《【書籍化】隻眼・隻腕・隻腳の魔師~森の小屋に籠っていたら早2000年。気づけば魔神と呼ばれていた。僕はただ魔の探求をしたいだけなのに~》04
「味しいものを食べましょう、エインズ様! 待ちに待った魚料理はすぐ目の前ですよ」
ソフィアにそう言われ、気持ちを切り替えるエインズ。
目の前には漁師や商人、観客の活気ある賑わいが広がっている。先ほどよりも強いの香りに加え何やら味しそうな匂いも漂ってくる。
赤レンガ調の大きな倉庫が並ぶそこは港灣都市エリアスならではの景。
「そうだね。せっかくここまで來たんだ。しっかり楽しまないとね」
そう言ってエインズは門番の一人に聲をかける。この辺で魚料理が味しい店はどこかと尋ねているのだ。
恐していた門番から何店舗か教えてもらったエインズはソフィアらと合流してエリアスの中へっていった。
キルクよりも小さな都市ではあるものの、さすがに街の中は石畳で地面が整備されていた。重い荷車がよく行きかっているからだろう、ところどころ割れている石もあるが支障がある程ではない。
エインズを先頭にソフィアとタリッジがその後ろを並んで歩く。
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倉庫が多く立ち並ぶ中、三人はまっすぐ教えてもらった飲食店へ向かっていた。
キルクほどではないものの人込みの中を歩くとなれば自然と肩と肩がぶつかる。
「おっと!」
人込みの中、前だけを見て歩いていたエインズは視界にらなかった背の低い年とぶつかってしまった。
前から走ってきた年は、ちょうどエインズの腹部のあたりにぶつかる。
「ごめんね、大丈夫かい?」
視線を下ろし、頭頂部だけが見える年の頭をでるエインズ。
「……」
年は目線を上げることなく、何も言わず向こうへと駆けていった。
「見えなかったとはいえ、年に悪いことをしてしまった」
人込みの中へ消えていく年を眺めながらぽつりとこぼすエインズ。
「……タリッジ」
エインズの橫でソフィアが小さく聲をかける。
「へいへい、人使いが荒くてかなわん」
タリッジは年が消えていった方向へ歩き出す。
「仕方がありませんエインズ様。この人込みです。下を見ていれば前が見えず、前を見ていれば下が見えなくなってしまいます」
「だけど年も逃げて行っちゃったし。お菓子くらい買ってあげたのに。……僕のお金ではないけど」
アインズ領ガウス団長からソフィアが預かっているお金のことである。
この時代における貨をまったく持っていないエインズである。なんの支払いにおいてもソフィアを経由して払っている。
ガウスはエインズのためにと渡したつもりだが、け取るエインズからすればなかなかに申し訳なさが拭えず、自分のお金とは思えなかった。
「そういえばタリッジは? あっちの方に歩いていったけど。なんかあったの?」
「なんでしょうかね。とりあえず私たちはお店の方へ向かいましょう。そのうちタリッジも合流するはずです」
まあいいかと歩を進めるエインズ。タリッジも子どもではない。初めての街だからといって迷子にはならないだろう、エインズと違って。
〇
人込みから一本った狹い路地裏。
そこにエインズとぶつかった年はいた。
年は、日がまったく差さないここで腐りかけたドアをドンドンと叩く。
そこらは日も差さず風も通らないため、じめじめとした空気が漂っており蟲もわらわらと群がっていた。
「収穫はあったんだろうね」
勢いよく開けられたドアに年は後ろに飛ばされもちをついてしまった。
中から年老いた老婆が腰を曲げて現れる。
老婆はもちをついている年が手にしている袋に目をやり、ふんと鼻を鳴らす。
「さすがに二日も食いにありつけていないと死に狂いで盜ってくるんだねえ」
老婆は年の方へ歩み寄り、手にしていた袋を奪い取る。
皺だらけの手で暴に袋を開け、中を確認する。
「……なんだい、これだけかい。どこのガキの小遣いを盜ってきたんだい」
中に貨はある程度っていたが、どれも額の低いものばかり。総額とすれば金貨一枚にも満たないだろう。
「珍しく重いポーチを盜ってきたと思えばこれかい。あんだけあたしが教えてやったって言うのに……。お前の取り分はこれだけだよ」
老婆は中から貨を五枚ほど摑み、やっと腰を上げた年の足元に投げつける。
それでも年からしてみれば大金のようで、必死に散らばった貨をかき集める。
「パンの一つや二つくらいは買えるだろうさ」
部屋の中へ戻ろうとしていた老婆の足が止まった。
年も顔を上げ、老婆が目を向けている方向を見る。
そこには彼らよりもずっと背が高く大きい巨漢が立っていた。
「あー、盛り上がっているところ悪いんだが、そのポーチ返してくれねえか」
巨漢——、タリッジは老婆と年のやり取りの一部始終を見ていたようで何とも言えない表で老婆を見ていた。
「なんだい、お前がこのうすのろから盜られたマヌケかい?」
これだけ厳つい見た目の割に年にポーチを盜まれるなど、見掛け倒しも甚だしいとタリッジを評価する老婆。
「いや、それはなんつーか、俺の主のなんだわ」
「同じさね。マヌケな主に従えているんだから、お前もその主同様マヌケってもんさ」
「エインズのマヌケさに関してはまったくその通りだな。反論しようがない」
肩をすくめるタリッジに、侮りのを見せる老婆。
「お前たち、観客かい? いい勉強になっただろう、これはその勉強代ってもんさね」
老婆は「次から気を付けなよ、このガキみたいなやつはわんさかいるんだから」と家のドアに手をつける。
「飢えた者には魚を與えるのではなく、魚の釣り方を教えよ……だったか。そこのガキに釣り方を教えたのはお前みたいだな?」
「釣ったのはそこのガキさね。そして釣られたのはお前たち。この期に及んでその善悪を問うつうもりかい?」
諭されたくらいで自らの行いを反省するのであれば、老婆も年もこのような行為を続けてはいない。
「いやいや、盜られるやつが悪い、それは俺も同だ。自分のを自分で守れないマヌケに俺だって差しべる手はねえ」
だが、とタリッジは続ける。
「釣り方は教えたようだが、魚が何なのか教えていないと見える」
「ん?」
「釣り針を引っ掛けていいやつと、いけないやつがいるってことさ。引っ掛けた相手が悪ければ反って竿と一緒に海に引きずり込まれ食い殺される。だから何が魚にあたるのか、しっかりと教えてやらないといけねえ」
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