《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天に後宮を駆け抜けます〜》17.室、鍵のかかった部屋1

予定を変え、明渓達は來る時も泊まった隣村の宿に今宵も世話になることになった。護衛達のうち數人はうほどの傷を負っていた。それを白蓮が手慣れた様子で手當していく。命に関わる者がいないのは、やはり皆手練だからだろう。

一通りの手當を終えた白蓮のもとに明渓は夕食を運ぶ。いきなり押しかけたので宿も人が足りなく、明渓と梨珍が手伝っている。

「白蓮様、夕食です。宿の方がこれぐらいしか用意できず申し訳ないと」

「構わない。慣れぬ豪華な食事で胃がもたれているので丁度よい。ところで、青周様と春蕾は?」

として暮らしているので、普段食するのは明渓達と変わらぬ品々だ。さして気にする様子はない。

そして、多くの護衛が負傷する中、前線に立ち無傷だったのはこの青周と春蕾だけだ。

「青周様は先に食事を摂られました。春蕾兄は宿の口で護衛をしながら武達が到著するのを待っています」

「分かった。明渓も食事はまだだろう。一緒に食べよう」

いえ、と言うより早く扉が開き、梨珍が明渓の食事を持ってきた。やけに間がいい。半目で見るも梨珍はにこりと笑い部屋を出て行ってしまう。こうなると、改めて違う部屋に行くのも妙なので、そのまま食することにした。

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用意されたのは五目粥と鶏を揚げ香味ダレに付けたもの、副菜に野菜とふきのとうの天麩羅があった。充分豪華だと思う。それに酒も用意されている。明渓の分だけだが。

しかし、好のふきのとうと酒があるのに明渓の顔に笑みはない。白蓮は、口いっぱいに頬張った鶏を飲み込むと心配そうに眉を下げる。

「隨分怖い思いをさせてしまったようだな。大丈夫か?」

「そうではありません」

小さく首を振ると、ふきのとうを一口食べただけで箸を置く。酒にはまだ口をつけていない。

「怖くてけなかったことがけ無いのです。普段はあれほど偉そうに剣を指南しておきながら、肝心な時は守られるなんて」

「……それが普通の反応だろう。俺とて初めて殺意を向けられた時は恐ろしく震えるだけだった」

「それはいつのことですか?」

「七歳だったかな。刺客は韋弦が一撃で仕留めた」

そんな小さな時から命を狙われるなんて、と明渓は目の前の貴人を見る。

(私には想像もできないぐらい気を張り詰めて生きているのだろうな)

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普段の姿からは想像できないけれど、尊いに生まれたからには、並々ならぬ苦労もあったのだろう。

「青周様とて、明渓に敵を薙ぎ倒させようと思って指南しているわけではないだろう。いざという時を守れるように、と思ってのことだ。もし、あの時明渓と梨珍だけならどうしてた? それでも震えているだけか?」

その景を想像して、今度は大きく首を振る。

「そうなればきっと相手に切り掛かっていました。無駄死にするのは嫌だし、梨珍さんも守りたいです」

「俺も同じだ。明渓を守りたくて剣を抜いた」

「白蓮様は守られる側の人間です」

「お前に守ってしいと思ったことは一度もない。ま、もっとも、一度も勝ったことがない俺が言っても言葉に重みはないが。……ほら、酒があるんだ。飲め、明渓らしくない」

白蓮がわざと明るい口調で話すので、困ったような笑みを浮かべて杯を手にする。辛口の旨い酒だった。

「ふきのとうに合います」

「それは良かった」

そういうと、再び鶏を口に頬張る。気にったようだ。思えばこうやってきちんと食事を一緒に食べるのは初めてだと明渓は思った。

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たわいもない會話をしながら食事が終えた頃、扉を叩く音がした。明渓が開けると春蕾が立っている。

「醫者を探している者がいるのだが、どうすればよいだろうか?」

春蕾が奧の貴人にチラリと目線を配る。頬に米粒がついているので見張りをしながら何か摘んでいたようだ。

「後方の武漢達が來たの?」

「いやそうじゃない。北の山の中腹にある溫泉宿の人間だ。急患がいて慌てて山をおりてきて、醫者を探しているらしい」

今いる村は四方を山に囲まれ中央に川が流れている。明渓達が超えてきたのは東の山、急患がいるのは川の上流となる北の山だ。この宿場町で醫者がいないかと聞いて回ったところ、白蓮に辿り著いたらしい。

「でも春蕾兄、白蓮様は醫並みに醫の心得はあるけれど、皇族よ。平民の治療のために日暮れ間近の山に向かわせるわけには……」

「いや、よい。急患ならば行こう。俺の事は醫と紹介してくれ。それから接し方もそれに相応しいように。あと、怪我か? 病か?」

振り返れば白蓮が醫を風呂敷に包んでいる。皇族として來ているのに醫は一通り持ってきているようだ。

「病……でしょうか? 孫庸(ソンヨウ)という男が言うには、鍵のかかった部屋でのあたりを押さえて苦しんでいたようです。ただ場所が……ここから半刻ほどかかります」

春蕾は言葉を濁す。すでに手遅れかも知れないからだ。

「往復で一刻か。しかし、間に合うかも知れぬ。行こう」

「分かりました。道が悪く馬での移になりますがよろしいでしょうか。もしかすると、今夜は向こうに泊まることになるかも知れません」

「構わぬ。護衛は……お前がしてくれ。表には軽傷の護衛を二名配置してもらうよう青周様に話をしてくる」

それから……と言って白蓮は明渓を見る。

「鍵のかかった部屋というのが気になる。お前も來てくれ」

明渓はじとっと白蓮を見る。刑部の武が同行するのに自分が行く意味があるのかと、その目は訴えている。

「べ、別にお前と青周様を離したいわけではないぞ」

白蓮を見る目がさらに細められる。

(おかしい。絶対に私は必要ないはず)

「と、兎に角、命令だ。お前は俺と一緒に來るんだ」

「…………職権濫用」

明渓の呟きは無視され、馬は三頭用意された。

北の山は晝間超えた東の山より隨分高く、中腹にあると聞いていた溫泉宿は頂に近かった。川沿いに馬を走らせ上流を目指したのだか、走るにつれ寒さがに突き刺さってくる。

青周に貰った外套を羽織り、手袋もしているのには芯まで冷えて歯がガタガタとなり始めた。

昨日降った雨は山頂では雪だったようで、殆ど踏まれていない雪は今や氷に近い。何度か馬が足を取られヒヤリとしながら宿に辿り著いた時にはすっかり日は暮れていた。

旅館を見た明渓は目をパチパチとさせる。元は立派な旅館だったのだろうが、今は半分焼けて黒い煤のような柱が剝き出しとなっていた。

「火事ですか?」

毒と聞いていたが、どう見ても焼け焦げている。でも焦げ臭い匂いはしないし、月明かりの下よく見れば煤けた柱に雪が積もっている。

「はい。でも、火事が起きたのはひと月も前の話です。雪深く資材が運べないからまだ修復ができていないと宿の主人は言ってました」

孫庸と名乗った男が答える。年は二十歳をし超えたぐらい。背は明渓より三寸ほど高いだろうか。のような華奢な付きで、やや頬骨が張っているが顔立ちは整った部類にるだろう。返答から察するにこの宿の従業員ではないようだ。

(客? でも焼けた宿にわざわざ雪深い中泊まるかしら)

いまいち、男の正が分からない。しかし、今はそれどころではないと半焼の宿に走って行くと、口に六十歳ほどの大柄な下男がいた。

「醫を連れてきた! 中は?」

男は耳が遠いようで、耳に手を當て眉を顰める。孫庸が今度は耳元で大聲で話すと首を振った。

「お客様が出られて間もなく息を引き取りました」

「そうか、すぐにか……」

孫庸はがっくりと肩を落としたあと、白蓮に頭を下げる。

「申し訳ありません。せっかく來て頂いたのに」

「構わない。それより、とりあえず見せて貰えないだろうか。ここにいるのは刑部の武だ。春蕾殿(・)突然死なら死因を確認した方が良いでしょう」

白蓮に目配せされ春蕾の肩がピクリと揺れた。しかし、すぐさま空気を読み話を合わせる。

「醫殿の仰る通りです。この村は私の管轄ではないですが、死人が出たとなれば放ってはおけません。男、部屋まで案してくれ」

「は、はい。武様でいらっしゃいましたか。分かりました。では、ご案いたします。さあ、こちらに」

男は丸めていた背で頭を下げると、早足で廊下を奧へと進んでいった。年の割にはかなり大柄な男のあとに三人も続く。

宿は三階建てで、向かって左端が焼けている。焼け殘った右側には各階に窓が二つ。しかし男は階段を上がることなく、そのまま廊下を突き抜け裏口から外に出た。そこには井戸があり、そのまた向こうに平家の長屋があった。作りが先程の建より末なので、中達の部屋のようだ。

部屋は三部屋。向かったのはその一番奧の部屋で、扉は他の部屋よりし小さい。中にると左手の窓の下に薪ストーブ、右側の壁際に簡素な寢臺があり、が寢かされていた。寢臺の橫に小さな卓がひとつあり、皿が置いてあるのが蝋燭の燈りの下でかろうじて分かった。

部屋には男二人がいた。先程の男が三十歳ほどの男に何やら説明をしている。著ている服が他の者より良いので、彼が宿主のようだ。武のような軀をしているが、顔立ちは優しげ、というか気の弱そうな顔をしている。

四十歳半ばのは格好から見て中のようだ。しふっくらしため部屋の隅に立っている。

白蓮は醫だと名乗ると、寢臺の中の首に手を當て、頬に振れ、瞼を持ち上げ瞳を見たあと首を振った。

「既に亡くなっております」

「白蓮殿、亡くなったおおよその時刻は分かりますか?」

春蕾が側に歩み寄りながら問いかける。

「死後一刻ほどでしょう。孫庸が宿を出た時はまだ息をしていたと聞いているので、亡くなったのはそのすぐ後ということになります。嘔吐の形跡が口元にあり、首や元に微かに引っ掻いた跡があるので苦しくて自分でつけたのかも知れない。できるだけ調べてみますが、詳しいことは明るくなってから調べないと分かりません」

蝋燭の頼りない燈りの下、白蓮の顔は白くその表は固かった。

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