《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天に後宮を駆け抜けます〜》27室、雪の上の足跡.1

どうやら、明渓は椅子に座ったまま白蓮の寢臺に突っ伏すようにして、うたた寢をしてしまったようだ。目を開けるとし充している切れ長の瞳と視線があった。大変気まずい。

「世話をかけたな。まだ寢てていいぞ」

力無い笑顔で労られたら益々罪悪が募る。

「すみません。大丈夫です。手拭いを変えますね」

額の手拭いを取り、桶に浸す。雪は溶けていたけれど水は充分に冷たい。ぎゅっと絞りそれを額に置く。すると、熱が殘った手で、両手を摑まれた。

「指先が真っ赤だ。霜焼けになりかけているぞ」

「これぐらい平気です」

「待っておけ。今すぐ膏を出してやるから」

ふらふらするで起きあがろうとする。

「大丈夫です! 私のことは良いので寢てください」

慌てる明渓を、白蓮は下から見上げると、摑んだ手を自の両頬に當てた。

「冷たい。何度も手拭いを変えてくれたのだな」

否定も肯定もできず黙っていると、後で扉の開く音がした。春蕾が部屋から出て行ったのだ。理由は言わずもがな。

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(その気遣いいらないから!!)

白蓮は申し訳なさそうに眉を下げながらも明渓の手を離さない。自分の溫を移そうとしているかのように頬を摺り寄せている。

(そんな顔されると……)

雑に扱えない。明渓は口を波打たせながらされるがままになっていた。

「……ご気分はどうですか?」

「かなり良くなった」

「こんなに熱があるのに?」

「回復としては早い方だ。熱には慣れている。晝にはけるだろう」

熱のせいか聲がどこか甘えるようにく細い。強引にこられれば拒絶すればよい。でも頼りなげな様子を見せられると放ってはおけない。そういう分なのだ。

「お水を飲みませんか?」

「ああ、そうだな」

やっと手を離してくれた、と思いながら湯呑みに水をれて手渡す。が重そうではあったけれど自分で起き上がり湯呑みを持って飲んだ。

「良かった。朝食は食べれそうですか?」

「そうだな。それまでもう一眠りする」

卓に湯呑みを置いたと思うと、明渓の首筋に手をかけ一緒に寢臺に倒れ込んだ。これは明渓でも避けれなかった。

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「は、白蓮様! 手を離してください!! 怒りますよ」

「明渓は怒った顔も可い」

「熱で頭のネジ緩んでますよね」

「だとしたらお前と會った夜からだ」

「…………」

ちょっとこれ以上絆されるわけにはいかない。明渓は首に周された腕を強引に解こうと持ち上げる。すると意外とあっさり手放してくれた。

しかし、もう一方の手が素早く手首を摑む。

「目の下にクマができている。もう寢ずの看病は不要だ。見張りは春蕾に任せてお前もし寢ろ」

白蓮はしだけをずらすとそのまま目を閉じかなくなった。がゆっくり上下している。また寢たようだ。

児並の寢付きのよさね)

明渓はふぅ、と息を吐くと、摑まれていない方の手で、不用に布団をかけてあげる。それから、し戸いながら先程と同じように寢臺に上半を突っ伏す。慣れない看病で張っていた気がするすると緩んでいく気がした。それと同時に抗えないほどの睡魔がやってくる。

意識が途切れるその瞬間、肩にふわりとらかいがかけられた気がした。

目覚めた理由は、屋敷中を忙しなく走り回る足音がうるさかったからだ。顔を上げれば、そこにいるはずの白蓮がいない。

「目が覚めたか」

後から聲をかけられ振り返ると、既に著替え終わっている。

「何かあったのでしょうか」

「分からぬ。今から様子を見てくる」

「駄目です。不測の事態が起きたなら春蕾兄が必ず知らせに來ます。それまで待っていてください」

白蓮はグヌヌ、と口を閉じたあと窓掛(カーテン)を開け外を見る。欄干には明渓が雪をとった跡が殘っていた。

「林の向こうに人がいないか?」

「武達が來られたのでしょうか?」

「いや、二人ほどだ。……春蕾と繹文か?」

明渓も外を見る。大柄な老人は繹文、その橫にいるのは服裝からいって春蕾に間違いない。

暫くすると春蕾が部屋に戻ってきた。著替えている白蓮を見て躊躇いがちに口を開く。

「ご気分はいかがですか?」

「まったく問題ない」

思わず明渓が口を挾まうとするも手で制されてしまった。

「それでしたら林の向こうの泉までご足労願えませんでしょうか? 朝、萌から玉風の姿が見えないと相談され、屋敷、離れの長屋、廚、湯殿と探していたのですが、先程林の中にある泉で……」

「泉で見つかったのか!?」

「いえ、まだ見つかっておりません。その代わり笙林が泉で見つかりました。溺死と思われます」

「笙林がか!? しかし道はまだ塞がっているのだろう? だとしたら笙林はこの宿にいたのか?」

「分かりません。ただ、複數ある湯殿には鍵のないものもあるとか。潛んでいた可能は捨てきれません。それから、これが笙林の傍に。雪で濡れてはっきりとは読めないのですが……」

春蕾は濡れた紙を白蓮に手渡す。明渓も隣からそれを覗き込む。

そこには、滲んだ字ではあるけれど「燈実は自分が殺した」と書かれていた。

「濡れていて読めない場所もありますが、どうやら笙林は燈実の子を腹に宿していたようです。しかし、それを知った玉風に無理に墮胎されそうになり、暴れたところ蝋燭を倒して火事になってしまったようで」

春蕾の話に明渓は口を開きかけたけれども、慌てて閉じる。

(萌の話では、玉風は子供が産めなかったし、燈実の浮気を容認していた。子供が生まれたら養子にしようとまで思っていたはず)

しかし、それは萌が言ったこと。玉風の本心とは言えない。だから明渓は今その話をするのはやめようと思った。確信の持てないことはいうべきではない。

「それで怖くなって一度山を下りたけれども、燈実が宿に戻ってきたと知って會いにきたそうです。しかし、今度は燈実からも子供を諦めるよう言われ、裏切られたと知って殺した。自分もあとを追うと書かれています」

「では、燈実を殺したのは笙林ということか。そうなると殘りは玉風だが……玉風を最後に見たのは誰なんだ?」

「それ、多分私だと思います。明け方湯を貰いにいきましたから」

だったら、と明渓は春蕾を見る。

「その時すでに雪はやんでいたわ。足跡をたどれば玉風さんが見つかるんじゃないの?」

春蕾は思いっきり眉間に力を込めた。

「待て待て、それはおかしい。宿の外には廚を往復する二人分の足跡しかなかったのだ。そうなると玉風は宿にいることになる。宿は徹底的に探したしから人が隠れているはずはない。なんだ、小刀の次は人間が消えたのか?」

そんなはずはない。勝手に小刀や人は消えない。でも雪に痕跡がないのも事実だ。

「兎に角、白蓮様、今はの検分をお願い致します」

「あぁ、分かった。ところで泉の周りに足跡はあったのか? 明渓の話では寅の刻には雪が止んでいたそうだが」

「爭った形跡はおろか足跡もありませんでした」

「ならば、殺されたのはそれ以前の可能が高いな」

白蓮はしふらつきながらも必要なを箱に詰めていく。明渓としては止めたいところだけれど、真剣な橫顔を見てしまっては何も言えない。

「春蕾兄、私も泉にいくわ」

せめて一緒に行こうと思ったけれと、春は首を振り代わりに明渓に模造刀を渡した。

「お前はここに殘って引き続き玉風を探してくれ。その際に絶対模造刀を手放すな。相手が誰であっても不穏なきをしたら切りかかっていい。例えお前の勘違いだったとしても、俺がうまく処理してやるから心配するな。悪いな。お前は武でもないのに」

春蕾が眉をハの字にして、済まなそうに明渓の頭をでる。

「大丈夫!! 安心して! ここにいる人間なら纏めてこられても勝てるわ。最近運不足だし」

あえて明るい聲を出すと、春蕾もの端を上げる。

「あー、確かにこの數日で太ったもんな。頬のあたりとか」

「なっ!!」

「じゃ、頼んだぞ!!」

まさか、と両頬に手をあてぷにぷにとを引っ張る明渓の頭に、春蕾はもう一度手をおくと部屋を出て行った。

(太った……)

ブンブンと頭をふる。違う。今考えるのはそれじゃない。

(でも、どこにいるんだろう)

半焼しているので部屋は六部屋。大聲でべばどこにいても気づくことができる。探して見つからないとなれば。

「生きていないかも……」

思わず明渓の口から重たい言葉がれた。

(……何かがおかしい)

ずっと釦を掛け違えているような違和じる。

本當に紗麻は事故死なのだろうか?

本當に燈実を殺したのは笙林なのだろうか?

本當に笙林は自死したのだろうか?

解決と考えるには、一つ一つにざらりとした違和じる。

(もう一度始めから考えよう。そのためには、まずはこの宿のことを調べなきゃ)

明渓は、萌に會うために二階の一番奧の部屋に向かう。扉の向こうからは子供の無邪気な聲が聞こえてきた。でも、その扉を叩くと、聲はおびえたようにぴたりと止まった。

「明渓です。しお話しを聞きたいのですが」

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