《無職転生 - 蛇足編 -》8 「門番のドーガ 前編」

アスラ王國には、七騎士と呼ばれる七人の騎士がいる。

アリエル・アネモイ・アスラに絶対の忠誠を誓う者達だ。

筆頭たる傍騎士

『王の懐刀』ルーク・ノトス・グレイラット。

攻撃を司る右翼の三騎士。

『王の大剣』シャンドル・フォン・グランドール

『王の斧槍』オズワルド・エウロス・グレイラット

『王の猟犬』ギレーヌ・デドルディア

を司る左翼の三騎士。

『王の門番』ドーガ

『王の城壁』シルヴェストル・イフリート

『王の大盾』イゾルテ・クルーエル

七人。

出自や出のはっきりしている者もいるが、

その半數はアリエルとルークが獨自にスカウトしてきた人である。

平民や下級貴族から上級貴族、はては不死魔族と人族のハーフに至るまで、あらゆる人が揃っている。

彼らに共通するのは、アリエルへの絶対の忠誠心であると言われている。

今回はイゾルテが、アリエルの言った「癖に難のある」という言葉の「し」という意味の認識の違いに悩まされている間に、騎士の一人について話そう。

---

彼は、アスラ王國ドナーティ領に存在する小さな村で生まれた。

々愚鈍な所があり、村の子どもたちから子分のような扱いをされるような子供だった。

だが、は頑強で、病気もなく健康であった。

そんな年の父は村を守る兵士であり、一日のうちほとんどを外で過ごしていた。

數名しかいない兵士だから、休みはほとんどなく、夜中も家を空けているのが常だった。

年が五歳の頃、妹が生まれた。

妹は母親に似た可らしいの子であった。

だが、母親は産後の立ちも悪く、亡くなってしまった。

年は泣いた。

友人に毆られても、蜂に刺されても、ぬぼーっとして泣かなかった年が、わーわーと泣いた。

泣きじゃくる彼に父親は言った。

「今は泣いてもいい。でも泣き止んだら、お前がこの子を守ってやってくれ」

妹を抱く父親を見上げ、年は何度も頷いた。

そして、その日から彼は泣かなくなった。

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さらに翌日から、彼は父親の言いつけを忠実に実行するようになった。

妹を守る、という言いつけである。

妹を守るにあたり、年は家の玄関を守ることにした。

丸一日、家の片隅においてあった薪割り斧を持って、家の前に立ったのだ。

そして、妹が泣きだした時だけ家の中に駆け戻り、妹の世話をした。

その姿を見て、彼の友人は彼を笑った。

何をやってるんだと。

家の中で見てやれよ、と。

村の大人は、彼に言った。

なんだったら、妹の世話はうちでやろうか?

うちは子供も多いから、一人ぐらい増えても大丈夫だよ。

だが、年は頑としてそれを聞かなかった。

飲み子の世話の仕方を教えてもらいはすれども、妹を他人の手に委ねることはなかった。

そんなある日。

村に異変が起きた。

夜中に家の家畜小屋が荒らされ、無殘にも食い殺されていたのだ。

足あとの大きさから、狼の仕業であると推察された。

兵士たちは村中を駆けまわり、夜は戸に鍵をかけて絶対に開けないように、と村人に伝えて回った。

翌日。

一つの家がやられた。

夜中にどうやってか狼が家の中にりこみ、子供の首を一瞬で噛み砕いて絶命させ、窓から外へと出て行ったのだ。

一家は朝起きた時に何が起きたかわからず、ただ転々との後を追いかけ、

そして町外れでだまりと、だまりに沈む赤子の類を見つけ、半狂になった。

その一連の事件で、兵士たちは自分たちの見立てが間違っていることを悟った。

村に潛んでいるのは狼ではない、魔であると。

小型で、狼と同程度のサイズしか持たないが、しかし狡猾な魔であると。

その通り、実行犯は魔であった。

頭は狼、後ろ足も狼。

だが肩からは猿の手が生えており、時に二足歩行で歩き、木の上にも登る魔であった。

大きさは大型犬と同程度。

しかし、その頭はのサイズに対して不自然に大きかった。

その頭が、彼に知恵を與えていた。

突然変異の魔である。

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その一件で人の味を憶えた魔は、怯える村人をあざ笑うかのように麥畑の中に潛み、一日を掛けて次のターゲットを定めた。

その巣では、大人は夜も戻ってこなかったからだ。

を追いかけ、見當違いの所を探しているのだ。

家に殘っているのは、子供二匹。

は舌なめずりをしつつ、その猿の腕を使って屋へと登り、暖爐より中へと侵した。

翌日。

夜の見回りを終えた年の父親が己の家で見たものは、だまりだった。

「噓だろ」と真っ青な顔で家の中を見渡すと、すぐに無殘な姿で転がる死も見つかった。

の死である。

頭をカチ割られた魔の死だ。

そして、その死と娘の間には、自分の息子が薪割り斧を握りしめ、すさまじい形相で仁王立ちしていた。

死闘であるのは見て取れた。

年はだらけで、腕の骨も折れていた。

とはいえ、それだけだった。

は小さいとはいえ、それでも狼と見間違える程はある。

つまり年の數倍の大きさはあったはずだった。

であるにも関わらず、年は魔を切れ味の悪い薪割り斧で叩き殺したのだ。

妹を守ったのだ。

それが年――後に北帝ドーガと呼ばれる男の初陣であった。

---

その後もドーガの門番としての人生は続いた。

十歳の時には、彼は村の門を守った。

転移事件が起こる直前、魔の大暴走(スタンピード)が起こった。

アスラ王國中の森から魔が湧いて出て、いくつかの村が被害にあった。

大量の魔に襲われ、飲み込まれてしまった村もある。

ドーガの村も魔に襲われた。

だが、ドーガは勇猛果敢に木こり斧を振るい、これを退けた。

その時にドーガが倒した魔の數は、五十とも百ともいわれる。

大量の死を作ったドーガだが、しかし、彼の父親はその戦いで死んでしまった。

父親の死の前で呆然とするドーガ。

それを見た騎士が、ドーガを王都の守備隊へと推薦した。

自分は妹を守るのだと渋るドーガに、彼は言った。

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「いいか坊主、俺たちは家族から離れて、いろんな所に赴いて、村を守っている。

つまり、國そのものを守ってるってわけだ。

國が平和でいれば、家族は安心して過ごせる。

つまり、國を守ることは、家族を守ってやることにつながってるんだ」

このとき、愚鈍なドーガはその言葉は理解できなかった。

結局ドーガがいたのは、金銭面でのことだった。

父親が死んだ今、金は必要で、王都にいけば二人が暮らしていけるだけの給金が手にると聞き、王都へと移ることを決意したのだ。

王都の兵士となったドーガ。

そんな彼が守ったのは、スラムと下級市民街を隔てる小さな門だった。

スラムの人間が暴徒と化し、下級市民街へとなだれ込んだ時、ボトルネックになるために作られた門だ。

夜の通行こそ止されているものの、特別に守る価値があるわけではない門だった。

妹と一緒に王都に越してきた彼には、一つの部屋が與えられた。

小さくも、しかし妹と暮らせる部屋である。

彼はそこから兵舎へと通い、毎日朝から晩まで、時には夜通しで門番を続けた。

ドーガは愚鈍ではあったが、不思議と人好きのする人間だった。

當初は十歳そこそこで兵士となった彼を疎ましく思い、嫌がらせをする者もいた、

だが、彼の純樸な格と、妹を思う斷固たる態度が、同僚たちの心を解きほぐし、一年もする頃には、ドーガは兵士たちの仲間と認められてた。

そして二年目。

ある日の夜、ドーガが守る門に、一人のが逃げてきた。

はドーガに縋り付き、助けて下さいと懇願した。

ドーガが迷っていると、すぐに厳しい顔をした一団が現れ、ドーガに向かって「をよこせ」とんだ。

ドーガは困した、どうしたらいいかわからなかった。

あるいは、ドーガと一緒に當直についているはずのハンスが居眠りをしていなければ、彼が判斷してくれただろうが……。

はドーガが困していると見るや、すぐに門を走りぬけようとした。

ドーガは即座に彼の襟首を摑んで、引き戻した。

夜の間は誰も通すなと言われているからだ。

しかしその瞬間。

が逃げようと察知した男たちが襲いかかってきた。

ドーガは戦斧を振るった。

兵士になった時、村の鍛冶師から餞別にもらった戦斧だ。

全員を殺害した。

まみれで立つドーガを見て、は小便をらし、四つん這いになってへたり込んだ。

音で飛び起きたハンスは、門の前の慘狀を見て、仰天した。

これは大変なことになると思った。

ドーガが無差別殺人を犯してしまった。

居眠りをしていた自分にも、罰が下るだろう。

そう思いつつ真っ青な顔で死を確認したハンスは、死の顔を見てあることに気付いた。

彼らは下級市民街で暴れまわっている盜賊団だったのだ。

下級市民街ということで騎士団もロクに人手を回してくれず、ほとほと手を焼いている者達だった。

そんな者達を、ドーガが一人で全滅させてしまったのだ。

ドーガは昇進した。

下級市民街とスラムの間の門を守る兵士から、

中級市民街と下級市民街の間の門を守る兵士となった。

なぜか、ハンスも一緒だった。

それからしばらく、ドーガはその門を守り続けた。

雨の日も、風の日も守り続けた。

人を過ぎても守り続けた。

愚鈍な彼を、ハンスが助けた。

いつしかハンスは、ドーガの一番の理解者となっていた。

そして、その間にも妹はしく長し、ハンスと結婚した。

あるいはハンスの狙いは、ドーガの妹だったのかもしれないが、

しかしドーガにとってはどうでもいいことだ。

なぜなら、ハンスは居眠りをする男ではあるが、悪い奴ではなかったからだ。

妹を幸せにすると、ドーガの前で聖ミリスに誓ってくれたからだ。

ドーガは一人になった。

妹が結婚したことで、父親の言いつけを最後まで守り通したと考えた。

もう、門を守る必要は無かった。

でも、ドーガは門を守り続けた。

雨の日も、風の日も守り続けた。

そんなある日、王都に激震が走った。

アリエル・アネモイ・アスラが戴冠式を行うと宣言したのだ。

戴冠式。何日も続くお祭りである。

ドーガの同僚たちは喜び、ハンスもまた小躍りした。

だが、祭りとなれば兵士の仕事は増えた。

中級市民街ではなく、もっと別の場所の警備も厳重にしなければならなくなった。

町の人間から臨時の兵士が募集され、元々の兵士であったドーガたちは、もっと重要な場所の警備を任されることになった。

その分、給料も増えた。

ドーガとハンスは、その給料で妹に何かいいものでも買ってやろうと、喜んで働いた。

さて、戴冠式が中程まで差し掛かった、ある日のこと。

ドーガはその日、何の因果か、王城の勝手口の門番をしていた。

人通りのない場所であるが、時折許可証を持った使用人が通り抜ける門である。

ハンスは一緒ではなかった。

ドーガと他數名の兵士たちが守る門。

そこに、一人の男がやってきた。

古ぼけた鎧を著て、長い棒を持った男だ。

彼は言った。

「ここを通してくれないか。アリエル陛下に謁見したい」

無論、門番は突っぱねた。

「この門は許可無き者は通さない! 許可証を出せ!」

「許可証はありませんが、アリエル陛下にお目通り願いたいのです」

「許可証が無いのであれば通せない、帰れ!」

「では仕方ない。この目出度い日に陛下のご威らせるかもと思い、この門に來てよかった」

男はそう言うと、門を強行突破しようとした。

棒が魔法のようにき、他の門番は一瞬にして打ち倒された。

だが、ドーガだけは倒されなかった。

どれだけ男の棒が急所に突き立てられても、なお立ち続け、門を守った。

ドーガの振るう斧は、男には一切當たらなかった。

己の振るう斧が當たらないのはドーガにとって初めての験であったが、彼は愚直にも斧を振り続けた。

男はそんなドーガの戦いぶりに、非常に喜んだ。

「素晴らしい! こんな男がこんな所で野に埋もれているとは。

わかった。君の顔に免じて、この門を通るのはやめよう。

いや、すまなかった。

お詫びといってはなんだが、私の弟子になりませんか?

君ならきっと強くなる、才能がある、さぁ!」

ドーガは男が何を言っているのか理解出來なかった。

だが、どうやら門を通るのを諦めてくれたと知り、一瞬の気のゆるみから気絶した。

立ったままの気絶である。

そして、ハッとドーガが目覚めた時、彼はまだそこにいた。

ドーガの斧を持ち、門を守るように立っていた。

ただし、彼は大量の兵士に囲まれていた。

「やあ、おはよう! 君の代わりにこの門を守っておいてあげましたよ!」

それがドーガとシャンドル――北神カールマン二世アレックス・C・ライバックとの出會いだった。

---

ドーガは、アレックスの弟子となった日、自室に帰ってくると、ベッドに倒れこむように眠った。

駆けつけてきた兵士の中に治癒魔師がいたため、傷は殘っていなかった。

だが、北神カールマンとの戦いは、ドーガの底なしの力を完全に空にしていた。

ドーガは生まれて初めて、疲労で眠りについたのだ。

二日間眠り続けた後、彼は目覚めた。

その時、枕元には涙目の妹と、ほっとした顔のハンスがいた。

ついでに、嬉しそうな顔をしたシャンドルもいた。

「おはよう、さぁ弟子よ、ついてきなさい」

シャンドルはすさまじい力でドーガを立ち上がらせると、ドーガに鎧を著せて、いずこかへと連れて行こうとした。

ドーガは、意味がわからず、ハンスに助けを求めた。

「すまないドーガ。だが、悪い話じゃないんだ。

俺も混してて、よくわからないけど、名譽な話だと思う。

だから、まぁ、とりあえず行ってこいよ。頑張ってな、失禮のないようにな」

「うん。その、兄さん、頑張ってください」

要領の得ないハンスの言葉に、ドーガは目を白黒させながら、

しかしシャンドルの力には逆らえず、先日守っていた門へと向かった。

門にたどり著くと、シャンドルは懐からこれ見よがしに許可証を取り出し、門をくぐった。

あっという間に王城の中である。

ドーガは初めて見るきらびやかな空間に驚きつつ、シャンドルの後に続いた。

そして、気づいた時には、金髪の綺麗なの前にいた。

「その子ですか?」

「はい、陛下!」

し話をさせていただきます」

シャンドルにドンと背中を押されて、ドーガはの正面に立った。

はとても綺麗で、なんというか、神々しかった。

「私はアリエル・アネモイ・アスラです。あなたは?」

その名前を、ドーガは知らなかった。

彼は兵士でありながら、戴冠式を行っている者の名前も知らなかったのだ。

もちろん、実際に見たことも無い。

しかし、気づけばドーガは膝をついていた。

なぜか、そうしなければならないと思ったのだ。

「お、俺……ドーガ、です」

「あなたは、なぜ兵士になったのですか?」

「と、とうちゃんが、い、妹を、守れって、だから……」

ドーガはうまく口が回らなかった。

今までの長い長い人生の他人に語って聞かせるほど、饒舌ではなかったのだ。

だが、ドーガの口から出てきた言葉は、あっさりとアリエルを納得させた。

「なるほど、妹を守るために、立派ですね」

「で、でも、もう、妹は、ハンスが守ってて、その、ハンスと妹が一緒んなって、えっと」

アリエルがチラリと目配せをすると、彼の傍にいた騎士が「彼の妹はハンスという兵士と結婚していて~」と補足をした。

ドーガは知らないが、ルークである。

「だから、俺はもう、あんまり守らなくてもよくて……」

ややしょんぼりとした顔で言うドーガに、アリエルは微笑んだ。

「違いますよ、ドーガ」

「え?」

「あなたは、守らなくてもよくなったのではありません」

「ど、どゆこと、ですか?」

「ハンスはあなたの弟になったのですから、あなたは妹と弟、二人を守らなければならなくなったのです。今までの、二倍」

その言葉に、ドーガは衝撃をけた。

そんな風に考えたことはなかった。

だがしかし、その通りであった。

妹を守るといったハンス、彼は確かにドーガの事を義兄と呼ぶようになった。

ならば彼は弟だ。

妹を守らなければいけないのなら、當然、弟だって守らなきゃいけない。

「そ、そっか、俺、もっと守らなきゃいけなかったんだ」

「そうです。しかし、今までのやり方では、あるいはあなたは二人を守れないかもしれません」

「えっ!? な、なんで?」

「あなたは力が強いですが、その腕は狹いのです。二人が危機に陥った時、その手の屆く範囲に二人はいないかもしれない」

ドーガは自分の手のひらを見た。

思い出すのは、父親の死に様だ。

彼は近くにいたのに、ドーガの視界の外で魔に殺された。

「じゃ、じゃあ、どうすれば、いいん、ですか?」

「私を守ってください」

「え?」

「私は國のために働きます。國をよくします。その私を守ることは、國を守ることです。そして國を守るということは、二人を守るということなのです」

ドーガは理解できなかった。

どうして目の前の人を守ることが二人を守ることになるのか。

さっぱりわからなかった。

だが、アリエルが本気でそれを言っているのは、理解できた。

それと同時に、似たようなことを言った人がいたのを思い出した。

王都の守備隊への推薦狀をくれた、騎士だ。

『いいか坊主、俺たちは家族から離れて、いろんな所に赴いて、村を守っている。

つまり、國そのものを守ってるってわけだ。

國が平和でいれば、家族は安心して過ごせる。

つまり、國を守ることは、家族を守ってやることにつながってるんだ』

その時は納得できなかった。

できなかったから金でいた。

でも、今は、なんとなく理解できる。

ドーガが全然違うところを守っていても、妹もハンスも幸せそうに生きているから。

「ドーガ。私への忠誠を誓い、私を、ひいては國を守ってくれますか?」

「はい、陛下」

「ではドーガ、あなたを騎士に任命します」

その日、ドーガは七騎士の一人となった。

---

それ以來、ドーガは最後の門を守り続けている。

最後の門、すなわち王の間の扉である。

時にアリエルの命令をけて別の場所に行くこともあるし、

一日のの何時間かは、アリエルの私室からちょっとだけ離れた場所でシャンドルに稽古を付けてもらう。

月に一度は非番があり、妹とハンスの所にいって、ご飯を食べることもある。

ドーガがいない時には、別の者が代わりに王の間を守ることになっている。

大抵の場合は『王の大盾』イゾルテ・クルーエルである。

が、最初はそうではなかった。

騎士として任命され、

キンキラに輝く黃金の鎧を授けられた彼は、

ガンとして、『最後の門』の前からこうとはしなかった。

守ると決めたからには、生半可な者には任せられないとばかりに。

事実、守り始めてから一ヶ月の間は、シャンドル以外にその場を任せることはしなかった。

アリエルに休めと言われなければ、何日でも飲まず食わずの寢ずの番をした。

王の間に近づく者全てにチェックを行った。

男であろうとであろうと関係なく、小さなフォークですら、取り上げた。

そんな中、七騎士に一人の人が加わった。

『王の大盾』イゾルテ・クルーエルである。

は剣指南役という仕事もあったが、ギレーヌが七騎士でなかった當時、七騎士中唯一のということで、王辺警護を擔當するに適任という流れであった。

ある日の事。

シャンドルが黃金騎士団のメンツを集めるべく、アスラ王國の各地へと飛び回ることが決まった。

シャンドルがいなければ、ドーガは代ができない。

一ヶ月も立ちっぱなしでは、ドーガは倒れてしまうだろう。

ということで、シャンドルはドーガをイゾルテと試合させた。

その時點でシャンドルがドーガに名乗らせていた稱號は『北王』であった。

まだ教え始めてすぐだというのに、かなりの腕前であったからだ。

が、言うまでもない事であるが、イゾルテの圧勝であった。

ドーガの戦斧をそよ風のようにけ流し、何度も何度もカウンターを打ち込んで、ドーガを倒した。

あるいは実剣を使い、殺意を持って挑めばイゾルテが一瞬でドーガを殺害していただろう試合だった。

ドーガは無盡蔵な力をもってイゾルテに襲いかかり、指一本もれることなく、敗北した。

花のように細いが、自分の橫幅より大きい斧をけ流し、トゲのような一撃を放つ。

ドーガは何度もそれをけて、彼を認めた。

自分の代わりにこの門を守るのにふさわしい人であると。

同時に理解した。

このは、たおやかでしい花なのだ、と。

自分がれてはならない存在なのだ、と。

つまりドーガはイゾルテに――――をしたのだ。

---

「最近お前、元気ないよな……」

ドーガがそう言われたのは、妹夫婦との食事の時であった。

テーブルの上には、質素だが大柄なドーガが満腹になるほどの料理が並んでいる。

さらにその奧には、妹と、その夫ハンスの顔が並んでいた。

ハンスの橫には可らしい彼の娘も座っている。

ドーガはぶどう酒がなみなみと注がれたジョッキを片手に、きょとんとした顔でハンスを見た。

合でも悪いのか?」

「……な、なんで?」

ドーガが心の揺を悟られないように言うと、ハンスは料理を指さした。

「全然食べてねえ」

見ると、確かにテーブル上の料理はあまり減っていなかった。

大好きな妹の料理である。

今までのドーガであれば無言でかっこみ、幸せそうに頬をパンパンにふくらませて完食する。

ドーガの好のぶどう酒もだ。

彼は祝い事でしか飲まれないぶどう酒が大好きであり、こういう場では浴びるほど飲む。

そのため、ハンスの家には樽で常備されていた。

それがなぜか、料理は半分ほどしか減っておらず、ぶどう酒の飲み方もチビチビというじだ。

ドーガを知る者からすると、異常な景であった。

「もし合が悪いとかだったら、ちゃんとお城の治癒師に見てもらえよ? お前ももう騎士なんだから、言えばそれぐらいやってもらえるだろ? まあ、顔が悪そうには見えないけど」

「……?」

ドーガはきょとんと首をかしげた。

彼自は、自分の異常には気づいていなかった。

「疲れてるんだったら、もうし休みを多くしてもらったらどうだ? そりゃ、お前は働き者だし、陛下の警護なんて名譽な仕事だ。けど、を詰めすぎて倒れるなんてシャレになんねえぞ……まあ、お前が倒れるなんて想像もできねえけどな」

「うす」

ドーガは頷きつつ、食事を食べ始めた。

だが、確かにおかしい。

味はいつもどおりだ。味しい。

でも、食事がを通る瞬間、何か違和があるのだ。

いつもなら、もぐもぐと咀嚼してごっくんと飲み込むと、「早く次も!」というじだ。

けど、今日は違う。

を通る度に、何か拒絶するような覚が腹の中から押し上げてくる。

満腹の時のような、でももっと不快な覚だ。

ぶどう酒もおかしい。

なんだかあんまり味しくない。

ぶどう酒を飲むと、いつもは「ぷはー」というじだが、今日は「ふぅ……」というじだ。

こんなのは初めてであった。

もしかすると、本當に病気なのか。

それとも、ハンスの言うとおり、疲れているのか……。

「なあ、ほんとに何があったんだよ。話してみろよ」

「……」

黙りこくるドーガに、ハンスはさらに畳み掛けた。

「義兄さん、いや、ドーガ。お前には下町で衛兵やってた頃から、ずっと世話になり続けてる。悩みぐらい聞かせてくれなかったら……俺は、これからどんな顔して生きてきゃいい? 聖ミリス様に顔向けもできない」

「……うす。でも俺も、よくわかんない」

「最近、城であったこととか、なんでもいいから、話して見ろよ」

ハンスが深刻な顔で言うと、ドーガは顔を上げた。

ドーガは言われるがまま、自分の記憶をたどり、そして、ぽつりぽつりと喋り始めた。

最後の門の警護をしていたら、貓が迷いこんできた事。お晝のお弁當をしあげたら、よく來るようになって、嬉しかったこと。

町中を鎧姿で歩いていたら、一人の若い兵士に呼び止められて「尊敬しています」と言われ、嬉しかったこと。

最後の門の警護をしていたら、イゾルテがきて、髪についた葉っぱを取ってあげたらお禮を言われて、嬉しかったこと。

シャンドルに新しい技を教えてもらった時に「やはり君はスジがいい」と褒められて、嬉しかったこと。

城から宿舎に帰る途中で馬車に轢かれそうになり、者臺の男に「失せろウスノロ!」と罵聲を浴びせられたけど、すぐに馬車からルークが降りて謝罪をして、宿舎まで送ってくれたので、嬉しかった事。

シャンドルに騎士団に稽古をつけるから訓練場に行けと言われ、行ってみたらギレーヌとイゾルテもいて、嬉しかったこと。

城を歩いていたら衛兵の人が「イゾルテが結婚するかもしれない」という噂を教えてくれて、あんまり嬉しくなかったこと。

パーティの警護の時に、イゾルテがドレス姿で現れて、彼のドレス姿が綺麗で嬉しかったこと。

その彼が、よくしらない男と踴っているのを見て、あまり嬉しくなかったこと。

貴族の子がイゾルテのも葉もない悪口を言っていて、嬉しくなかったこと。

イゾルテがかっこいい男と一緒に歩いているのを見て、悲しかったこと。

イゾルテが――。

「もういい、わかった。よくわかった」

ハンスはドーガの話を遮った。

今の話で、大わかってしまったのだ。

「要するに、お前はイゾルテにをしてるってこった」

「……」

ドーガは頬をポッと赤らめた。

なぜ今の話でバレてしまったのかわからないが、図星であった。

「それで、そのイゾルテが結婚すると聞いて、その裏付けみたいな景を見て、ショックをけたんだ」

「…………うす」

ハッキリ見て取れるほど、ドーガがどんよりと落ち込んだ。

どうやら、これも正解らしい。

「なるほど」

ドーガの反応を見て、ハンスは理解した。

この沙汰に無縁な義兄が、どうやらをしてしまったことを。

同時に、ハンスの脳裏に、自分の初の記憶が浮かんだ。

ハンスの生家の隣に住んでいた、八百屋の一人娘。

5つも年が離れていたが、馴染には変わりはなく、小さな頃からお世話になった。

優しくて頼りになる人のお姉さん。

5歳ぐらいの頃から、ずっと好きだった。

將來の夢はお姉ちゃんと結婚することだった。

実際、人したら兵士に志願して、給料が安定したら結婚を申し込もう。そう思っていた。

そんなハンスの12の夏、彼屋の一人息子と結婚して、相手の家の家業を継いだ。

ハンスも知っている男で、ハンスが心ついた頃には、すでにオッサンだった男だ。

とは、五つは年が離れていただろう。そう思えば、言うほどオッサンではないのだが……。

最初は信じられなかった。

ガタイはよかったが、決して男子とはいえない人だった。

はきっといやいや結婚したんだ、いずれ自分が取り戻してやる、とか思っていた。

だが、一年後、幸せな顔で男に寄り添う彼の、そのぽっこりと大きくなったお腹を見て、ようやく理解して、枕を涙で濡らした。

あるいは、自分がもっと早い時期に告白していれば、あんな思いはしなかったかもしれない。

もちろん、今が嫌というわけではない。

と結婚していれば、ドーガの妹とは結婚することはできなかっただろう。

妹はドーガに似ても似つかず、小柄で可らしく、しっかり者だ。

そんな彼とのの結晶は、今はドーガの代わりにモリモリとご飯を食べている。

丈夫な子だ。

今のハンスは誰よりも幸せな自信がある。

しかし、その幸せも、辛い失があったればこそだ。

あの経験のおかげで、ドーガの妹にをしていると自覚してからすぐに行できたのだ。

最初は軽薄だと思われたかもしれない。

だが、最初から最後まで、ハンスはドーガの妹に対して、真摯な態度をとり続けた。

門番の仕事もそれまで以上にしっかりやった。

好きだと告げて以來、娼婦なんか一度も抱かなかった。

その結果、數多くのライバルに勝利し、今の幸せを手にすることができたのだ。

だからこそ、ハンスは言った。

「今すぐ結婚を申し込め。そのイゾルテさんに」

その言葉に、ドーガは顔を上げ、きょとんとした顔を向けた。

「いや、結婚じゃなくてもいい。際でもいい。なんだったら、好きだったと伝えるだけでもいい」

「……」

「このまま手をこまねいて見ていたら、絶対に後悔するぞ」

「……でも」

「釣り合わないなんて考えるな。

お前はアスラ王國を代表する黃金騎士の一人だ。

俺たち守備隊の誇りで、憧れだ。

を張っていけ」

ドーガはし考えた。

家柄の釣り合いに関しては、ドーガはよくわからない。

だが醜についてはしはわかる。

しすぎるイゾルテに自分が釣り合っていない。

その事について、し考えた。

「ダメ元でもいい、想いを伝えて玉砕しろ。このままじゃ、彼の結婚を祝福することもできないぞ」

が、ハンスの言葉で、すぐに結論を出した。

「うす!」

イゾルテに告白してみよう、と。

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