《無職転生 - 蛇足編 -》9 「イゾルテとドーガ 後編」

「これで、何人目ですか?」

ここは水神流の道場から離れた、イゾルテの自宅である。

そのリビングにて、彼は己の兄と向き合っていた。

「…………26人目です」

イゾルテは俯きながらそう答えた。

タントリスはそんな彼の目をみようとしたが、イゾルテは目を逸らしたままである。

「風の噂で、君から振ったと聞きました」

「……はい」

「なぜですか?」

イゾルテは口元をキュっと結んだ。

「いえ、その……皆、良い方なのです。格もいいし、腰も穏やかで……ただ……」

「ただ?」

「良すぎるせいか、欠點の方が目立ってしまって」

イゾルテは見合いをした相手のことを思い出した。

アリエルに紹介された王族たちの事だ。

彼らは皆若く、快活で、見合いの場においてイゾルテを楽しませてくれた。

ただ……彼らは正直だった。

アリエルに言われていたのか、自分の癖についても話してくれた。

五人とも、本當に正直に話してくれた。

顔がよく、優しく、結婚したらイゾルテのことを一杯支えると言ってくれた、アトレ・オルペウス・アスラ。

顔がよく、逞しく、水神流について深い理解を持ってくれた、ベイジル・ウェンティ・アスラ。

顔がよく、優雅で、経済面でも水神流の力になれると言ってくれた、カルロス・シオドス・アスラ。

顔がよく、面白く、會話中に何度も笑わせてくれた、ダニエル・リプス・アスラ。

顔がよく、可く、思わず守ってあげたくなるような、エリオット・スキロン・アスラ。

彼らは全て話してくれた。

イゾルテにベッドの中でしたいこと、あるいはベッドの外でしてほしいことや、してほしい格好や、最終的にイゾルテにどうなってしいか等……。

とてもじゃないが、経験値の低いイゾルテには、ついていけないものを。

気づいた時には、斷っていた。

まともじゃないとすら思ってしまった。

見目麗しい彼らがそうしたを持っていることに、おぞましさすら覚えた。

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正直な所、イゾルテは今、若干の男不信になっていた。

全ての男がそうとは限らない。

限らないが、しかし世の男なからず、ああした事をしたいと思っているのだ、と。

そう思うと、なんかもう結婚なんてしなくてもいいかな、なんて気持ちもしはあった。

「欠點とは?」

「言えません、口では言えないようなことです」

「なるほど……アスラの王族ですからね」

アスラ貴族に変態的な嗜好の持ち主が多いことは有名である。

上流階級は満たされているため、下々の者と同じ程度では満足できないのだ。

「しかし困りましたね、全員を斷ってしまうとは」

「いえ、全員というわけでは。まだあと數名は殘っております」

「とはいえ、このままでは決まらないでしょうね……」

タントリスは昔のことを思い出し、そう言った。

昔からイゾルテは自分が何かを選ぶ立場になると、アレが嫌だ、コレが嫌だ、と厳選しすぎてしまうきらいがあった。

そうしているうちにめぼしいものは誰かに取られ、余りを摑まされるのだ。

婚期を逃したのも、そのせいだ。

「……よし、ではこうしましょう」

タントリスは彼格を考慮し、一つの結論を出した。

「次の相手と結婚しなさい」

「しかし、それは……」

「相手は、條件的にはむべくもない相手のはずです。

選ぶ立場だから、君は彼らの目立つ欠點を気にしてしまうのです。

しかし、その欠點も、結婚して一緒に暮らせば、些細なものに見えてくるかもしれない。

出會ってすぐにはわからなかった、より大きな長所が見えてくるかもしれない」

タントリスとて、このような強引な論法は好きではない。

選ぶ時間というものは必要だと思っている。

その人っこの部分を知るためにも。

だが『アリエルの紹介』という部分が、そうした強引な方法でもなんとかなるだろうと思わせた。

アリエルの紹介であれば、大きな失敗にはつながるまい、と。

買いかぶりすぎである。

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「…………わかりました」

しばしの沈黙の後、イゾルテも覚悟を決めた。

確かに、自分は選びすぎていた。

昔からそうだった。

その格は水神流と相はよく、もうすぐ水神にもなるが、結婚とは相が悪い。

このまま行けば、一生獨で過ごすことになるかもしれない。

水神という存在は、確かに誇れるものだ。

周囲は賞賛し、褒め、稱えてくれるだろう。

彼らに笑顔で応え、會話し、良い気持ちになり、家に帰ってくる。

そして、誰もいない部屋で一人飯を食い、寢間著に著替えて一人で眠る。

虛しい。

稱賛のために水神になるのではない。

けれど、イゾルテの中には剣士とは別のイゾルテも存在している。

その存在は常に一人ぼっちなのだ。

ゆえに虛しくじてしまうのだ。

結婚をして手にる夫や子供が、別の自分を癒やすことになるかはわからない。

だが、稱賛されて帰ってきた時、自慢する相手ぐらいはいたほうがいい。

もしかすると、その相手はイゾルテの自慢話を聞いた後、とても変態的な行為を要求してくるかもしれないが……。

……いや、覚悟は出來た。

「それで、次の相手はいつ、どこで?」

「はい。今日、ここまで馬車で迎えにきてくださるそうです」

「王族の方が迎えに、ですか……?」

「はい」

候補者は殘り三人。

イゾルテは知らないことであるが、すでに五人があっけなくふられたことで、彼らも本気を出したのである。

厳選な選の結果で順番を決めて、一人ずつ本気でアタックせんとしていた。

「……ん?」

と、そこでイゾルテは気づいた。

「道場の方が騒がしいですね」

道場はクルーエル家の自宅と隣接している。

とは言え、ここは水神流の本家とも言える場所であり、それなりの敷地面積もある。

本來なら音など聞こえないところだが、そこはイゾルテも水帝であった。

騒がしさ、それも怒気や殺気を孕んでいるとなれば、さすがに気付く。

「もうおいでになったのでは?」

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「まだ聞いていた時刻には早いはずですが……いえ、もしかすると、私が間違えていたのかもしれません、なにはともあれ、行ってきます。萬が一にも、王族の方に失禮があってはいけません」

「そうですね。急ぎましょう」

イゾルテとタントリスは、頷き合い、道場へと足を運んだ。

---

道場は騒然としていた。

道著姿の門下生たちが、一人の男を囲んで、怒聲や挑発の聲を浴びせているのだ。

「あ、師匠、道場破りです! 男が突然きて、師匠を出せと!」

イゾルテとタントリスはそれを聞いて青くなった。

門下生が王族に対してこのような仕打ちをしたとなれば、道場の取り潰しもありうる。

彼は名乗らなかったのだろうか。

アスラ王家の者で、イゾルテをいにきたと。

「やめなさい!」

イゾルテの一喝で、場がシンと靜まった。

「道を開けなさい! その方は私の客人です!」

「……しかし、この男は」

「全員、道場脇に正座!」

イゾルテの聲で、門下生たちは蜘蛛の子を散らすかのように、道場脇へと移し、整列して座った。

先代の頃から、この作だけはみな早い。

まあ、それはさておき。

すぐに謝罪をしなければならない。

そう思いつつ、イゾルテは門下生たちのどいた先を見た。

「……?」

そこにいたのは、2メートルを超す大男だった。

肩幅だけで1メートル近くもある。

巖のような巨軀だ。

イゾルテにとって、見覚えのある巨軀であった。

「ドーガ?」

「……うす」

呼びかけ、振り返る顔はやはりそうだ。

何を隠そう、アスラ七騎士の一人『王の門番』のドーガであった。

彼は怯えるようにこまらせつつ、所在なげに立っていたが、

イゾルテを見ると、ほっとしたような顔で向き直った。

「命拾いをしましたね。この男は北帝ドーガです。本気になればあなたたちなど……」

と、イゾルテはそこまで言いかけて、ふとドーガの服裝に気付いた。

騎士の禮服だ。

イゾルテは、ドーガの禮服姿など知らない。

いつも黃金の鎧か、あるいは鈍の鎧にを包んでいるからだ。

それが正裝であるかと言わんばかりで、アリエルも何も言わなかった。

そして、窮屈そうな見た目に加え、その手には花束が握られていた。

ドーガがでかいため小さく見えるが、かなり大きな花束だ。

「なぜ、ここに? 陛下のに何か? それとも、急で招集が?」

訝しげに眉を顰めるイゾルテ。

に対し、ドーガはゆっくりとした作で近づき、その手に持った花束を差し出した。

この時點で、イゾルテにも「まさか」という思いはあった。

正裝に、花束。

もちろん、「そんなはずはない」という思いも同じぐらい強かった。

しかし、次の言葉で「まさか」が勝った。

「い、イゾルテ・クルーエルさん……す、好きです! け、結婚、してください!」

まさか、ドーガがアスラ王家の者だったなんて。

思い當たるフシはあった。

彼は唯一、アリエルの私室の警護を任された男だ。

ルークは特別として、シャンドルですら武をもっては近づけない部屋の警護を任されている。

深夜ですら、彼がアリエルの私室の前に立っているのだ。

それにしては、別に去勢をされたとかいう話は聞かない。

ドーガは安全で無害な男だと噂されているが、それでも男だ。

この巨に、北帝としての戦闘力。

二つをもってすれば、アリエルの寢所を襲うことなど容易い。

なぜこのような男が、とイゾルテはいつも疑問を持っていた。

だが、そう、アリエルのであったのなら?

い頃からよく知っている仲だったのであれば……。

ドーガの出自は、アスラ王國のはずれにある村だという話だが、王族には々ある

アリエルが一度は遠い異國の地に逃げたように、ドーガもまたい頃にを隠していたのなら……。

「イゾルテ」

タントリスに呼ばれ、イゾルテは思考の海から戻ってきた。

危ない所だったかもしれない。

恐らく、ドーガはアスラ王國の闇の一端だ。

うかつにれれば、いかなイゾルテとて消されてしまいかねない。

「どうしました?」

直面すべきは現実であった。

「……いえ」

改めて、イゾルテはドーガを見た。

彼は先ほど、こう言った。

『結婚してください』。

間違いなく言った。

一時期言われたくてたまらなかった言葉だから、聞き間違えるはずもない。

ドーガの態度は堂々としたものであった。

堂々と真正面から乗り込み、花束を手渡し、結婚してくださいと宣言する。

イゾルテとしては、もうしロマンチックな方が好みである。

が、しかし考えようによってはロマンチックと言えなくもない。

衆目の前で花束を渡されつつ堂々と告白されるというのは、イゾルテの脳ロマンチック告白リストに載っていた。

無論、汗臭い道場ではなく、しい噴水の前だったり、きらびやかなパーティ會場だったりするが……。

とにかく、目を瞑ろう。

他の々なものにも目を瞑ろう。

「……丁度いいタイミングではないですか。譽れあるアスラの七騎士なら、あなたとも釣り合いましょう」

「はい……でも、しかし……」

と、そこでイゾルテは周囲の視線に気付いた。

門下生たちの視線である。

「とにかく、場所を移しましょう。ドーガ、ついてきてください」

「うす」

イゾルテは踵を返した。

ドーガは差し出した花束がけ取られず、一瞬だけ悲しそうな顔をしたが、すぐにイゾルテの後についていった。

---

こうして、ドーガはイゾルテの屋敷へと招かれた。

現在、彼はソファの上でかちんこちんに固まりつつ、小さく座っている。

その膝には、変わらず花束があった。

そして、彼の正面にはイゾルテが座っている。

凜とした座り姿である。

その佇まいは気配をじさせず、表には何も映っていない。

あるいは、彼は何も考えていないのではないかと錯覚させる。

タントリスの姿は無い。

彼は二人を応接室へと殘し、お茶の用意をしている。

「……」

その間、イゾルテはじっとドーガの顔を見ていた。

ドーガはその視線をけて、真面目な表を作っている。

頬がぷるぷると震えていることから、張しているのが見て取れる。

が、イゾルテが見ているのはそこではない。顔だ。

純樸な顔である。

イゾルテの好みではない。

々なものに目を瞑ったところで、やはり好みではないものは、好みではない。

「…………」

正直、これなら今までの五人の方が良かったと思う所はある。

ほとんど同じスペックなら、顔がいい分、彼らの方が素敵だ。

だが、次に來る王族の顔は、ドーガより下かもしれない。

が、先ほどの兄とのやりとりもある。

これで決めなければいけない。

「それにしても、あなたが王族だったとは、驚きです」

イゾルテがため息をつきながら言うと、ドーガはきょとんとした顔をした。

「俺、王族じゃ、ないです」

「……え? では、養子か何か?」

それは、王族であることを隠しているのか。

という探りの言葉であった。

「俺、ドナーティ領にある小さい村で生まれて、ずっと門番してきました。父ちゃんは村の兵士で――」

だが、ドーガから出てきたのは、極めて平凡な兵士のり上がりストーリーであった。

いや、平凡ではなかったかもしれないが。

その容から何かを知ろうとしていたイゾルテだったが、

妹が結婚し、ドーガが涙を流すくだりでは、ついし、泣いてしまいそうになってしまった。

「それで、俺、イゾルテ……さんが、結婚するって聞いて、その前に、せめて自分の思いだけでもって思って」

「……」

しかし、つまり彼はまったく関係のない人間ということだ。

アリエルから紹介された王族でもなんでもないのだ。

それならばと、イゾルテは斷ることにした。

し殘念だが、王族を紹介してくれているアリエルの顔は立てなければならない。

(ん? 殘念? なぜ?)

しかし、そこでふと自分の考えに疑問を持った。

が、すぐに結論に至った。

彼は正直者で、勤勉で、一途だ。

今聞いたじだと、癖に関してもドン引きしたくなるものはない。

北帝になるほどの実力もあり、七騎士ということは給金も安定している。

酒は好きなようだが酒というわけでもなく、派手な遊びとも無縁。

ダメなのは顔だけだ。

ダメというほどでもない。

ちょっと、イゾルテの好みと合わないだけなのだ。

「あ、あの……!」

難しい顔をするイゾルテに対し、ドーガが意を決したように聲を上げた。

「お、俺、イゾルテさんのこと、初めてみた時から、この花みたいに綺麗だと思ってて、その、ずっと好きでした!」

ドーガはそう言って、再度、花束をイゾルテへと差し出した。

「そうですか、初めてみた時から」

イゾルテの視界に、花がいっぱいにった。

深い青の花であった。

イゾルテはこの花の名前を知らない。だが、しい花だ。

この花のようだと言われると、し心がときめいた。

「……うす」

イゾルテの記憶が確かなら、彼との邂逅は戦いだった。

アリエルの護衛の件で、ドーガと戦った時だ。

あの時から、ずっとだという。

思い返せば、彼はイゾルテに対してはし優しかった。

ずっと信頼してくれていた。

アリエルの部屋にはいるのに、武も取り上げなかった。

無論それは、同じ七騎士だからというのもあるだろう。

だが、それだけではないのかもしれない。

なんて考えていると、真面目な顔でイゾルテを見てくるドーガの顔が、二割増し程度、よくなって見えた。

なんか、この顔も悪くないのではなかろうか。

角度によってはもある。

そもそも、普段は兜をかぶっているから見えないし。

そんな風にすら思えてくる。

「いやいや……!」

イゾルテは首を振った。

「申し訳ありませんが、今はアリエル様の紹介で王族の方と結婚する事になっています」

そう、ここで彼と付き合うことにでもなったら、アリエルの顔に泥を塗りかねない。

イゾルテも騎士。

絶対の忠誠を誓っているわけではないが、それでも忠誠は誓っている。

自分の都合で主君の顔に泥を塗るなど、あってはならないことだ。

「あなたも陛下の騎士なら、陛下のご意向に逆らうことはできないでしょう?」

「……うす」

ドーガは、し困った顔をしていた。

イゾルテがそうであるように、ドーガも騎士だ。

そしてドーガは勤勉だ。

王族でないのだとしても、だからこそアリエルから信頼を得てあの場所の門番になれたのだ。

彼とて、アリエルを裏切るようなことはできまい。

「……では、お帰りください」

「うす」

しは食い下がるか。

とも思ったが、ドーガはあっさりと立ち上がり、イゾルテに背を向けた。

あっさりとしたものである。

意気揚々としているかにも見えた。

まるで、最初から斷られるとわかっていて、言うだけ言ってスッキリしたかのようだ。

ちょっといいかなと思っただけに、その態度はやはりし殘念に思えた。

「……ふぅ」

イゾルテはため息をついて、テーブルを見た。

そこには、青の花弁が一枚落ちていた。

花束はない。

持って帰ったのだろう。

「せめて、花束だけでも、もらっておけばよかった……」

青い花弁を指でつまみ、イゾルテはぽつりと呟いた。

結局、イゾルテはその日、次の王族も斷ってしまった。

---

翌日。

イゾルテは練兵場にいた。

指南としての仕事をするためだ。

兵士や騎士見習いに剣を教えつつ、彼は昨日のことを反省していた。

昨日の王族。

フレイザー・カエキウス・アスラ。

癖は相変わらずひどいものだったが、悪い人ではなかった。

だが、ドーガと比べると、不誠実さが目に見える気がした。

でも、せめて斷るのではなく、保留ということにでもしておけば角も立たなかったのに……。

ともあれ、殘り二人。

二人しか殘っていない。

この二人をよく見極め、どちらかを選ばなければならない。

なんて考えていると、彼の下に伝令兵が近づいてきた。

「イゾルテ殿! 陛下が至急、お呼びとのことです!」

その言葉で、イゾルテは察した。

恐らく、候補者を次々に斷っていることで、アリエルからお叱りをけるのだろう。

甘んじてけねばなるまい。

イゾルテとしても、アリエルには謝罪しなければならないと思っていた所である。

「わかりました」

イゾルテはそう考えると、練兵場を後にした。

練兵場の出口にある騎士の個室にて、サッと土埃を落とした。

本來なら水浴びの一つでもしなければならないところだが、至急ということならば許されるだろう。

その後、早足に歩いて王の間へと向かった。

「ん?」

最奧に近づくと、違和があった。

何やらいつもより騒がしいことに気付いた。

いつもなら兵士や騎士などいない、無人の廊下が続いているはずなのに、兵士が慌ただしくいているのが見えた。

何かあったのだろうか。

そう思いつつも、今は陛下に呼ばれたということが優先である。

特に周囲に聞くこともなく、イゾルテは王の間へと足を進めた。

そして、王の間に辿り著いた。

り口にある豪華な扉の前で、イゾルテは眉を顰めた。

そこには、いるはずの人間がいなかった。

巖のような巨軀を黃金の鎧に包んだ、一人の男。

アリエルがこの部屋にいる間は絶対にかない、アスラ王國最強の門番。

ドーガだ。

彼の姿が、どこにも見當たらなかったのだ。

その代わりとでも言うように、王の間の周囲には、城に駐在する騎士たちが整列していた。

全員が腰に武を帯びている。

々しい。

その上、全員が手だれだ。

本來ならここまで足を踏みれることが出來ないような、下級・中級貴族出の騎士もいる。

シルヴェストルの指揮だろう。

こういう時、彼は後の問題を恐れずに最適な行を取る。

「イフリート卿!」

と、そこでイゾルテはある人の姿を見つけた。

王城の警備責任者『王の城壁』シルヴェストル・イフリートだ。

「これはイゾルテ殿、お早い到著で」

「いったい何事ですか」

そう聞くと、シルヴェストルはなんとも難しい顔をした。

どう説明したらいいのかと悩むような顔だ。

數秒後、彼は肩をすくめてこう言った。

「陛下がお呼びです」

全ては部屋の中で聞け。とでも言わんばかりに。

イゾルテはそれを説明を聞くのを諦め、扉にノックをした。

「……イゾルテ・クルーエル。ただいま參上しました!」

「どうぞ、りなさい」

いつも通りのアリエルの聲。

周囲の々しさとは裏腹に、彼の聲はあまりにも平常だ。

「失禮します」

イゾルテが扉を開けて中にはいる。

そこには、不思議な景が広がっていた。

執務機に座るアリエル。

その脇で腕を組み、疲れた顔をしているルーク。

険しい顔で武を抜いて構えている、近衛侍

そして、ドーガだ。

あまり部屋にはいらないドーガが、そこにいた。

彼は黃金の兜を小脇に抱え、もう片方の手にはややしおれた花束を持って。

「イゾルテ、ご苦労様。早かったですね」

「練兵場にいたもので…………それで、これは一、何事ですか?」

そう聞くと、アリエルはなんでもないことのように答えた。

「ドーガが、私の騎士をやめるそうです」

「え!?」

イゾルテはドーガを見た。

ドーガは真面目な表だ。

冗談でこんなことをしているわけではないらしい。

「それは、つまり、どういうことでしょうか」

「さて、それはドーガに聞いてみてください……ドーガ、もう一度説明を」

アリエルはそう言って、ドーガに視線を寫した。

ドーガは頷いて口を開いた。

「イゾルテ、言った。アリエル様の騎士は、自分と結婚できないって」

「……!」

たった一言。

それでイゾルテは自分がここに呼ばれた理由を察した。

「違います! 私はただ、陛下の顔に泥を塗らないように『陛下の騎士なら、陛下のご意向に逆らうことはできないでしょう?』と……」

「靜かに、最後まで聞きなさい」

アリエルの靜かな聲で、イゾルテは靜まった。

だが、イゾルテの心は穏やかではなかった。

會話の流れ次第では、自分はドーガに裏切りをそそのかしたと取られかねない。

いや、部屋の外のあの々しさを見るに、すでにそうと取られていてもおかしくはない。

そんなつもりでは無かったのに……。

「ドーガ」

ドーガはイゾルテの心を知ってから知らずか。

アリエルに促され、たどたどしい言葉で語りだした。

「俺、よく考えた。

俺、妹を守るって父さんと約束した。

國を守ることが妹を守ることに繋がるって、アリエル様は言った。

アリエル様は王様だから、アリエル様を守ることが、國を守ることになる」

「でも、妹は言った。もう十分守ってもらったって。

悩むことはないから、今度は自分の好きな人を守れって」

「俺、アリエル様のこと、好き。この國も好き。守りたい。

でも、イゾルテのことは、もっと特別に好き。

だから、アリエル様の騎士、やめる。

やめたら、イゾルテを守りたい」

ドーガはそう言って、黃金の兜をゴトリと機の上に置いた。

そして振り返り、花束をイゾルテへと差し出した。

「……」

イゾルテは目の前に差し出された深い青の花。

それは、しだけしおれていた。

昨日と同じ花束だ。

「だ、そうですが……どうですか、イゾルテ」

「え?」

唐突に行われた告白に、イゾルテは目をパチクリとさせた。

「あなたがどんな條件を出したのかは知りませんが、

彼はアスラの七騎士より、あなたを選ぶそうです。

冥利に盡きますね。どうしますか?」

その言葉。

どうやら裏切りをそそのかしたことを責めたいわけではないらしい。

その上で、ドーガの言葉に対し、どう返答するかと聞いているのだ。

「し、しかし、アリエル様の紹介の方々が……」

「あんな連中のことは、忘れてしまいなさい」

イゾルテのは先ほどから早鐘をうっている。

ビヘイリル王國で闘神と相対した時よりも、ドキドキとしている。

そのまま倒れてしまいそうだ。

実際、イゾルテの顔は真っ赤であった。

「わ、私は……」

はそこで、ふと、初代水神の逸話を思い出した。

全てを捨てて、水神に嫁いだ姫のことだ。

昨日聞いた話によると、ドーガはほとんど何も持たない男だ。

と力、數ない家族。

それから、アスラ七騎士の地位。

その程度しか持っていない。

そんな彼が己の家族や、七騎士という立場を捨ててまでイゾルテを選んだのだ。

それも、昨日の今日の話だ。

よく考えたといったが、ほぼ即決だ。

ドーガは、なによりイゾルテに価値があると、そう言ってくれたのだ。

今までの貴族や、アリエルの紹介で會った王族とは違う。

彼らは、手持ちで一番大きいものを捨ててまで、イゾルテを求めはしないだろう。

そう、初代水神に嫁いだ姫のようには……。

この世界で、これほどまでにイゾルテを好いてくれるのは、

ドーガだけかもしれない。

これ以上、何の不満があるというのか。

顔なんて、もうどうでもいいじゃないか。

「……」

気づいた時には、イゾルテは花束をけ取っていた。

大きな花束、青い花。

しだけしおれた花は、まさにイゾルテを象徴しているかのようであった。

きっとドーガは、花が枯れてしまったとしても、好きでいてくれるだろう。

結局、花のしさなど、一時のものに過ぎないのだ。

「不束者ですが、よろしくお願いします」

「……うす!」

ドーガの満面の笑みに、自然と周囲から拍手が沸き起こった。

---

王の間でのプロポーズは語り草となり、末端の兵士にまで知れ渡ることとなった。

ドーガの元同僚は涙を流して喜び、イゾルテに憧れを抱いていた者は涙で枕を濡らした。

ドーガは七騎士をやめ、イゾルテの夫となった。

七騎士のドーガではなく、主夫のドーガとなった。

「私の騎士をやめると言いましたが、イゾルテもこの國の騎士です。

はとても強いですが、私が死に、國が不安定になれば、あるいは謀殺される可能もあります。

もちろん、あなたはそんな彼も守るのでしょうが……そもそも私が死ななければそうなることはありません。

どうでしょうか、イゾルテを守るついでに、私も守ってみては?」

……かに思えたが、アリエルの口車に乗せられて、騎士を維持した。

アリエルが北帝ドーガを逃すはずがないのだ。

無論、王の間を騒がせたことを咎め、ちょっとした労働を與えはしたものの、大したことではない。

これによって、イゾルテだけでなく、ドーガも自分の下に付かせることが出來た。

アスラ七騎士はより盤石なものとなり、アリエルとしては上々の結果となった。

聲を掛けた他の王族たちには借りを作ったが、些細なことだ。

もっとも、結婚に伴い、ドーガが王の間を守る時間は激減した。

夜は定時に帰り、イゾルテが遠出をするときは、必ずついていくようになった。

結果としてイゾルテはアリエルの専屬護衛のような立場へとシフトしていくのだが、それはさておき。

ぎこちなくもドーガとの結婚に了承したイゾルテ。

は結婚までの間に際期間を設け、実際に結婚したのは一年後であった。

そんな期間もあって、結婚してからも、本當はイゾルテはドーガが好きではないのではないか、という噂も流れた。

王城におけるイゾルテのドーガに対する態度が、今まで以上に冷たかったからだ。

だが、そんな噂もイゾルテが兵士の前で、ついドーガを「ダーリン」と呼んでしまい、真っ赤になって訂正するという事件を発端として、すぐに消滅した。

きっと、二人きりでいるときは、オシドリのように仲が良いのだろう、と。

こうして、二人は夫婦となったのだった。

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