「────ぱぱっおきてっ！！」

「リリィ…………？」

突然の大聲に意識が覚醒する。目を覚ますと、リリィの可らしい笑顔が視界いっぱいに広がっていた。常々思っているんだが、娘に起こされるというのはこの世に存在する起こされ方の中で最も幸せなものの一つじゃないだろうか。俺はなんて幸せ者────

「…………ッ！？」

────あまりの床のさに我に返る。

俺が無様にも大の字で転がっているのはベッドではなく床で、俺は寢ていた訳じゃなく帽子職人に不覚をとって気絶させられたんだった。よく見ればリリィは笑顔などではなく、その大きな瞳の下には涙のつたった跡がはっきりと殘っていた。

「怪我してないか！？」

慌ててを起こしリリィを抱き締める。リリィは俺のの中で小さく震えだした。

「うっ、ぐずっ…………ぱぱぁ…………」

「ごめん…………ごめんなリリィ…………」

リリィの小さいを抱き締めながら、心の中には強烈な後悔が押し寄せる。

エスメラルダ先生に「リリィの魔力が出ないのはお前のせいだ」と言われたあの時。

「魔力が出た」と喜ぶリリィを抱き締めながら、俺は一何を決意したんだ。

────もう二度と娘を泣かせはしないと、誓ったのではなかったか。

「ぐずっ…………ぱぱっ…………だいじょーぶ…………？」

リリィが涙でぐしゃぐしゃになった顔で俺の表を覗き込んでくる。

「…………大丈夫。ありがとうなリリィ」

聲が震えそうで、つい言葉が短くなってしまう。

けなくて涙が出そうだった。ただただ悔しかった。

…………リリィは自分も不安でいっぱいに違いないのに、それを我慢して俺の心配をしているのだ。震えるを必死に抑えつけて、自分は何ともないよと強がって、俺を安心させようとしているのだ。

娘にそんな事をさせてしまう親が果たしているだろうか。いる訳が無い。父親に対してそんな事を思った事は、記憶遡るまでもなく一度もない。

どうして俺はリリィに────大切な娘に、こんな顔をさせてしまってるんだ。

噛み締めた奧歯が悲鳴をあげる。今すぐ自分をどうにかしてしまいたい。けれど今自分がすべきことはそんな下らない自傷行為ではない事くらいは、父親失格の俺にも辛うじて分かるのだった。

「…………」

顔を上げると、ボロボロになった店の中で立ち盡くすラヴィメリアの姿があった。顔には驚きのが張り付いている。こちらを向いてはいるが、俺達を見ているのかは分からない。

を確かめながら立ち上がる。咄嗟に障壁で防いだ事が幸いしたのか、どうやら大きなダメージは無いようだ。いくらラヴィメリアの魔力が相當なものだとはいえ、気絶してしまったのは本當に不覚と言わざるを得ない。

ラヴィメリアの魔法陣が昔エルフの國で見たとある人のものに似ていた気がして、それに一瞬気を取られてしまったのだ。魔法の対応が遅れるくらい呆けてしまったのは、それが決して似るはずのない人のものだったからだ。

「…………リリィ、しの間だけ待っててくれるか？」

足にしがみついているリリィが、不安そうに俺を見上げる。目を合わせて頷いて見せると、ごしごしと涙を拭って名殘惜しそうに手を放してくれた。

今度は絶対その信頼を裏切ったりしない。

父親というものは、娘が見ている前では絶対に負けない生きだから。

◆

「…………私は認めない…………人間がエルフを育てるなんて…………」

ラヴィメリアは虛ろな目で俺を捉えた。どうやらあのドアには特殊な加護が施されていたらしく、それを突破されたショックから抜け出せていないようで、すんなりと俺の接近を許してしまっている。

ドアの逆サイドまでぶち抜かれた部屋の慘狀を見れば、リリィが一どれだけの魔法を行使したのか想像がつく。リリィの潛在能力を知っている俺ですら、まだ目の前の出來事を信じられないくらいだった。

「お前に認められる必要はない。リリィの父親になると俺が決めたんだ」

きっと俺を見てくれているだろうリリィの存在を背後にじる。

俺が守らなければいけない存在。守りたいと思った存在。

その思いが今、俺を強くする。

「わッ、私に近付くな！」

數メートルの距離まで近付いたところで、ラヴィメリアがびながら魔法陣を展開する。彼が展開した魔法陣にはやはり見覚えのある文様が刻まれていた。

いくら不意を突かれたとはいえ、俺は並の魔法で気を失うほどやわな鍛え方をしていない自信があった。あの時は簡易的とはいえ防壁も張っていたんだ。それを貫通して俺を吹き飛ばすほどの魔法を行使出來るのは、彼の出自による所が大きいんだろう。

…………エルフの國の王族にのみけ継がれている文様を持つエルフが、何故アンヘイムで帽子職人をやっているのか。普段なら気になるところだが、今だけはどうでもよかった。

深紅の魔法陣が、彼の魔力をけて輝きだす。改めて見ても彼の魔力は相當なものだった。それに耐えられるあの魔法陣もだ。果たして彼に勝てる人間が帝都やゼニスに何人いるだろうか。想像してみたが、パッと思いついたのはホロだけだった。あいつの纏うオーラや咄嗟ののこなしはその実力を雄弁に語っていた。ゼニスでもトップクラスの実力の持ち主だろう。

「認めない認めない認めないッ！　お姉ちゃんを傷付けた『人間』なんか────私は絶対に認めないんだからッ！！」

魔法陣が一際強いを放つ。

現れたのは彼のを象ったような鋭い炎の槍。その穂先を一直線に俺に向けると、憎悪の槍は風切り音を置き去りにして空間を疾駆する。下手に距離をめてしまった今、狀況は絶的と言えた。

────避ける必要があれば、の話だが。

「え…………？」

ラヴィメリアの放った渾の炎槍は────俺にれるや否や煙のように立ち消える。信じられない、というようにラヴィメリアが聲をらした。

────同質、同量、逆位相の魔力をぶつける事で魔法を消滅させるこの『対消滅』という技は、高度な魔法の理解を必要とする。戦闘中にそれを行わんと願うなら、さらに思考の瞬発力も必要になる。相手の魔法を初見で完全に理解する事はまだ俺には出來ないが、今回は既に一度ラヴィメリアの魔法をそのにけている。分析するには十分な験だった。

つまるところ────

「────お前の攻撃はもう俺には屆かない。一度目で俺を殺さなかった事がお前の敗因だ」