「ふざけるなッ…………！　『人間』なんかに…………私の魔法が防がれてたまるかッ！！」

一つ、二つ、三つ…………そこからは數えるのを止めた。まるで主を守るように、或いは主が自らを隠すように、大小さまざまな魔法陣がラヴィメリアの周りに現れる。王族である事を示す魔法陣で周囲を埋め盡くすラヴィメリアは、さながらエルフの兵士に守られる將軍のようでもあった。

俺は以前同じ文様を持つエルフを助けた事があるんだが…………まさか同じ王族でもここまで格が違うとはな。まあ、エルフによって格が違うのは當たり前か。人間にも下らない王族が山ほどいるからな。は人格を擔保しないという事だろう。

「死ねぇええええええっ！！！！」

そこから放たれるのは、槍────ではなかった。

炎のを持つ、鋭利な刃が付いた鎖。無數に展開された鋭利な手が、俺を目掛けて空間を躙していく。

「ぱぱっ！」

心配そうなリリィの聲が既に屋と呼べそうにない室にこだまする。

ラヴィメリアの魔法は、既に俺を決死領域に引きずり込みつつあった。四方八方に散らばった無數の刃は、さながら猛禽の爪。

ラヴィメリアの怒りの結晶が、獲を刺し穿たんと今まさにその刀を神速に預けた。ゆらんゆらんと揺っていた鎖の部分が蜘蛛の糸のように後を引く。中心にいた俺は、その様子が何故かスローモーションに見えた。

「────大丈夫だ、リリィ」

…………槍が刃になったところで結果は変わらない。ラヴィメリアの魔法は、俺の皮を裂くすんでの所で音も無く消え去った。『対消滅』は高度な戦闘技だが、に著けてしまえばこれほど萬能で強力なものはないんだ。

「なッ、なんなんだお前はッ！？　どうして私の魔法が消えるんだッ！」

自分の魔法が俺に全く通用しない事を悟ったラヴィメリアがぶ。その表には先程までの怒りではなく、恐怖や怯えが顔をのぞかせていた。王族の魔法が強力である事を差し置いても、ラヴィメリアは相當な使い手だ。魔法戦でここまで手も足も出ないなんて、こんな経験は今までないだろうな。

「うっ…………」

俺が一歩前に踏み進める度、ラヴィメリアは同じだけ後退していく。けれど無限に下がれる訳も無く、やがてラヴィメリアは部屋の壁に背中を付けた。俺はお構いなしに距離を詰めていく。

いつの間にか俺と彼の距離は、その細くて白い首を摑んで、壁に押し付けられるまでにまっていた。

「グッ…………がハッ…………」

ラヴィメリアの顔が苦悶に歪む。

世の中には整った顔立ちのエルフが苦しむ事に快を覚える奴がいるらしいが、殘念ながら俺にそんな趣味はなかった。けれど逆に、それを可哀想だと思うまともさも持ち合わせていなかった。俺は善人ではないからだ。

唯一気になっていたのは、これから起こる事がリリィの教育に悪いという點だが…………リリィの場所からは俺の背中しか見えない。終わった後は、気を失っているとでも適當に誤魔化してしまえばいい。先に殺されかけたのはこちらなのだから、アンヘイムの法律的にもきっと大丈夫だろう。躊躇う理由は無いように思えた。

────こいつを今ここで、殺してしまう事に。

俺の心は今、不思議なほど殺人のハードルが低かった。酒場でチンピラ共にじた躊躇いは一何だったんだろうか。

もしかするとこれは、リリィを危険に曬してしまった自分のけなさを払拭しよう、という淺ましい心のメカニズムなのかもしれない。ラヴィメリアの命を奪った所で、俺が父親失格だという事が覆るはずもないのにな。

「…………」

俺は右手に力を籠める。ラヴィメリアは必死にこちらを睨みながらも、その薄紫の瞳から涙を溢れさせた。さっきまでギリギリ地面についていたお灑落なブーツのつま先が、今は完全に宙に浮いている。顔が赤くなっているのは極度の興と酸素欠乏によるものだろう。両手で俺の腕を摑んでいるが、エルフのの筋力ではどうする事も出來ない。

彼は一今何に泣いているんだろうか。苦痛か、それとも悔しさか。どちらだとしても俺には関係ない。

「がッ…………お…………お姉、ちゃ……は…………」

それはもう殆ど嗚咽だった。目と鼻と口から醜くを垂れ流した彼が最後に何を言うのか気になった俺は、ほんのしだけ時間を與える事にした。

「本當……にッ…………好き、だったん、だ…………」

ラヴィメリアは自分がそろそろ死ぬ事を理解しているだろう。それなのに、その瞳は視線だけで俺への殺意を伝えてくる。彼は最後の意思で、俺を睨む事を選択したのだ。その點だけは好が持てた。俺の経験上、生きというのは死の間際が最も醜いからだ。

「それ、な、のに…………人げッ、は────ぁ」

最後に気の抜けるような聲をらして、ラヴィメリアは白目を剝いて失神した。俺の腕を摑んでいた両手がだらん、と宙に垂れる。果たして彼が最後に何を言いたかったのか、それはもう分からない。

首から手を離すと、ラヴィメリアは糸の切れた人形のようにずるずると壁をり落ちる。

エルフの王族の魔法には確か自で発する魔法障壁があったはずで、きっと彼もそれをに纏っているはずだが、気絶した今となってはそれを意味をさない。自というのはあくまで本人に意識があった時の話だ。

俺はラヴィメリアに手を翳した。魔法陣を生しながら────最後にもう一度考える。果たして彼の命を奪うべきか。

「…………」

魔法陣が俺の魔力に反応して淡くり出す。泣き腫らしたリリィの顔を思い浮かべれば、答えは考えるまでもなかった。

「────あの」

背後への接近に気が付かなかったのは────珍しく人殺しに意味など求めていたからだろう。

「ラディメリア様を許して頂けないでしょうか。代わりに私の命を差しあげますから」