《傭兵と壊れた世界》第八十七話:商の道を駆け上がる

これで良かったのだ。リリィは家族を想っていた。だから、あの品は彼らに渡すべきなのだ。

そう言い聞かせながらは次の目的地へ向かう。

翌朝、金融都市のり口にナターシャ達の姿があった。機船の甲板にはリンベルを始めとした支援部隊の面々が並んでおり、ナターシャだけが地上から見上げている。つまり、別行。支援部隊はここで解散だった。

「本當に一人で良いのかナターシャ! 不安なら私もついていくぜ!」

「あなたがいないと機船を縦できないでしょ! 私は商業船に乗るから、リンベルは先にみんなを送ってあげて!」

ナターシャにはもう一つ、任務が殘っている。団長から頼まれた「通者探し」だ。本來ならばクレメンスに聞いた容を団長に報告して完了のはずだったが、偶然にもマリーから手がかりを得てしまったがゆえに、責任の強いナターシャは単でヌークポウへ向かうことにした。

リンベルが居ないとイグニチャフ達が帰れない。そして通者探しはナターシャの仕事。ここらが別れどきである。

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大國の花(イースト・ロス)の売人は滅多に表舞臺に現れない。だからこそ、彼らの報を得るためにはヌークポウの最年長・風(みかぜ)様を訪ねる必要がある。知恵の薬の末裔であり、ヌークポウとともに様々な國を渡った彼こそが唯一の希。「ボケていないだろうか」と心配に思いながら、ナターシャはクレメンスを探した。

「お待たせクレメンス。挨拶は済んだよ」

「もう良いのかい? 會えるうちにたくさん話した方がいいよ。君たち傭兵は早死にだからね」

「縁起でもない。大丈夫よ、あの船にはリンベルがいるから、たとえローレンシアに襲われても逃げられるわ。どちらかというと自分のが心配よ。これって本當にくの?」

「不審な目を向けないでくれ。こう見えてもブルフミュラー商會の第一線で活躍している商業船だ」

ナターシャは自分が乗る予定の船を見上げた。機船と比べると明らかにみすぼらしい見た目だ。所々にを修繕した跡がある。運んでもらうとして贅沢は言えないが、ナターシャが不安を覚えても仕方がないような狀態である。

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「まあ、ヌークポウ行きの船があって助かったわ」

「君たちの協力には謝しているから、これは見返りの一つさ。むしろ船がなかったらどうするつもりだったんだい?」

「徒歩で國を渡るのは二度とごめんだから、素直にシザーランドへ帰ったかもね」

「まるで経験があるみたいな言い方だ」

月明かりの森からシザーランドまで歩く苦行に比べれば、船に乗れるだけ天國である。ナターシャはありがたそうに両手を合わせた。

ヌークポウは金融都市の北を移しているらしい。幸い距離は遠くなく、數日程度で著くそうだ。

「それじゃあクレメンス。商魂たくましいのは結構だけど気を付けてね」

「任せたまえナターシャ。僕は商會の次期會長だよ?」

「だから心配だって言ってるの。次期會長は自分の足地に行ったら駄目でしょ。ちゃんと安全に気をつかってほしいわ」

「気をつかったから君たちを呼んだのさ」

そう言われてはナターシャも言い返せない。

船から出発の合図が送られた。底知れぬ金融都市ともこれでお別れだ。ナターシャは船に乗り込み、遠くなる商人の姿を甲板から見送った。

傭兵が帰った後、ブルフミュラー商會の一室に戻ったクレメンスは大きく息を吐いた。彼の表が切り替わる。商會の副會長クレメンス・ブルフミュラーの顔に。

「第三六小隊は期待どおりのきだったな。足地での戦闘は不慣れだろうに、僕の護衛をきちんと果たしてくれた。隊員のきをもっと確認したかったがまあいいや。注意すべきはエイダンとヌラ。この二人は危険だな」

彼は足地での容をスラスラと記していく。題目はシザーランドの特記戦力。

「本當は第二〇小隊も呼びたかったが仕方がないか。代わりに彼(・)(・)が來てくれた。第二〇小隊の新たなる狙撃手。腕は申し分ない。今は亡き第二〇小隊の狙撃兵・ジーナと比べれば未な部分もあるが、逆にジーナを凌駕する力も持っている。危険人に変わりなし」

特記戦力の項目にナターシャの名が連なった。彼が記しているのは各國の戦力図だ。刻一刻と移り変わる世の中において、他國の戦力を把握し、狀況に合わせて資を輸出するのがクレメンスの役目。彼はこれから起こるであろう、否、起こすであろう戦いの戦力バランスを脳裏に描く。

「ローレンシアからは誰が出るかな。ホルクス軍団長は間違いなく現れるだろうね。アメリア軍団長は、どうだろう。首都ラスクに殘る可能が高いか。となるとシモン軍団長が予備戦力として控えるかも」

クレメンスは「うん、うん」と納得するように頷いたあと、部下を部屋に呼んだ。若手の商會員が二人現れる。

「お呼びでしょうかクレメンス様」

「ルートヴィアに送る資は準備できたかい?」

「あと數日で完了します。商會の輸送船が各地でホルクス軍団長に襲撃されており、予定よりも遅れてしまいました」

「多の遅れは許容範囲だ。むしろ問題はこっち。予想よりも傭兵の戦力が大きくてね。ルートヴィアが雇う小隊によっては資を調整しないといけない」

「ルートヴィアが雇う小隊……」

若手の一人が繰り返した。

「ルートヴィア解放戦線がきますか」

くね。今はちょうどローレンシア部で抗爭が起きている。元老院と軍部の関係が悪化したそうだ。その隙に彼らは必ず反を起こすだろうさ」

「クレメンス様は傭兵から誰が向かうとお考えですか?」

「んー、第二〇小隊の休養が終わっているかどうか次第だ。終わっていれば彼らが來る。終わってなければ、まあエイダンか、他の若手が選ばれるだろう。それか第二〇小隊も第三六小隊も呼んでルーロ戦爭復刻祭になるかもしれない」

「それは、あの、言い方が……」

言い淀む部下をクレメンスは冷ややかな目で見つめる。商人でありながら人の心を捨てていないらしい。「まったく、教育のし直しだよ」と彼は面倒そうな聲で呟く。

「困るよねぇ。どちらか一方に戦力が傾いちゃうとさ、戦いが早期決著を迎えてしまうんだ。それじゃあ僕達は稼げない」

クレメンスは椅子に大きくもたれ掛かった。足を組み、手を重ねて大仰な態度で言葉を続ける。

「戦いが起きる。多くの民が犠牲になる。ああ、それは悲しいことだ。僕達はの涙を流して資を送ろうじゃないか。だって僕達は商人だ。戦場に需要が生まれ、誰かが武を求めるならば、僕達には戦場の聲を聞き屆ける義務がある」

部下がを鳴らした。目の前には悪魔がいる。人の面をかぶり、人のように椅子でくつろぎながら、そのに悪魔を宿した男だ。

そして部下もまた商人である。彼らはクレメンスの言葉を否定できない。彼の言葉に発され、非人道的な行いであると理解しながらも心を躍らせる。

「稼げますか?」

「稼げるよ。おおいに、ね。この戦いは間違いなく長期化する。僕達が、長引かせるんだ。ローレンシアには天巫がいるが、ルートヴィアには傭兵がつく。そう簡単に終わるような戦いじゃない」

気付けば扉の向こうからも人の気配がする。他の部下が気になって盜み聞きをしているのだ。これはまいった。長の話を勝手に聞くなんて言語道斷だ。クレメンスは笑いながら、外の者にも聞こえるように聲を張り上げる。

資を送れ! 戦場を作しろ! 金融都市の勝者であり続けたいならば心を捨てろ! 君達はブルフミュラーの看板を背負っている。人はいらない。未さも必要ない。君達に求めるのは、常識も道徳も壊れたこの世界で、他者を蹴落としてでもり上がろうとする貪さだ!」

「はい!」と大きな返事がした。目の前の部下だけではない。扉の奧、耳をそば立てていた組合員の全員が聲を上げた。

「さぁ忙しくなるよ。來たる戦いに気を引き締めたまえ。僕達にとってもこれは大きな戦いなのだ」

稀代の異端児クレメンス。彼は紛うことなき商人であった。

今週は二話、來週を三話更新にします。

またね〜。

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