《【書籍化・コミカライズ】さないといわれましても~元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる》【閑話】はぎすのごえいはしょっちゅうふるえています

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僕が生まれ育ったこのドリューウェット侯爵領は武勇を尊ぶ気風もあって、領軍ともいえる私兵に所屬できることは領の男にとって憧れだ。僕が産まれる前には不作にあえいだこともあったそうだが、領主様一族はそんな中でも領民に寄り添いながら街道を整え雇用をつくり、易の要所を持つかな領に変えていった。

もともと広大な領地をもつ故に魔の被害も多く、自然と領民は戦うを磨いていた。易でかになれば移民も増え治安も悪くなるものだが、練度の高さで知られるドリューウェットの私兵にとって手柄を立てるためのチャンスでしかない。

僕も十四の見習いからはじめて五年、こつこつと小さなチャンスも逃さずにやってきてやっとこの春から領都の城付きになれたんだ。片田舎の村では村民総出で祝われるくらいの出世だった。

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だからそう、しいい気になってたのだと思う。いくら國軍で異例の出世を遂げたとはいえ、領にもほとんど帰ってくることのない領主様の次男であるジェラルド様が、こんなに、こんなに桁違いの化けだなんて――っ。

「君はし左手の握力が弱いな。鍛えろ」

「……っ、くっ、は」

「返事!」

「はいぃいいい!!ありがとう!ござい、ます!」

僕と僕の同期二人を相手取った手合わせなのに、散々あしらわれた挙句に模造剣を叩き落されて痺れた拳を抱え込んでんだ。足腰はがくがくですぐには立てそうにない。隣でへたり込んでる同期も同じだ。

ジェラルド様はたいして汗もかかないまま、次々と若手をなぎ倒しては一言助言をしていく。助言の最後はすべて「鍛えろ」だった。僕と三歳しか違わないのに。貴族の中でも抜きんでているという魔力の高さなど関係ない。魔法なしでの手合わせなのだから。

「かっこいいよな……」

「お前まだ言ってんの。そりゃかっこよかったけどさ」

今日は中庭で遊ぶサミュエル様とジェラルド様の奧方の護衛だ。城の警備は萬全で特にこんな城奧の庭で警護など大した必要でもないのだろうし、サミュエル様はおとなしい気質の子どもだから、この當番は僕たちの中では『當たり』と言われてる。けれど今日に限って言えば、僕はまたジェラルド様に訓練をつけてもらいたかった。ため息をついてしまった僕のわき腹を相棒が肘でつつく。わかってるって。

「アビーちゃん!ほら!ほら!真っ赤なおさかな!」

「いますね」

「ね!アビーちゃんと同じ!」

「はい」

お二人はさっきからずっと池のほとりにしゃがみこんだままかない。いや貴族夫人があのしゃがみっぷりはどうなんだ。明後日はジェラルド様の結婚披の宴で侯爵夫妻ばかりかスチュワート様夫妻まで慌ただしくしているというのに、何故主役の奧方が池をずっと覗き込んだままかないのか。

奧方は確かにお綺麗だ。鮮やかで艶のある赤髪は、儚げで華奢な背中をなめらかに覆っている。今はし離れた位置にいるが、さっきすれ違いざまに目が合った時は強い輝きのある黃金の瞳に一瞬呆けた。き通るような白いげだけれど整った顔立ち。薄く開いたは瑞々しい桃で。

険のある目つきで近寄りがたくはあるが、ジェラルド様も人目を惹く青年だ。お二人が並べばそれは絵になることだろうけれど。

「なあ、聞いただろ。奧様のうわさ」

「あー……、やめろよ」

「わかってるって」

去年の収穫祭で騒ぎを起こして処刑されたの妹だとか、男狂いの悪だとか、古參の先輩たちや上役に聞かれればぶん毆られるのは必須のうわさが、今年配屬された僕ら若手の中からは消えない。

あんなすごい人にふさわしいなんだろうかと――は?

「わあああああ!アビーちゃんすごい!」

「はい!食べごろです!」

え?

は?

高々と捧げ持つようにあげられた細くしなやかな奧方の両手に、びちびちと尾を跳ねさせる赤い――魚!?

飛び散る水滴と真っ赤な鱗がきらきらとを弾いている。

え?は?はああ?食べごろ!?

「え?お、お前今見えた?」

「わわわからん何がおきたいま、え?えぇ?」

しっかりと捕まえているのか、哀れな魚はどれだけ暴れてもその手から逃げられない。

いやお前魚なんで貴族夫人に捕まってんの!?

直してる僕らの橫を、音が鳴るような風とともに抜き去っていった黒い影。

瞬きの後、さっきまでサミュエル様と奧方の二人だけだった池のほとりにはジェラルド様の姿があった。

水面すれすれまで頭を近づけたサミュエル様の襟首を摑まえている。

「アビゲイル……それ池に返そうな……」

「ドリューウェットでは生のお魚が特産だと」

「それは食べない魚だ」

「えっ」

見てるだけで何が守れると、その後死ぬほどしごかれた。それはそうだ。サミュエル様がいくらおとなしいからといって、予測できないきをするのが子どもというものだ。奧方の真似をしようとしたサミュエル様は池に落ちる寸前だった。いやジェラルド様が間に合わなければ落ちていただろう。護衛失格だ。當然だ。

いやでも予測不可能だったのはサミュエル様じゃないだろうと正直今も思う。

一週間後、奧方様の護衛に追加募集があった。

元々先に移籍していたのは古參の鋭五人で、ジェラルド様が子どもの頃から付き従っていた者ばかりというのもあるが、奧方の護衛と言ってもジェラルド様自が手練れゆえに隠居みたいなものだと噂されていたけれど。

噂なんてものは本當に噂でしかないのだと、僕は一番に名乗りを上げた。

あの予測不能で目にも止まらぬ奧方のき!

それに全くじることのないジェラルド様の反応速度!

學ぶことはいくらでも、まだまだあると教えられたのだ。

そう熱く意気込みを訴えた僕を見る班長の目はなんだか溫かい気がしたのはし気になったけれど、僕は無事希通りにノエル家への移籍となり、すぐさまジェラルド様たちの待つ港町のオルタへと向かった。

「えっえっ、き、君、何か召喚とか雨乞いとかしてるか!?」

「して!ない!です!」

両手両足を力強くあちらこちらへと無軌道に振り回して激しく踴る奧様に、今日も腹筋が鍛えられる。

予測は全く不可能ではあったけれど、これもまた鍛錬、なのだと、多分、そう思う。おそらく。

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