《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天に後宮を駆け抜けます〜》31解.2

溫泉は秋田県の〇川溫泉をイメージしています。

この溫泉がテレビで紹介されていて、使える! と思ったのが、始まりです。

明渓、白蓮、春蕾、それから孫庸は外に出た。変わったのは人數だけでない。春蕾が白蓮の橫につき、いつでも剣を抜けるように鞘に手を掛けている。明渓も何かあればすぐにけるよう、神経をピンと張り詰めた。

源泉の前までくると、明渓は半焼した宿を見上げる。

「犯人は、何らかの理由で笙林と燈実の関係を知りました。犯人がれ替わりに気づいたのは昨晩なので、燈実が殺された時點では、『笙林は癡のもつれで燈実に殺された』とでも思っていたのでしょう。それで笙林の復讐のため燈実の殺害を考えた」

「分かった。『何らかの理由』については俺が尋問して吐かせよう。それから、れ替わりに気づいたのは昨晩で間違いないのだな」

「はい。その理由はおいおい。とりあえず先に燈実の事件について説明します」

四つの事件が相前後して行われた、しかも殺した犯人も機も複數あるため説明が難しいのだ。

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今のところ、玉風、紗麻の二件の殺人事件の犯人は笙林と燈実。

しかし、殘りの二件の事件はこの二人が被害者となる。

「燈実が死んだのは白蓮様の検分により雪が止んだあと、というのが分かっています」

白蓮は間違いないと、いうように頷く。

「では、兇はどこにいったのかですが、結論からいうともう存在しません」

「待て待て、存在しないとはどういうことだ! 刃が消えてなくなったというのか」

「そうです」

あっさりと答える明渓に春蕾は拍子抜けしたような顔をする。その目は、こいつ本當に大丈夫か? と訝しんでいる。

明渓は懐から元包丁(・・・)を取り出した。

「さっきから気になっていたのだが、その棒切れ(・・・)はいったい何なのだ?」

五寸ほどのそれを白蓮が無作に摘み上げる。

「それは、昨晩私がこの源泉に落としてしまった包丁です」

「はっ?? まさか!! だってこれはただの木の棒だぞ」

確かに白蓮が持ってくるのは二寸あまりの木の棒。どこにも刃はついていない。

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「木の棒ではありません。包丁の持ち手です。刃は一晩かけて源泉が溶かしました」

明渓は包丁の持ちての片側を指差す。そこには一寸ほどの切れ目がっている。刃がつけられていた跡だ。

「硫黃溫泉が金屬を腐食させるのはご存じですよね。この足湯は硫黃分が特に多い源泉です。腐食だけでは終わらず、それは金屬そのものを溶かしてしまいます」

「いや、でも。そんな強い酸に足をれても大丈夫なのか? 俺の足は何ともないぞ」

「短時間なら大丈夫です。金屬も短時間では解けません。でも、包丁は一晩で溶けましたから、醫療用の刃の薄い小刀ならもっと早く溶けたでしょう」

白蓮達もまだ半信半疑だ。しかし、目の前に刃のない包丁がある。そしてどれだけ探しても兇が見つからなかったのも事実だ。

「疑うなら是非、試してください。私もどれぐらいで溶けるか知りたいです」

「……俺がするまでもなく試すつもりだろう」

明渓はツイっと目線をそらす。

「しかし、それなら全員に殺人の可能があるんじゃないか?」

「いいえ、これができるのは一人だけです。雪に足跡がなかったので、犯人は臺(ベランダ)に出て源泉に小刀を投げれたのでしょう。まず一階からでは臺に出たとしても竹垣が邪魔で源泉に投げれることはできません。できるとしたら、二階と三階の端の部屋です」

それも距離から考えて角部屋から投げれる必要がある。

「あの夜、三階には俺と白蓮殿がいた。一晩中起きていたが臺に人の気配はじなかった」

(そうでしょうね)

皇族の護衛だ。あの夜、春蕾は臺の気配にも気を配りながら一晩中起きていたはずだ。仙都屈指の武臺にいる人間に気づかない筈がない。

「そうなると二階から投げるしかありません。二階にいたのは朱亞さん、萌さん、そして孫庸さんです」

流石に蘭は関係ない。

ここまで黙っていた孫庸が、明渓の言葉に堪らず口を開いた。

「だったら、角部屋にいた朱亞さんか萌さんじゃないですか? 笙林にも手を出していたのなら、あの二人とて分からない。癡のもつれじゃないのでしょうか。こうなると、蘭だって誰の子だか分かったものではない」

明渓は厳しい顔で首を振る。

「朱亞さんと燈実さんの関係は分かりませんが、蘭は亡くなったご主人の子供でしょう。燈実さんの子供なら萌さんに聲を掛けられる前、ご主人が亡くなってすぐにこちらを頼ってきたでしょうから」

中を斷られたから、次の仕事を探さなくてはとも言っていた。燈実の子を産んでいたのなら、そんなにあっさりとは引き下がらないだろう。それに殺す理由はない。生かしておいて毎月養育費でも貰ったほうが良い。

そして、何より。

「角部屋にいた人間に兇を投げれることは不可能なんです」

孫庸の顔が怒りで歪む。春蕾がいなかったら摑みかかってきただろう。もっとも素人に來られても何とかできる自信はあるが。

「燈実が亡くなった朝、私は朱亞さん達の部屋に行きました。その時、臺に出たのですが、足元には新雪が積もっているのに、欄干には雪がありませんでした。まるで払い落とされたかのように」

「だからどうしたというのだ!?」

苛立たしげに孫庸が聲を荒げたので、春蕾が孫庸の側に立つ。鞘に手をかけている武の姿を見て孫庸はぐっと口をつぐんだ。

「欄干に雪がなかったということは、犯人は欄干によじ登りそこから小刀を投げたのでしょう。雪を全て払い落としたのは殘った足跡を消すためと考えられます」

欄干に足跡が殘っていればその大きさから男だと分かってしまう。それならいっそ雪を全て落としてしまおうと考えたのだろう。

臺は橫幅があり隣の部屋との間は一尺ほど。大人の男なら自分の部屋の欄干から隣の欄干へいでいける距離だ。欄干の雪を足で払い落としながら自分の部屋に戻って來ればよい。

「孫庸、あなたは自分の部屋の欄干から、朱亞さんの部屋の欄干へと渡り兇を投げれた。鋳師職人で金屬にも詳しく、何度かここに來たことがあるあなたなら、刃が源泉で溶けると知っていてもおかしくないわ」

「隨分と強引な推理だな。でもそれなら俺じゃなくても朱亞や萌だってできるんじゃないか」

「だから、先程も言ったではないですか。角部屋にいた人間には無理だと」

白蓮が宿を見ながら首を捻る。

「どうして朱亞達には無理だと言い切れるんだ?」

「その理由は足跡です。臺の雪に踏まれた跡はありませんでした。背の高い私でも二歩ほど踏み込まないと欄干に手は屆きません。つまり、臺に足跡を付けずに欄干によじ登ることはできないのです」

孫庸が下を強く噛む。言い逃れができないのが分かったのか、悪足掻きで言い訳を考えているのか、何も話さない。

「ただ、どうして小刀を現場に殘せなかったかについては分かりませんでした。多分犯人が孫庸だって証拠が殘っていたからだろうけれど、そこは春蕾兄に任せるわ」

「あぁ、そこまで分かっていれば充分だ」

春蕾は頷く。ここまで証拠が上がっていて、言い逃れをさせるつもりはない。

「では、最後の事件の謎を解きましょう。結論から言えば、この事件の被害者は笙林、犯人は孫庸です」

「待て待て、孫庸は笙林を探していたのだぞ」

「そのが不貞を働き他の男の子を孕んだ。そして妻を殺してまで、その男と一緒になりたがっていたら、春蕾兄ならどうする?」

そう聞かれ、春蕾はうっと唸る。誰との何を想像しているのか知らないが、苦い薬を飲んだように顔を歪ませている。白蓮に関しては想像の域を超えるようで、頭を抱えて苦しんでいる。こちらは常識の斜め上の結論を出しそうでちょっと怖い。

「白蓮様、無理に想像しなくていいですから。とりあえず廚に行きましょう」

「泉ではなくてか?」

「泉で何があったかを聞き出すのは春蕾兄に任せます。私が言えるのはこの宿で起こった事実だけです」

明渓はそれだけ言うと廚へ歩いて行った。その後ろを三人が追う。孫庸の腰紐はすでに春蕾が逃げないように握っていた。

ネット報によると八時間程で包丁は溶けるらしいです。畫見たけれど、本當に溶けてました。

欄干の雪と足跡の有無、欄干までの距離、臺の距離についてはこれより前の文章に書いています。一応推理小説らしく、推理に必要な報は全て「解」までに書いたはず。多分。きっと。

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