日は臺風ですね。外に出るのは危ないですね。だから外出は控えようと思います。大丈夫、カクハイとピザポテトは用意しました。ビバ、三連休。
またね。
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