《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》34黒玉子
ここまで読んで頂きありがとうございます
初め韋弦視點のち、明渓視點
※※※※※※
早馬から、主が山中の宿に取り殘されたと連絡がきて、私はすぐに馬を飛ばした。到著したのは雪崩で埋もれた道が開通したのとほぼ同時。
馬を変え休む間もなく走らせ件の旅館に著くと、主は半焼した宿の三階の端の部屋で荷造りをしていた。
「白蓮様! ご無事でしたか」
「韋弦、どうしてここにいるんだ?」
ガクッと力が抜けるような、間の抜けた聲。一緒に到著した武の騒がしい聲が庭から聞こえるので何かあったのか問うと、件の侍が四件の連続殺人事件を解決したと、自分ことのように自慢してくる。いったいこの半焼した宿で何があったか、聞くのも恐ろしい。しかし確かめないわけにもいかず、その侍はどこかと問うと、臺に出て湯煙が立つ小さな泉を指さした。
荷造りを終えた主と一緒にそこへ向かうと、侍は湯気の出る泉の底をじっと覗き混んでいる。
「明渓は何をしているのですか?」
「なんでも、兇消失の検証だとか」
き通るようなは王都にいた時より艶がよく、頬はほんのり赤く染まっている。口元がフニフ二としているのは、検証が楽しいが、人が死んでいるのでそれを表に出さぬよう耐えているのだろうか。しかしキラキラした瞳と全から出る好奇心までは隠せていない。
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主と検証を終えた侍を連れ帰った夜、主が高熱を出した。どうやら治りかけていたのが、冬の夜に馬を走らせたことによってぶり返したらしい。主の場合、ぶり返すと癥狀が何倍にも悪化する。案の定、けぬほどの高熱に四日間苦しめられていた。そしてようやく熱が下がったと思った四日目、主は我儘を言い始めた。
「白蓮様、本気ですか?」
「勿論だ。ほら、そろそろ來る時間だろ? 上手くやれ」
そう言って私の手に粥を押し付ける。渋い顔をする私とは反対にとても楽しそうだ。回復が早くなってきたのは主治醫としては嬉しいが、その代わり面倒事が増えてきた。扉が開き明渓が溫かい布を持ってきた。主にではない、徹夜明けの私に持ってきてくれたのだ。
「韋弦様、昨晩も寢ていらっしゃらないのでしょう? 暫く私がおりますから、お休みください」
いつも通り、徹夜の私を労って明渓が申し出てくれた。この娘、々変わり者ではあるが気立ては良い。私は罪悪を抱きながらその手に粥を押し付ける。
「いつもすまないな。先程目覚められて、粥を召し上がるところだ」
「これは……」
「まだ手に力がらないらしい。悪いが食べさせてやってくれないか?」
眉間に深い皺がり、汚泥に沈んだ蟲を見るような眼を向けてくる。聡い娘が真意に気づかぬはずがない。何か言われる前に私は部屋を後にした。
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※※※※※※
麓に帰って五日目。白蓮の熱も下がり、力も回復してきたので、明日には王都に帰れることになった。
(意外と長旅になったな)
湯気の立ち上がる溫泉を覗きながら明渓は慨に耽る。
視線の先には、半刻ほど前に籠にれ、その湯にれた卵がある。卵はどんどんを変えて真っ黒になっていく。
「明渓、あまりを乗り出すな。落ちたら火傷をする」
溫泉の溫度は熱湯に近い。人がれば火傷をする溫度だ。立ち上る湯気と溫度に明渓もそれは分かっていて素直に半歩後ろに下がった。
「それにしても、どうして黒くなるんだ?」
「卵の殻には気孔という小さなが空いています。そこに溫泉の分が付著してなるそうです。この湯は硫黃分が多いので黒いゆで玉子ができるそうですよ」
白蓮が寢込んでいる間、様々な溫泉を堪能していたら、湯で一緒になったが教えてくれた。
「珍しいな。本ではないのか?」
明渓が渋い顔をする。
「おそらく、この手の文獻はあったはずです。でも私は見たことがありません」
「意図的に隠されていたと」
コクリと頷くその顔には不満がありありと浮かんでいる。この度の帰省で知ったのは、自分がいかに信用されていないかだ。知らぬ間に様々な文獻から遠ざけられていたらしい。
(帰ったら蔵書宮で調べよう)
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地元のことはあらかた知っていると思っていたが、そうではなかったようだ。益々、実家には帰れないと思っている。
「あっ、玉子が湯から上がりましたよ!」
「待て、この後蒸気でし蒸すらしい。あそこに並んでいれば買えるようだ」
「では早く並びに行きましょう!」
白蓮は既に列ができかけている方を指差す。明渓は急がなくてはと、無意識に白蓮の手を引っ張り列へと小走りで向かう。
手を握られたことに、白蓮は一瞬目を見開くもすぐにニマッと目を細め、引っ張られるままに著いていった。
茹でた玉子の數が多いのか、黒玉子はそれほど待つことなく買うことができた。
「どこで食べましょうか?」
きょろきょろと座る場所を探す明渓の手を今度は白蓮が引く。
「良い場所を用意した」
いつの間に、と首を傾けながら明渓は黒玉子をれた籠を抱えながら著いていくと、そこは四方を竹垣に囲まれたそこそこ広い場所だった。足元には平たい石が隙間なく並べられている。竹垣は所々窓のように四角に切り抜かれ、石の上に、早春のらかな日が差し込んでいた。
「これは……」
「巖盤浴というらしい。この石の上に座ったり寢そべったりしてを溫めると行がよくなるとか」
「そうなんですか」
「看板に書いてあった。風呂は一緒にれないが、これなら問題ないだろう」
素足で石の上に踏み出すと、足の裏からじわりと溫かくなってくる。石の上には座布団を三つぐらい並べた長さの座褥(クッション)が置かれている。敷布団というには小さく座布団というには大きいそれは二つ並んで置かれていた。
「ずっと座っているとが熱くなるらしい。あれに座ろう」
「隨分長いですね」
「橫になることもできる」
なるほど、と思いながらその座褥の上に座る。既に溫まっていたようで、がぽかぽかとしてきて、すぐにお腹まで溫まってくる。
「これはいいですね」
屋があり四方を囲まれているから、風も吹き込まないし熱も逃げにくい。窓が丁度よい換気になっていて汗が滲むほどでもない。明渓は羽織っていた外套をぎ側においた。白蓮も綿をぐ。
「ところで、春蕾兄から聞いた話でどうも納得できないところがあるのです」
籠の中には黒玉子が四個。そのうちの一つを白蓮に手渡しながら明渓は首を捻る。
「? 俺も報告書の寫しを読んだが、明渓の推理通りに思えたぞ。どこが納得できないんだ?」
「手形の部分です。寢臺の下の手形を辿ると書き損じの紙が見つかったということですが、手形なんてありませんでしたよね?」
明渓も自分の分の黒玉子を手にしてこんこんと石に打ち付ける。小さなひびがった。
「いや、手形はあったぞ。俺も見た」
「私は見ていません」
「気づかなかっただけだろう」
「話を聞いた後、春蕾兄もその手形を探したけれども見當たらなかったと」
そもそも、手形が床に出ることは珍しい。大抵天井、もしくは壁に出る。使われている木材の種類によるのか、処理の仕方によるのかまでは明渓も知らないが。
その言葉を聞いた白蓮の顔がさっと青くなった。
「なぁ、もしあの手形がなかったら、孫庸は真実に気づかなかったんだよな」
「おそらく」
「あの手形、のものだった……」
消えいるような聲で白蓮が言う。明渓もその言葉の意味するところを知って顔を青くする。
「『顔を焼かれ全に花を咲かせた』の手形。その先にある文を見た孫庸が殺したのは……」
明渓はそこまで言って口を噤んだ。
二人は視線を合わせたあと、すっと逸らす。
「気のせいです」
「うん、そうだな」
「春蕾兄も見間違えることぐらいあるでしょう」
茶に書かれた小さな花さえ覚えていたが、そこには今はれない。
「今夜一人で寢たくない」
「韋弦様に伝えておきます」
明渓はペリペリと玉子の皮を剝いていく。自分は手形を見ていないから関係ない、他人事だと気にする素振りは全くない。
しかし、嬉々として玉子を剝く手が止まり、泣きそうに眉を下げた。
「白蓮様……」
「うん? どうしたんだ。急に」
聲が悲しげに震えて、肩がしゅんと小さくなっている。
「……中は白いです」
明渓の手には、黒い殻の下からプルっとした白を覗かしている玉子がある。
「もしかして、中も黒いと思っていたのか?」
「はい」
「玉子の殻に硫黃分がついて黒くなるなら、中は白くて當然だと思うが……」
うっと下を噛む。明渓は読んだことは忘れない。でも、世の中の全てが事細かく書かれているはずはない。まして玉子は聞いた話だ。それでも、ちょっと考えれば分かったのだろうけれど、浮かれていたから仕方ない。
「と、とりあえず食ってみよう。味が違うかもしれないぞ」
落ち込んでいる明渓に、ほれ、と一緒に貰った塩を差し出す。それをパラパラと白い玉子にふり頬張ると。
「……いつもより味しくじます。気のせいでしょうか?」
ちょっと機嫌が直った。食べる場所や雰囲気が変わると、味まで変わったようにじる時がある。
「さぁ。俺は明渓と一緒だと何でも味しくじるからな」
「お粥、自分で食べれましたよね」
「いや、あれは無理だった」
絶対噓だ、と明渓がじと目で睨む。それを見て白蓮はゆるりと頬を緩めた。実に幸せそうだ。
「春蕾はもう帰ったんだよな」
「はい。二日ほど前に」
「手柄を全て取られたんじゃないか?」
「それでいいんです。侍が解決したなんて知られたら面倒ですから」
目立たず蔵書宮の本を読みつくす、それが明渓の目標だ。
「……あぁ、明日には帰らなきゃいけないのか。俺はゆっくり湯につかってないぞ」
「居たければあと何泊かしていいんですよ。私は帰りますが」
「じゃ、俺も帰る」
そう言うと、白蓮は食べかけの玉子を明渓の口に押し込んだ。
「んぐっ……なっ、何するっ……んですか!?」
「味は変わったか?」
「一緒です」
「俺だったら変わっている。明渓が食わせてくれたものは凄く味い」
そう言われても困る。聞かなかった振りをしていると、白蓮は黒玉子をもう一つ手にとり、つるりと剝いた。
「よく食べますね」
「數日、碌に食ってないからな」
「私の分もあげますよ」
病み上がりだからか、それとも育ち盛りか、白蓮の食は旺盛だ。二口でそれを食すと、ゴロリと橫になった。あろうことか、明渓の膝に頭を乗せ、居心地の良い場所を探すようにいている。
「白蓮様、頭をどけてください」
膝の上にある顔を、眥を上げて睨みつける。白蓮はそれを下から見上げながら、あどけない笑顔で黒玉子を明渓に渡す。
「剝いてくれ」
「やです」
「命令だ」
「そんなしょうもない命令、出さないでください」
とはいえ、命令と言われては仕方ない。渋々玉子をけ取る。
そういえばこの巖盤浴、他に人がいないと今更ながらそのことに気がついた。
「誰もいないのは職権濫用の結果でしょうか?」
「まあな。たまにはいいだろう」
そう言うと、口を大きく開ける。食べさせろということか、と明渓の眉間に力がる。
(でも、今回、白蓮様は頑張っていた)
熱を出したでの解剖までしようとした。人の命を救う醫だからか、自分の前で人が死ぬことが耐えられない。きっと誰よりも。そういう人間なのだ。
仕方ないな、と明渓は玉子を口元に持っていくと、魚のようにパクリと食らいついた。
(ちょっと面白いかも)
今度は二寸ほど離した場所でゆらゆらと揺らすと、頭を持ち上げてまた食らいついた。
次は明渓のの高さまで持ち上げる。
(さて、どうするか)
形の良い目を悪戯に細めた時だ。白蓮が勢いよく起き上がった。
その顔は玉子を通り過ぎ、明渓の鼻先一寸の場所で止まる。
先程までのあどけなさは消え失せ、間近にある大きく切れ長の瞳にはゆらりと熱が篭もっていた。思わず明渓の呼吸が止まる。
片方の手が明渓の髪にびてきた。れられた瞬間、はっと我に返って白蓮の口に玉子を突っ込んだ。勢い付いて指がにれる。思った以上の熱を指先にじ、それをなかったことにしたくて指を握りしめた。
「ね、寢るなら大人しく寢てください!」
揺して目線が定まらない。
白蓮はそんな明渓を暫く見つめた後、ゴクンと玉子を飲み込んだ。そして、また明渓の膝に頭を載せた。
(びっくりした)
ふぅ、と息を吐く。まったく何をしでかすか分かったものじゃない。それにあの瞳はやめてほしいと切に思う。
やれやれ、と見下ろせば白蓮はもう寢息を立てていた。
(相変わらず児並の寢付きのよさね)
明渓は膝の上にある貴人の頭を下ろすと、傍に置いていた綿れを丸めて枕変わりにしてやった。
そして自分もゴロリと橫になる。向かい合ってではない。縦一列に、頭と頭がくっつくぐらいの距離だ。顎をあげ見上げると、白蓮のつむじと額が見える。顔は見えないけれど、寢息と薬草の匂いはじられる。
(これぐらいが丁度よい)
気配はすぐそこにある。手をばせば簡単に屆く。でも見つめ合うのはちよっと困ってしまう。
下からぽかぽかと溫もりが伝わってきて瞼が重くなってきた。ふわりと欠をすると、明渓はそっと目を閉じる。
眠りに落ちる直前、微かなれの音がした。薬草の匂いが強くなり、顳顬にらかなものがれた。でも明渓は目を閉じたまま。髪を何度かでた後、薬草の匂いは遠ざかっていった。
間もなく、緩やかなの日差しがる空間に二人の寢息だけが靜かに木霊した。
第三章はこれで終わりです。
ネタが溜まりましたら、第四章を書きたいと思っています。場所を後宮に戻して、皇族の人間模様を書けたらな、と。漠然とですが。是非、ブクマはそのままでお願いします。
いいね、評価も頂ければ今後の勵みや參考にさせて頂きますので、よろしくお願いいたします。
もう一つの連載、派遣侍リディの平穏とは程遠い
日々を明日から投稿します。宜しければお立ち寄りください。
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