《無職転生 - 蛇足編 -》3 「ノルンの嫁り 後編」

- ノルン -

私はルイジェルドさんと結婚することになった。

あれよあれよ、というじだった。

兄さんにあれこれと聞かれ、正直に答えて。

それから十日もしないうちに、兄さんにルイジェルドさんと引き合わされて、その場での告白と同時に、プロポーズをけた。

ふわふわとした気持ちのまま、話が進んでいった。

あと十日もすると結婚式も行うという。

兄さんとルイジェルドさんは著々と準備を進めている。

私がした事と言えば、スペルド族のの人と一緒に、結婚裝を作ったぐらいだ。

ルイジェルドさんがいつも著ているような、スペルド族っぽい裝を。

結婚はスペルド族の方式でやるらしい。

ミリス式にし憧れていたのは事実だけれど、ルイジェルドさんの所にお嫁さんにいく、という事実が強調されている気がして、嫌な気持ちはしない。

スペルド族の皆さんも、いい人ばかりだし。

正直、これ以上、むことはない。

人前で額にキスとか、ルイジェルドさんは嫌がるだろうし。

兄さんは、任せておけと言った。

私はそれをありがたく、けるだけだ。

でも、『ミリスの首飾り』ぐらいはしいかもしれない。

頼んでみようかな……。

きっと、兄さんにワガママを言う機會も、これで最後だろうし。

「……」

なんてことを思いつつ、私は自分の部屋を整理していた。

アイシャと一緒に、ルイジェルドさんに連れてきてもらってから、ずっと使っている私の部屋。

長いこと寮生活をしていたので、この部屋より寮の方が自室という覚が強い。

だが、整理していると、なんだかんだ、一つ一つのものに思い出が宿っているのがわかる。

ザノバ先輩が作った、ルイジェルドさんの人形。

初めて見た時にして、ついもらってしまって、寮に飾ってあったものだ。

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兄さんは何も言わずにいてくれた。

なんだかんだ言って、この人形を毎日眺めているのが、日課のようになっていた。

ルイジェルドさんとは、ちょっとだけ似てないけど、でもルイジェルドさんとわかる人形。

これを見て、いつも、會いたいなと思っていた。

それから、木刀。

エリス姉さんに剣を教えてもらうようになってから、毎日のように振っている。

あまり上達はしていないし、自分でも才能がないってわかっているけど、いい。

剣を振るのは楽しいし、世界で一番強くなりたいわけでもない。

才能が無いからやめろ、なんてくだらない事は、このシャリーアでは誰も言わない。

兄さんはもちろん、エリス姉さんだって、ロキシー姉さんだって、シルフィ姉さんだって……ザノバ先輩やクリフ先輩だって、言わなかった。

みんな、才能溢れる人たちなのに、言わなかった。

今となってはそれが、とてもありがたい事だとわかる。

そして、才能が無いけど頑張る、というのが、とても大切な事だとわかる。

そうでなければ、私は生徒會の會長になんてなれなかっただろう。

私が會長となった生徒會は、みんな才能がなかった。

一部の教師には、魔法大學始まって以來の、ボンクラ生徒會とまで言われた。

でも、ジーナス教頭先生だけは「アリエル會長の頃よりも、生徒たちが穏やかに暮らしていますね」と言ってくれた。

実際、私が生徒會長を勤めていた頃は、學校での暴力事件や犯罪が、アリエル會長の頃よりなかったみたいだし……。

運が良かっただけかもしれないけど、私はそれが、みんなの才能が無いからじゃないかな、と思う。

ボンクラだから、生徒會が生徒のことを考えられた。

ボンクラだから、生徒たちも、生徒會のことを考えてくれた。助けてあげないとな、と思ってくれたのだ。

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一萬人も生徒がいる學校なんだから、十人ちょっとの生徒會が頑張るより、一萬人の生徒がしずつ心がけてくれた方が、良くなるに決っているのだ。

クローゼットの中にある學校の制服も著なくなった。

たしか、この制服はナナホシさんがデザインした、と聞いている。

それ以前は、服裝はバラバラだったそうだ。

私が學した時には、すでに誰もが制服かローブをにつけていた。

どんな強面の生徒も、妖艶なも、みんな同じ服だった。

友達がたくさん出來たのは、みんながみんな、同じ服を著ていたからなんだろうと思う。

きっと違う服だったら、私も今の友達と仲良くできなかったと思う。

魔族の人とか、獣族の人とか、見ただけで、話しかけようとか思えない格好してるし。

まあ、わかんないけど。

でも、アイシャが自分の傭兵団でも真似をして制服制度を採用していたから、

生徒全員に同じ服を著せる、っていうのはとても有効だったんだろうと思う。

だって、あのアイシャがやっているんだもん。

そして、壁に掛けられた、お父さんの剣。

お父さんが、お母さんと結婚する前からずーっと使っていたという剣。

兄さんがお父さんの品を分配するときに、私にくれた剣。

もう一本はアイシャが貰ったけど、兄さんが戦いに使うからといって、すぐに持って行ってしまった。

鎧はお母さんの部屋に飾ってある。

私は、何かある度に、この剣に向かってお祈りをしている。

お父さんはミリス教徒じゃないし、ミリス教徒からすると眉をひそめてしまう人だったけど、私は好きだった。

今も生きていたら、きっと小言ばっかり言っちゃうだろうけど。

でも、嫌いにはならなかったと思う。

だって、お父さんは、とても頑張っていたから。

兄さんにしろ、私にしろ、頑張ってもダメな時はあるから……だからずっと好きなままだったと思う。

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そんなお父さんに、今日もまた、お祈りをする。

「私も、結婚することになります」

いや、こういうのはお祈りではなく報告だったか。

兄さんはそう言っていた。

兄さんも、一人でお父さんの墓によく行って、報告をしているそうだ。

忙しい人なのに……そういう所がマメで凄いと思う。

「兄さんが、お父さんの代わりを務めてくれています。

私は、きっと、今まで兄さんにとって重荷だったでしょうに、

私のために、何も文句を言わず、一生懸命、いてくれています。

……兄さんには、謝しても、しきれません」

結婚の報告のつもりが、兄さんへの謝になってしまった。

兄さんは、本當に、死んでしまったお父さんと、あんな風になってしまったお母さんの代わりになって、私を守ってくれたと思う。

もちろん、兄さんは忙しい人だから、私まで目が屆かない事もあって、

私はそんな兄さんを見て、お父さんが死んだから嫌々面倒を見てるんじゃ、って思った事もあったけど。

今はそうじゃない、っていうのは、わかる。

うまく説明できないけど、兄さんはちゃんと、お父さんとお母さんの代わりをしてくれている。

私には、ずーっと昔の記憶がある。

私がまだ生まれて間もない頃の記憶だ。

もちろん、おぼろげで、しっかり憶えているわけじゃない。

まだ私がハイハイも上手に出來なかった頃の話だ。

私はアイシャと競爭をしていた……んだと思う。

どうして競爭していたかわからないけど、ゴール地點にはお母さんがいたのを憶えている。

もちろん、私はアイシャに負けた。

アイシャはすごい速さでお母さんの所にたどり著いて、お母さんはアイシャを抱き上げて、いい子ね、よく出來たね、と褒めた。

私はそれを見て、泣いた。

お母さんが遠くて、アイシャにお母さんを取られたような気がして、私は褒めてもらえないんじゃないかって気がして、泣いた。

そうしたら、お母さんは言ったのだ。

「ノルン、お母さんちゃんと待ってるわ、ここまでいらっしゃい」

そう言って、私がたどり著くのを待っててくれて、ちゃんと褒めてくれた。

兄さんは、私を待っていてくれる人だ。

私がどれだけどんくさくても、待ってくれる。

辛抱強く、時には苦笑しながら、あるいは狼狽しながらも、でも決して見捨てたりせずに、待ってくれる。

そういう人だ。

だから、ちゃんとお母さんの代わりをしてくれたんだってわかる。

「……」

結婚の準備だってそうだ。

兄さんは、全てやってくれた。

きっと、お父さんが生きていたら、やっぱり兄さんと同じようにいてくれただろうと思う。

もしかすると、ルイジェルドさんが気にらなくて、ちょっと喧嘩とかしちゃったかもしれないけど。

でも、いざ、結婚をする、となったら「オレに任せろ」といって、方々に手を回してくれたんだろうって思う。

お父さんが、お母さんと結婚する時も、そんなだったらしいから。

「……」

そんな事を考えつつ部屋の整理をしていたら、部屋の整理はすぐに済んだ。

元々、モノをあまり置いていない部屋というのもあったけど、私の私はなくなり、ガランとしている。

この部屋は、ルーシーちゃんあたりが使うらしいけど、これぐらい整理すれば大丈夫だろう。

あとは、私と、幾つかの思い出の品を持って、ルイジェルドさんの家に行くだけだ。

スペルド族の村の、ルイジェルドさんの家に。

正直、夢でも見ているような気分だ。

ずっと昔から、ずっと憧れていたルイジェルドさんと結婚するなんて。

わくわくするし、ドキドキする。

シルフィ姉さんもそうだったらしいけど、男の人とふたりきりで生活を始めるというのは、期待と張がじる。

ルイジェルドさんはずっと年上だけど、結婚するとなれば、兄さんとシルフィ姉さんたちがしてるような事もするだろう。

やり方については學んだけど、実踐は無い。

ちょっと不安だ。

優しくしてもらえるのだろうか。

ちゃんとやっていけるのだろうか。

でも、不安よりも期待の方が上回っているのはわかる。

わくわくが強い。

あの日、ルイジェルドさんの名前を聞いた時に、咄嗟に兄さんに縁談を進めてくれと言って、本當に良かった。

そう、心から思う。

「ねぇ、ノルン姉……ちょっといい?」

ふと、扉がノックされ、そんな聲が聞こえた。

私をノルン姉と呼ぶ人間は、一人しかいない。

アイシャだ。

「いいですよ、どうしました?」

「うん……ちょっと、いい?」

アイシャは部屋にってくると、ややもじもじとした様子で扉を閉めた。

珍しい。

私に対してこんな態度を取るアイシャを見るのは、初めてかもしれない。

「座ったらどうです?」

「うん」

アイシャは促されるまま、ベッドに座った。

私は整理して、ルイジェルドさんの家に持っていく荷だけを脇にどけて、椅子に座った。

「その……ノルン姉、結婚……いや婚約? おめでとう」

「ありがとう」

そういえば、兄さんが私の結婚について発表した時に、いろんな人に祝ってもらったけど、アイシャには言われていなかった。

「なんか、変なじする。ノルン姉が結婚なんて、ねえ」

「そんな事を、言いに來たんですか?」

「いや、そうじゃなくて……その、ね……ノルン姉、結婚って、どんなじ?」

アイシャは私の方を向かない。

目を逸らしたまま、聞いてはいけない事を聞きたいみたいに、聞いてくる。

「どんな……って?」

「ノルン姉は、なんで結婚するの?」

……あ、そういえば、思い出した。

アイシャには言われたことがあったっけか。

「才能が無いってわかってるのに、なんでそんな事するの」って。

相変わらずな妹だ。

とはいえ、昔はそれが悪口とか、嫌味に聞こえていたけど、最近はどうも違うらしいというのがわかってきた。

アイシャはアイシャで、いろんな事に才能がありすぎるせいで、々と迷っているのだ。

なんでもうまくできちゃうから、うまく出來ないのにやる、って事が覚的にわからないのだろう。

いや……昔のアイシャはそういう事を言う時には、嫌味も多分に混ざっていたか。

だから昔は、とてもアイシャの事が苦手だったのだ。

けど、最近は苦手意識も消えた。

アイシャから嫌味が消えたのは、何時頃からだっただろうか……。

今となってはわからない。

ただ、なくともルーシーちゃんが生まれた頃から、アイシャはかなり変化したように思う。

「なんでと言われましても……この結婚は、意味のあるものですし、私もルイジェルドさんが好きですし」

「好きって何?」

「……一緒にいたいとか、この人を見てると抱きしめたいとか、抱きしめられたいとか、そういう気持ちが自然と湧いてくることです」

「あたしがお兄ちゃんのことが好きだけど、その好きとは違うの?」

「それは……私はアイシャじゃないから、わかりません」

「だよね……」

そう言うと、アイシャはベッドに座ったまま足をばし、ベッドにバタンと倒れこんだ。

「わかんないなぁ……」

アイシャは足をパタパタとさせながら、うーと唸った。

「リニアも、プルセナもさ、最近は結婚、結婚ってうるさいんだよね。

婚期を逃したとか、ここまで來たらもう妥協は出來ないとか。

結婚って、そんなに必死になるものなのかな? どうしてもしなきゃいけないのかな?

理論的に、したほうがいいってのはわかるんだよ?

でも、みんなそこまで考えてるわけじゃないでしょ?」

「アイシャは、結婚したくないんですか?」

「したいのか、したくないのかもわかんない」

「好きな相手とかも、いないんですか?」

「いない。

小さい頃はお兄ちゃんと結婚するんだと思ってたけど、

でもお兄ちゃんとは何か違くて、

でも、この家を出るって、何か想像もできなくて……」

アイシャは小さな頃から兄さんにべったりだった。

に初めて會ったのはミリスで、お父さんが立ち直って立派に仕事をし始めてしばらくした頃だった。

正直、あの頃はアイシャの事を姉妹だと認識はできなかった。

寮の友人に聞く所「再婚相手の連れ子」みたいなじだったんじゃないかと思う。

リーリャさんも、アイシャを妹というより、もっと別の、部下のメイドみたいに扱おうとしていたし。

そんな彼を妹と認識したのは何時からだったろうか。

一緒に、ミリスの學校に通っていた頃だっただろうか。

それとも、ルイジェルドさんやジンジャーさんと一緒に、シャリーアに旅する間だったろうか。

今となっては、思い出せない。

なくとも、このシャリーアで暮らし始めた頃には、妹として認識していた。

「ノルン姉はさ、今どんな気持ち?」

「私は……幸せです」

「幸せ? それって、どんなじ?」

「口では説明しにくいですけど、なんていうか、今は何も嫌なじがしないです。これから、いい事ばかりがあるわけじゃないってわかっているんですけど、でも、これから良い事があるのが疑えないような、そんなじです」

言い終わる頃には、アイシャはを起こして、じっと私を見ていた。

そしてしばらくして、ポツリと言った。

「そんなのが幸せなの?」

「そんなのって……」

「だって、あたしは大いつもそうだよ?」

「じゃあ、アイシャはいつも幸せなんじゃないですか?」

そう言うと、アイシャはまたベッドに倒れ込んだ。

「幸せ……じゃない、気がする。なんか羨ましい。ノルン姉に初めて負けた気がする」

「私は別に、勝ったというじはしませんけど……」

「いや、負けた。多分あたしは、ノルン姉に負けた」

意外に思った。

私は生まれてこの方、何をやってもアイシャに勝ったためしが無かった。

アイシャだけではない。

學校でも、特別優秀ということはなかった、攻撃魔の模擬戦でも勝率は4割5分だし、テストの平均點は80點前後といった所だ。

もちろん、主席でもなんでもない。

私が學んでいてアイシャが學んでいない事で勝負すれば、確かに一度や二度は勝てるだろうけど、十回、二十回と続けていくに、まったく勝てなくなるだろう。

アイシャはそれだけ要領がよくて、長が早くて、本質を摑むのもうまい。

そんなアイシャが敗北……。

というのに、あまり嬉しくはじない。

別に、私が努力したわけではないし、競ったわけでもないからだろう。

アイシャに勝とうと思って結婚するわけじゃない。

「ねぇ、ノルン姉」

「なんですか」

「結婚しても、たまに、會いに行ってもいい?」

これも意外に思った。

ここ最近、アイシャは私から距離を置いていたようにじていたからだ。

兄さんの子供の世話をしてる時は、そんな素振りを見せないけど、

なくとも、私が一人でいる時に、用もないのに近づいたり話しかけたりは、あまりしてこない。

「ええ……もちろんです」

「子供生まれたら、あたしにも抱かせてね」

「はい」

子供……。

シルフィ姉さんにも々と聞いてはいる。

まだ早いと思いつつも、いずれはそうなるだろうと思い、覚悟もしている。

まぁ、その前の段階についての覚悟の方が強いわけだが。

アイシャは今もなお、兄さんの子供たちの世話をしている。

シルフィ姉も、かなり助かっていると言っている。

思うと、この家を離れるのであれば、自分ひとりで育てなきゃいけない。

そういう點でも心配だ。

私なんかに出來るんだろうか……。

シルフィ姉さんあたりなら、ノルンちゃんなら大丈夫と言ってくれるだろうし、ロキシー姉さんなら一緒に不安がってくれるだろう。

エリス姉さんならそんなの勝手に育つわ、なんて言うだろうけど……。

心配だ。

「むしろ、子育てについて、分からない事を教えてくれると助かります」

「それは、まかせて!」

「はい……ふふっ」

私は笑った。

アイシャの笑顔がなんだか嬉しくて、笑った。

その日、私はアイシャと夜遅くまでおしゃべりをした。

特に、意味のあるおしゃべりではなく、結論のでない愚癡のようなものを延々と。

そして翌日、私は荷を持ってルイジェルドさんの家に引っ越した。

- ルーデウス -

ノルンとルイジェルドの結婚式はスペルド族の村にて行われた。

スペルド族の様式だ。

満月の夜に、村人がそれぞれ料理を持ち寄り、皆で食べながら新郎新婦を祝うのだ。

俺は村人ではなかったが、當然のように料理を持って、當然のように家族を引き連れて參加した。

ノルンの家族なのだから、嫌とは言わせない。

誰も嫌とは言わなかったし、むしろ歓迎されたが。

料理はリーリャとアイシャが作ったものだ。

アイシャはノルンの結婚について、実に複雑なを抱いているようだった。

結婚が決まってからというもの、ソファに寢っ転がって何かを考え、リーリャに怒られる、という景を何度も目にした。

そういえば、アイシャは結婚の數日前に、ノルンの部屋にて二人で深夜遅くまで何かを話していたようだ。

話の容についてはわからないが……彼々と思う所があるのだろう。

何にせよ、決して祝福していないとか、そういうわけではないようだ。

結婚式に持っていく料理に関しては手を抜かず、むしろ腕によりをかけて作ってくれた。

は、ミリスやアスラから材料をかき集めて、巨大なフルーツケーキを、作った。

スペルド族が甘いもので喜ぶのか、と思う所もあったが、そのへんはロキシーが太鼓判を押してくれた。

まあ、ロキシーが甘いもの好きなだけかもしれないが……。

一応、ノルンの晴れ舞臺ということで、家族は全員參加とした。

アルスやジークといった小さい子はもちろん、レオにジローにビートもだ。

家族ではないが、この結婚式の立役者であるオルステッドも、隅の方にこそっと參加する運びとなった。

ついでに、魔法都市シャリーアに滯在しているノルンの友人にも聲を掛けて、積極的に參加してもらった。

ノルンの後輩である生徒會の面々は、ノルンが結婚すると聞くと、ぜひとも參加させてくださいと、向こうから頭を下げてお願いしてきた。

スペルド族のひしめく広場の中、人族の一団が震えながら參列しているのは、々可哀想な景ではあったが……。

まあ、それでもみんな、幸せそうなノルンを見ていると次第に張も取れたようで、宴もたけなわとなる頃にはノルンにお酒を注ぎにいくだけの余裕ができたようだった。

そう、ノルンは幸せそうだった。

家では、というか俺の前ではむすっとした表をしている事も多いノルンだが、

ルイジェルドの隣に座っている彼は、終始はにかんだ笑みを浮かべていた。

しかもノルンは時折ルイジェルドの方を見て、ルイジェルドがそれを察知してノルンを見る度に顔を赤くしてうつむくのだ。

スペルド族の陣が作ったという伝統的な花嫁裝にを包み、たくさんの料理を前にして、ルイジェルドを見ては顔を赤くして笑みを浮かべる。

さらに式の途中でサプライズとして、ミリス式の結婚式も組み込んでもらったのもよかった。

直しと稱してルイジェルドとノルンの二人に純白の裝にを包んでもらい、

二人が戻ってきた所、サプライズゲストとして隠れていたクリフが、ミリス式の祝詞を読むのだ。

最後に、ルイジェルドが予め用意していた首飾りをノルンに掛けると、ノルンは真っ赤な顔をして、膝をついたルイジェルドの額にぎこちないキスをした。

ノルンは終始驚きの表だったが、一連の流れが終わった時には泣きそうな顔で笑っていた。

とてもとても、幸せそうな笑顔だった。

これを幸せと言わず、なんと言うのだろうか。

「ノルン姉、すごい綺麗だね」

アイシャはそんなノルンを、綺麗と稱した。

服裝が似合っているからしいのか、それとも幸せであることがしいのか。

わからないが、アイシャは羨ましそうにノルンを見ていた。

「アイシャも、いつかああなるさ」

「あたしはならないよ」

即答であった。

アイシャは結婚するつもりが無いらしい。

俺としては、ノルンだけでなく、アイシャも送り出してやりたいのだが……。

まあ、結婚だけが人生ではないから、別にうちにいても構いやしないけど。

「……」

それにしても、ノルンが嫁か。

慨深い。

ミリスで會った時は、とても小さくて、攻撃的だった。

學校に學したら、寮の部屋に引きこもる、なんてこともあった。

手の掛かる子、だめでドジな子、という印象もあったノルンが、いつしか生徒會にって、立派に生徒會長を務め上げて、大勢の後輩に慕われるようになって、そして結婚だ。

「……すん」

思わず、鼻の奧がツンとなった。

拝啓、パウロ様。

ノルンはとても綺麗で、いい子に育ちました。

草場のにおられますか?

おられないはずがないですよね?

今いないんならさっさと來てください。

「お兄ちゃん、こんな時に泣かないでよ」

「泣いてなんかないやい」

「ないやいって……遠くで見てるぐらいなら、ノルン姉に一言ぐらい聲かけてきたら?」

「ん、ん~」

現在、宴もたけなわということで、參列者が順番に、新郎新婦に祝福の言葉を述べている。

スペルド族の様式にそんな風習は無いそうだが……クリフが何か言ったのかもしれない。

ノルンは笑いながら、それぞれに挨拶を返している。

そんな幸せな時間。

俺が近くに行ってしまっていいのだろうか。

遠くで見守っているぐらいがいい気がする。

「ノルンに嫌な顔されないかな?」

「されるわけないじゃん」

「そうかな」

「そうだよ」

「……アイシャもついてきてくれる?」

「皆でいけばいいじゃん……」

まぁ、言うほど心配してるわけじゃない。

どちらかというと俺の方が心配だ。

絶対に泣いてしまう。

晴れの舞臺なのに、泣いてしまう。

無様にわんわん泣いてしまう。

皆にノルンの兄貴は泣き蟲野郎だとゆびさされてしまう。

いや、それはいいんだが、俺はこの間、ルイジェルドに泣くなと言われたばかりだ、だからこの場では、あまり泣きたくない。

せめて家に帰ってから、シルフィの膝に顔をうずめて泣きたい。

「わかったよ。じゃあ行こうか」

しかし、行かないわけにもいくまい。

俺は皆を引き連れてノルンの方に近づいた。

「あっ」

ノルンは俺たちを見ると一瞬だけキュっと口を結んだ。

すぐに笑顔に戻ったが、ちょっと何か言いたいことがあるのかもしれない。

なんだろう、怖い。

と、怖気づく俺を追い抜くように、シルフィが最初にノルンの前に立った。

「ノルンちゃん、結婚おめでとう」

「ありがとうございます。シルフィ姉さん」

「これから不安に思う事も々と起きるだろうけど、大抵のことはなんとかなるから、ちゃんとルイジェルドさんとお話しして、頑張るんだよ」

「はい、頑張ります」

シルフィはそう言って、ノルンに対して笑顔を向けて、その場をどいた。

次に出たのはエリスだ。

「ノルン、おめでと」

「はい、ありがとうございます。エリス姉さん」

「剣の修行、さぼったらダメよ? ルイジェルドは強いけど、守ってあげないといけない時は來るわ」

「はい、肝に銘じておきます」

エリスは満足気に頷いて、その場をどいた。

そして、ルイジェルドの方にいって、何かを話し始めた。「ノルンをちゃんと守らなかったら承知しないわ」とかなんとか言ってる。

そんなエリスの脇から、ロキシーが前に出た。

「ノルンさん、おめでとうございます」

「ありがとうございます、ロキシー先生」

「こんな時まで先生はやめて……いえ、では最後ですので、先生らしい事を言わせてもらいます。異種族間の結婚は、本人たちより、むしろ周囲があれこれと言うかと思いますが、気にすることはありません。普段どおりにやれば、みんな認めてくれるようになりますから」

「……はい、先生!」

次いで、リーリャとゼニスが立った。

「ノルンお嬢様、おめでとうございます」

「リーリャさん、お母さん……ありがとうございます」

「思えば、私はノルンお嬢様にとって、あまり快い存在ではなかったと思います。アイシャが何度も、ノルンお嬢様を悲しませることをしでかしたのは、全て、私の責任で……」

「いえ、そんなことはありません。リーリャさんも、私のお母さんでした。アイシャも、私の妹でした。確かに、ちょっと嫌な事はありましたけど、それはリーリャさんだからとかじゃなくて、普通の事なんだと思います」

「……そう言って頂けると、ぐすっ……うぅっ……」

神妙にしていたリーリャだが、すぐに泣きだしてしまった。

本當に、最近のリーリャは涙もろい。

そんなリーリャを、ゼニスがよしよしとでていた。

が、しばらくして、ゼニスはフラッとノルンの隣に移した。

「お母さん?」

「……」

ゼニスはしだけ微笑んで、ノルンの手を取った。

両手で、大切なものでも包むように、優しく、握った。

「お、おか、お母さん……」

ゼニスは何も言わない。

でも伝わった。

確実に思いはノルンへと伝わり、ノルンの両目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。

先ほどの表は、泣くのをこらえていたのだと、すぐに分かった。

「お母さん、い、いままで……ぐすっ、あ、あり、ありがとう……ございました……」

もはや言葉にならないノルン。

俺の番が回ってきた時には、ノルンの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

結婚式、晴れの舞臺だというのに……。

「兄さん……」

とりあえず俺は懐からハンカチを出して、ノルンの鼻に當てた。

「ほら、ビーッてやりなさい」

「自分で出來ますから!」

ノルンはハンカチをひったくると、ビッと鼻をかんだ。

そして、鼻をかんだハンカチをどうしようかと困った顔をしたため、俺はそれをけ取り、ポケットにしまった。

そして、改めて向き直る。

「その……ノルン……おめでとう」

「兄さん……」

ノルンは、きゅっと口元を引き締めた表で、俺を見上げていた。

なんと言えばいいものか。

何か言葉を用意していた気がしたが、すっぽりと抜けてしまった。

「兄さん、その、今まで、ありがとうございました。私、今、幸せです。けど、幸せなのは、きっと、兄さんのおだと思います」

迷っていると、ノルンが言った。

今幸せだと言ってくれた。

そんなのは、見ればわかる。

「いや……ノルンが頑張ったからだよ」

「私は、頑張ってないです。この結婚だって、兄さんが全部やってくれましたし」

「ノルンが頑張ってなかったら、ルイジェルドから結婚させてくれなんて、言わないさ」

ルイジェルドは、戦士か子供かの人だ。

ノルンが昔と変わらず子供だったら、

きっと、こんな事にはなっていない。

「でも、私は、兄さんのおだと、思うんです。本當に、ありがとう、ございました」

ノルンがまた泣きそうになっていたので、俺はポケットからハンカチを取り出そうとして、

しかしそのハンカチがっていることに気づいた時、ふと隣からハンカチが差し出された。

アイシャだった。

俺はそのハンカチをけ取り、ノルンの涙を拭いてやった。

「ノルン」

「はい」

「その、うまく言えないし、大切なことは皆が言っちゃったから、俺が言える事ってあまり無いんだけど」

「はい」

「これから、辛い事とか、苦しい事もあるだろうけどさ……頑張って、その、これからもずっと、幸せでいてくれ」

不思議と涙は流れなかった。

絶対に泣くと思っていたし、先ほどまで涙ぐんでもいたのだが、言葉を発した時には、もう涙は引っ込んでいた。

ただただ誇らしい気持ちで、ノルンの前に立てていた。

「……はい!」

するとノルンも泣き止んで、満面の笑みで大きく頷いたのだった。

---

こうして、ノルンは結婚した。

ルイジェルドとノルン、長差も年齢差も大きいカップルだが、思いの外相はよかったようで、一年後には子供が生まれた。

ノルンそっくりの顔に、緑の髪とキュートな尾、額に寶石を持つ、スペルド族のの子だ。

その子は『ルイシェリア・スペルディア』と名付けられた。

その名前を聞いた時の、オルステッドはとてつもない怖い顔をしていた。

とてつもなく怖い顔で、笑っていた。

そのもよだつような笑みを見て、俺は悟った。

きっと、思い出にある名前と一致していたのだろう、と。

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