《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》33自白
俺と笙林は小さな村で産まれ一緒に育った。
三つ年下の笙林はいつも俺の後ろを付いて來ていた。年ごろになると、笙林は花が咲いたようにどんどん綺麗になっていった。甘え上手の笙林をらしいと思うものは多かったが、馴染の特権を存分に発揮し、俺達は許嫁となった。
そんな時、笙林の父親が亡くなった。そのことがよほど辛かったのか、もともとの弱かった母親も調を壊した。
生活をするための金と薬代が笙林の細い肩にのしかかった。どうにかしてやりたかったが、鋳職人として獨り立ちしていない俺には十分なことができない。
「山向こうの溫泉宿で住み込みの中を募集しているらしいの」
湯治に行ってきた人の話を人伝に耳にしたらしい。母親の調がよくなるまで働いてくると言って笙林は出稼ぎにいった。
俺は何度かその宿に腳を運んだ。幾つも湯殿があり、あのあたりでは高級に分類される宿だった。だから宿に泊まったことはない。でも二度目に腳を運び、俺が鋳職人だと知った燈実は興味を持ったようで幾つか品を買ってくれた。
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今思えば、俺に親切にすることで笙林の気を引こうとしていたのかも知れない。
ある日、笙林の実家に役人が來た。笙林が村を出て半年ほどしたころで、忙しいからと二ヶ月ぐらい會えない日が続いていた時だった。
その日は偶然おれも笙林の母親の見舞いに行っていてその場にいた。
役人は宿が火事になったこと、笙林が行方不明になったことを簡潔に俺達に伝えた。しかしその口調から笙林を犯人と疑っているのは明らかだった。不安で涙を流す母親を、拠なく大丈夫だとめ、俺はとにかく慌てて宿に向かった。
しかし、そこに居たのは中達と驛文だけだった。
話を聞いても三人とも笙林のことは何も分からないという。燈実は玉風さんの火傷を診てもらいに王都の近くまで行って暫くかえって來ないと聞き、仕方なく、出直すことにした。戻ってきたら知らせてしいと驛文に頼み、俺は一度村に戻った。
それから一ヶ月が過ぎたころ燈実が戻って來たと文が屆いた。
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馬を借りて宿に向かうも、二人は笙林の行方には心當たりがないと言う。せめて笙林の部屋で手掛かりを探させてくれと頼んだところ、承諾してくれた。
しかし、何も見つからない。諦めて帰ろうとすると大雪が降ってきて足止めを喰らってしまった。
今は客がいないからと、焼け殘った部屋の一室を借り一晩泊まることなった。しかし、さらに雪は降り続きもう一泊することになったその夜、思わぬ來訪者があった。
「笙林の行方が分かるかも知れません」
「本當か!?」
紗麻の言葉にを乗り出すも、そんな俺を諫めるように紗麻は首を振った。
「まだ確信が持てませんので明日の夕方まで待って貰えませんか?」
「それでも良い、教えてくれ」
「できません。もし違っていたら大事ですから。どうかお持ちください」
深く頭を下げられてはそれ以上追及できなかった。だから、午前中は宿の周りを探し、申の刻(午後四時)を過ぎたころ紗麻の部屋に向かった。
しかし、紗麻はいない。もしかして笙林の部屋で待っているのかと扉に手をかけるも開かない。仕方なく窓から中を覗くと寢臺の上で紗麻が苦し気にを押さえていた。
俺は慌てて扉を蹴破り中にった。彼は俺を見て何か言いたげに口を開いたが言葉にならない。彼のことも心配だったが、このままでは笙林の手掛かりがなくなってしまうという思いの方が強かった。
俺は急いで馬を走らせ山を下りて醫者を呼んだが……あんたも知っての通り間に合わなかった。
次の日、俺はあんた達と一緒に笙林の部屋をもう一度探した。その時、あの手形をたどった先に見つけたんだ。書き損じた文を。
『貴方の子供がお腹にいます』
笙林の字でそう書かれていた。
書いている言葉の意味が分からなかった。いや、決して難しい言葉ではない。でも心にも頭にもってこないのだ。あの後の俺はうまく平靜を保っていただろうか。
その夜は一晩考えた。到底眠れるはずもなく、明け方、やっと笙林が心変わりをした、とけれた。そうなると紗麻が俺に何を伝えたかったかだ。
浮気相手のが子を宿したとなると、困るのは男だ。笙林が行方不明になったのは燈実に殺されたからだと考えた。それを知った紗麻は燈実によって殺されたんだろうと。
めでたい頭だと自分でも思うよ。でもあの時は、燈実が許せなかった。大方、純粋な笙林を誑かし、その気にさせて弄び、子ができたと聞いて焦って殺したのだろうと思った。そういう意味では笙林も被害者だとさえ思っていた。
道が塞がり足止めを喰らったことは、俺には僥倖だった。
一日かけて計畫を練り、翌日早朝、俺は燈実の部屋を訪れた。笙林のことで話があると言うとすんなり部屋にれてくれた。あいつも、俺がどこまで知っているか気になっていたんだろうな。背中を見せた瞬間に、廚から盜んだ小刀で首を引っ裂いた。
そのあとはあののいう通り。包丁でなく小刀を選んだのは隠し持つのに小さいほうがいいと思ったからだ。
しかし、予想外のことが起こった。小刀の持ち手が俺の指の形と同じように変してしまったんだ。ようは、俺の指あとが小刀にぺったりとついているようなだ。
深夜、廚に忍び込んだものの、小刀のった箱の留金が固く、手がかじかんで開けれなかったんだ。廚の橫には溫泉から引いた湯が流れる側があるから、その湯で俺は手を溫め、留金を外し小刀を握りしめた。俺の指についていた溫泉の湯が小刀を変させ、跡を殘したんだろうな。
どうしようかと、悩んだあげく、源泉に投げれることを思いついたんだ。あの湯なら朝までに小刀は溶けるか、溶けなくても指の痕が分からないぐらい変するだろうから。俺の指は平くて特徴的だからどうしてもそのままにはできなかったんだ。
何となく笙林の仇を討ったような気になっていたんだから、俺の頭は隨分とお気楽にできていると思うよ。
だから、あのが落とした紙を拾った時は驚いた。厠に行こうと部屋を出たらたまたまぶつかったんだ。そう、あのだ。武様、あんたの従兄妹のの白い……明渓、あぁ、そんな名前だったな。それで、紙に書かれていたのは紛れもなく笙林の字だった。
笙林は生きていた。あんた、分かるか? それがどれだけ衝撃だったか。あいつは俺の前にずっといたんだ。燈実に寄り添うようにして。それが、何を意味するか。
誑かされたわけではなかった。あいつは本気で燈実を慕っていたんだ。そして、笙林が玉風さんの振りをしているってことは、二人で玉風さんを殺したってことだろう。
じゃ、俺は何のために燈実を殺したんだ? 仇討ちなんて、思っていた自分の阿保加減に反吐が出そうだった。
しさ余って憎さ百倍、とはよく言ったもんだよ。俺はあいつに対して今までじたことのない憎悪をじたんだ。それは燈実に対するよりも強いものだった。
俺があいつの為に犯した罪も、あいつが背負うべきだと思った。だから、考えたんだ。
まず、薄を被ったのが玉風でなく笙林だったとバレるのはまずい。だってそうだろう? 皆、俺が笙林を探しているのを知っている。玉風の正を知り、裏切られた腹いせに殺したと真っ先に俺が疑われてしまうからな。だから、二人が同一人であることを隠し、かつ全ての罪を笙林に背負わせようと考えた。
そのためには、笙林を殺した後で生きている玉風の姿を誰かに見せる必要があった。
玉風の行方不明は、夫の死で將來を悲観したと処理されるだろうとたかを括った。死が見つからないのであれば、武様も調べようがないからな。
……あれは賭けだった。
雪がいつ止むか分からないからな。
丑の刻、俺は笙林のもとを訪れた。手紙を読んだこと、字がそっくりだったことを話すと、笙林はびっくりした様子だった。とにかく話を聞いてくれ、というから屋敷は武が時折見回りをしているからと噓を言って外に連れ出した。
雪の中を泉に向かって歩きながら笙林は玉風を殺したのは燈実で自分は脅されて玉風のふりをさせられていると涙ながらに訴えて來た。
しかも、俺と一緒に村に帰りたいとまで言う。そのくせ泉についたらあいつ、どうしたと思う?
俺を泉に突き落とそうとしたんだ。はは、もう、とんでもないよな。それでもみ合っているうちに笙林が泉に落ちた。
別に正當を主張するつもりはない。もとより殺すつもりだったし。
そして俺は賭けに勝った。雪が寅の刻に止んだ時は完璧だと思ったよ。
棚に細工を終え暫くすると明渓が廚に來た。だから高さを変えた棚の前に立ち、背の高さを誤魔化して、その時間玉風がまだ生きていると思わせた。あっさり功して明渓は出て行ったのに、まさか茶の絵がれ違っていたなんてな。俺も花には詳しくないし。
それにしてもあんな細かい絵柄を良く覚えてられたよな。何ものなんだ、あの。……えっ? 絵を覚えていたのはあんただったのか。それは、さすがですね。
では、もしかしてあのが話したことは全てあんたの推理だったとか?
……あぁ、そうでしたか。あんたは、俺の反応をこっそり伺っていたということですか。
そうですよね。あんな小娘が、俺の計畫を白日のもとに曬す、なんてできるはずないものな。
武の推理とあれば納得もできる。
ここに武が來たことが、俺の運の盡きだったんだな。
今回空燕がいなかったことについて。
※※※※
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気にならない方も、お時間ありましたら是非お願いいたします。
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